ふたつめ ノートだけは覚えている

佐藤弘樹(仮名) 19歳男性


 はじめに、これは私自身の体験談ではなく、友達のアキオが持っていたノートに書かれていた話を、私が再編したものです。

 ここは本来自分の体験談を語る場所ですが、それでもどうしても誰かに――不特定多数の人に知っておいてもらいたいんです。


 ・・・


 僕とタケシは小学校から高校までずっと同じ学校に通っていました。

 同じクラスになることは少なく、親友と言うほど仲が良いわけでもなかったのですが、僕はタケシが結構好きでした。


 タケシはいわゆる陽キャで、僕はオタクでした。

 タケシはどのクラスにも一人はいるようなお調子者で、そしてとても良い奴でした。

 当時はまだオタクは被差別人種だったのですが、オタクだった僕にも話しかけて仲良くしてくれるくらい良い奴でした。


 そんなタケシですが、ある日彼女と肝試しに行くことにしたそうで、教室でみんなに自慢していました。


「今日の夜さ、彼女と二人で心霊スポットに行くんだ!いいだろ!」


 僕はオタク仲間と一緒に「リア充爆発しろ」なんて言いながらも、どこか微笑ましく思っていました。

 タケシには純粋に幸せになってほしかったんです。


 翌日、タケシはなぜか欠席しました。

 タケシの彼女も学校に来ておらず、僕は少し心配になりましたが、きっと大丈夫だろうと思っていました。

 しかし、その翌日も二人は学校に来ませんでした。


 僕はタケシがよく一緒にいるグループの人に聞いてみることにしました。


「あの、タケシって何で学校来ないのか知ってます?」

「ん?あー。そういえばアイツいないなぁ。どうしたんだろ」


 そういえば?

 タケシはかなり存在感のある人です。

 いなければすぐに分かるはずです。


 僕はとてつもない違和感に襲われました。

 しかしだからといって何か行動を起こすこともなく、僕はそわそわしながら日々を送っていました。


 タケシが学校に来なくなってから一週間くらいが経ったある日、僕は委員会の仕事で朝早くに登校しなければならず、7時くらいに家を出ました。

 自転車を漕ぎながらある公園の横を通ると、ブランコに座っている人がいます。

 僕はその人に見覚えがあるような気がして、目を凝らしました。


 そこにいたのはタケシでした。

 ブランコに座って項垂れています。

 僕は思わず「あっ」という声を出してしまい、静かな朝だったので思ったよりその声が響き、タケシは僕に気付いたようでした。


「アキオ……?」


 タケシはガラガラに乾いた声で僕の名前を呼びました。

 僕はそのまま通り過ぎそうになったのですが、何とか思いとどまってタケシに近寄ります。


「タケシ?なんでこんな所にいる……んですか?」


「おはよう……」


 タケシの声は明らかに疲れていました。

 クマが酷く、くちびるはひび割れて黒い瘡蓋かさぶたができています。


「どうしたんです?」


「ああ、聞いてくれよ」


 そうしてタケシは、この一週間のあいだの出来事を語り始めました。


 ・


「俺さ、彼女と心霊スポット行ったんだよ。


 あの川沿いにある廃墟。


 知ってるか?……まあ知らないよな。


 その廃墟の周りだけなんか生暖かいっていうか、気持ち悪い空気だったんだよ。


 雰囲気あるなーって思ってたんだけど、彼女は凄い嫌がってさ。


 でも、俺は無理やり中に入って、しょうがないから彼女も着いてきたんだ。


 初めは何も無かったんだけど、奥に行くとどんどん寒くなってきて、鳥肌がたってきちゃって。


 さすがにこんなんじゃあ彼女が寒くて耐えられないかと思って、『寒くない?』って聞いたんだ。


 そしたら彼女が、とんでもなく震えてたんだ。


 ガタガタガタって。


 懐中電灯で顔を照らしたら物凄く青くなってて、こりゃヤバいってことで帰ることにしたんだ。


 で、彼女を背負いながら出口に向かってる途中で、俺何かにつまづいて転んじゃったんだよね。


 その瞬間に背中に重さが無くなって、『上手いこと避けたのかな』って思って後ろを見たらさ、誰もいなくなってんだよ。


 俺さ、その廃墟の中をずっと探し回ったんだ。


 ドッキリかと思ってたんだけど、何時間経っても彼女は出てこないし、段々俺も腹立ってきて、大声出しながらずっと歩き回ってたんだ。


 そしたら二階にまだ入ってない扉を見つけてさ、『ああここにいるんだな』って思いながら開けたんだ。


 でも俺めっちゃ驚いたんだよ。


 だってその部屋だけすごい綺麗だったんだ。


 他は荒れ果ててたのに、その部屋だけすごい綺麗で、しかも結構広い部屋だったんだ。


 なんでこんなに広い部屋見落としたのかなーって思いながら部屋に入って、ちょっと奥に歩いたとき、俺気付いちゃったんだよね。


 明らかに廃墟全体よりもその部屋の方が広いの。


 分かる?簡単に言うとさ、その部屋だけ空間が歪んでるっていうか……まあそんな感じだったんだ。


 で、俺『やべぇ絶対に幽霊いる!』って思って、急いで引き返したんだよ。


 でもさっき入ってきたはずの扉を開けても、どこにも廃墟がなくて、トイレがあるだけだったの。


 俺頭がこんがらがっちゃって、ボーッとしちゃったんだ。


 そしたら後ろから急に話しかけられたの。


『……タケシ君?』


 めっちゃビクッて、俺声出しちゃった。


 振り返ったら、彼女のお父さんがいて、さらにビックリしたよ。


 で、よく考えたらこの家見たことあったんだよね。


 彼女の家だったんだよ。


 俺、廃墟から彼女の家までワープしてんの。


 意味分かんなくて、俺も向こうもフリーズしちゃって、1分後くらいかな?それくらいに向こうが『何してるんだ?』って聞いてきたんだよ。


 俺も何してんだかよく分かんないんだけど、とりあえず『彼女を探してて』って答えたんだ。


『とりあえず靴を脱ぎなさい』って言われて、めっちゃ謝りながら靴脱いだよ。


 で、状況説明。


 廃墟にいたのに何故かここにいて、彼女はどこにもいないってことを言ったんだ。


 そしたら俺がクスリやってんのか疑いだしてさ、危うく警察呼ばれる所だったけど、何とか説得して、『とりあえず彼女を探させてください』って言ったんだ。


 俺も彼女のお父さんも、廃墟に探しに行くことになって、彼女のお母さんは警察に相談した。


 で、川沿いの廃墟に向かったんだけど、その廃墟がどこにもないんだよ。


 そんな訳ないと思って、一生懸命探したのに、見つかんなかったんだ。


 そんなことしてるうちに、彼女のお父さんとはぐれちゃって、しょうがないから彼女の家まで帰って合流しようとしたんだ。


 チャイムを鳴らしたら彼女のお母さんが出たんだけどさ、『どちら様?』って言ってくるんだ。


 さっき会ったばっかりなのにだぜ?


『娘さんの彼氏です』って言ったら、向こうなんて言ったと思う?


『うちに娘はおりませんけど』って言うんだぜ?


 奥からお父さんも出てきて、『何の話だ?』って言ってきて、頭がおかしくなっちゃったのかと思ってさ、とりあえず逃げたんだ。


 あの人たち、ほんとにどうかしてるよ。


 で、そのまま走ってここでブランコに揺られてたってわけ。」


 ・


 僕はタケシの説明を頷きながら聞いていました。

 でも、最後の一言には引っかかります。


「え?一週間もずっとブランコに座ってたんですか?」


「はあ?一週間?何言ってんの?」


 僕は何か尋常ではないことが起きているのを確信していました。


「……今日って何月何日ですか?」


「……7月13日だろ」


 学校はケータイを持っていってはいけない校則でしたが、僕はこっそり持っていたケータイの日付を見せました。


「今日は7月21日です」


 タケシは呆然とした顔をしていました。


「ああ、そうか。俺、ほんとにどうかしちゃったんだな。おかしいのは俺のほうだったんだ。ごめんな。変なことばっかり言って」


 タケシはそう言って、フラフラと立ち上がりました。

 そしてどこかへ向かって歩いていきます。


「タケシ君!」


 呼びかけても立ち止まることはありませんでした。

 僕は委員会に遅れそうで、仕方なく学校に向かうことにしました。


 委員会の仕事を終えて、教室に行くと違和感があります。

 何がおかしいのかしばらく理解できなかったのですが、突然閃光が走ったように理解できました。


 タケシの席が無くなっていたのです。


「ねえ、タケシ君の席片付けたの?」


 オタク友達に聞きます。


「タケシ?だれ?」


 僕は目を見開いて驚きました。

 何度も色んな人に聞いたのですが、誰一人タケシのことを知りませんでした。

 世界からタケシの痕跡が消えていたのです。


 中学の卒アルになら載っていると思い広げてみたのですが、まるで最初からいなかったかのように忽然と消えていました。


 僕は怖くなってしまいました。

 せめて僕だけは忘れないように、ノートにこの出来事を書いておくことにします。


 ・・・


 そして私は、アキオからこのノートを預かりました。

 アキオは私にこのノートを預けてから「僕もおかしかったんだ」と言い残し、一切の痕跡を残さずに消えました。


 さながらこのノートに書いてあるタケシ氏のように、誰からも忘れられてしまっているのです。


 私にはこの現象の正体がちっとも分かりません。

 ただ分かっていることは、タケシ氏のことを覚えていたアキオはこれにずっと悩まされ続け、そして消えてしまったということだけです。


 私もいずれ消えてしまうのでしょうか?

 誰からも忘れられてしまうのは、死ぬよりも恐ろしいことです。

 せめてこの話を聞いているあなただけは、私のことを覚えていてくれませんか?

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