第14話 カーティス・レイン

 その通知が届いたのは、春の初めの事だった。

 粗末な便せんに似合わない、立派な蠟封が施されたそれは、届いた者の人生をひっくり返すには十分すぎる代物であった。


 十六歳以上の男性の強制招集書。

 つまり、徴兵である。


 少年が朝起きて、小さな二階建ての家、と呼ぶのもおこがましいような小屋の階下の玄関に降り立つと、一組の男女が抱き合って泣いていた。

 傍らには、その便せんが落ちていたが、当時の彼にはそれが何なのか、見当もつかなかった。


 ただ、何故、この二人は泣いているのだろう、と、それだけを思った。


 しかし、便せんの意味は分からなくとも、この二人が、嬉しくて泣いているのではないことは、彼にも分かった。そして、そのよく知っている、二人の、見たことも無い姿を鑑みるに、余程のよからぬことが起こったのだろう、と、直観的に理解していた。


 その日を境に、その家は変わった。


 しばらくして、良く家に来ていたその男が、来なくなった。


 そして、残された女性、つまり彼の姉が、毎日窓際で、来るかどうかも分からない人影を求めて、地平線を見つめるようになった。

 そして、少年が、居なくなった彼の代わりに、彼が持っていた畑と、彼の飼っていた牛や鶏の管理を任されるようになった。


 そして、あれから二年と少しの月日が経った。


 大陸の北西部に位置するレブナント王国ミランポール領は、隣国カザニアとの間で小競り合いが続いていた。それが激化したのがちょうど二年前のあの日の少し前。ミランポール領の若い男性を徴兵し、何とかカザニア軍の進行を食い止めていたが、最近、ようやく王都からの援軍が到着し、戦況を一変させたのだった。近々、カザニアは解体され、王国の一部となるだろう。


 しかし、二年前に消えた彼は、まだ戻ってこなかった。


 あれから二度の厳しい冬を超え、村はこれからは厳しい暑さの季節を迎えようとしていた。

 畑仕事を終えて家に戻り、今日も外のベランダに立つ姉に向かって、彼は声を掛けた。


「……姉さん、今日もここにいたんだ今日は一段と暑い。倒れる前に家の中に入ろう。戦争ももう終わる。フリックならきっと、『リーファと結婚するんだ!』って飛んで帰ってくるさ。毎週来ていた手紙だって、またすぐに届くさ。さ、中に入ろう。」

「ええ、ありがとう、カーティス。」


 力なく笑い、彼の姉、リーファ・レインは家の中に入った。結婚するはずだった、突然目の前から奪われた、彼の去来を案じて。


 あれから二年。もうカーティスも十六歳を超えていた。しかし、幸いにも、彼に徴兵の通知が届くことは無かった。フリックから引き継いだ仕事も順調で、彼だけは変わることなく、黙々と働く毎日だ。

 しかし、ここ一年で、姉は変わってしまった。食事の量も減り、痩せこけてしまった。以前のように笑わなくなり、病気がちになった。

 原因は明らかだった。始めの方は、毎月届いていたフリックからの便りで一喜一憂していたのだが、それが、一年前くらいから届かなくなったのだ。


 また彼からの手紙が届き始めれば、元気を取り戻すかもしれない。

 カーティスは、幼いころに両親を亡くし、小さな村で、ずっと姉と二人で生きて来た。でも、不便はなかった。幼馴染でもあり、姉リーファの恋仲となったフリックは、良き兄であり、親代わりでもあった。幼かったカーティスも、フリックの手伝いをすることで、食事にありつくことも出来た。彼にどれだけ助けられたか分からない。


 だから、姉のことは関係なく、無事に戻ってきてほしかった。そして、彼が戻ってくるまで守って来た、彼の居場所を、彼の仕事を、きちんと渡したかった。フリックは褒めてくれるだろう。「ありがとう、カーティス。お前は自慢の弟だ」って。


「はあ……。」


 カーティスは大きなため息をついた。そして、玄関の外においてある、粗末なポストに手をやる。


(せめて一通、フリックからの手紙が来れば。)


 空けたその箱は、当然のように空っぽだった。


「こんにちは、こちらレインさんですか?」


 突然、後ろから声を掛けられた。驚いて振り返ると、そこには小さな馬車が一台止まっており、肩から布の鞄を下げた粗末な労働者、と言った風体の男が立っていた。


 こんな馬車が来るのも気づかないくらいぼーっとしていたとは。


 カーティスは反省したが、ふと我に返る。その男が、一通の封筒を手に持っている。

 これは、あれに違いない。


「はい。そうです!」

「リーファ・レインさんにお手紙っす。」

「あ、ありがとう。ご苦労様です。」


 そう言うと配達員の男は、軽く会釈をして、馬車に戻っていった。


(ほら、言ったそばから届いたじゃないか。これでようやく姉さんも元気になる。)


 カーティスはそう思った。いや、そう思い込もうとしていただけだったのかもしれない。それくらい、姉に宛てられたその手紙は、禍々しいほどの違和感を放っていた。

 過去にフリックが書いていた手紙は、少なくとも四、五枚は書かれていた。なかなか紙は高くて買えないが、軍では、家族への手紙用のものは、公文書としては使えないような粗悪品ではあるが支給してもらえると書いてあった。しかし、今、手にしている封筒は明らかに薄かった。


 そして、何よりも、表には、あの時と同じ、仰々しい蠟封が施されていた。それは、カーティスからすれば、呪いの紋様に他ならなかった。


「ミランポール軍……なんで……。」


 カーティスは、一つの予感を感じていた。そして辺りを見回す。どうやら誰にも見られていないようだった。そして、カーティスは、自分宛てではないその手紙を開封した。本来、軍からの手紙を、宛名でない人間が開封するのは罪に問われる行為だが、そんなことに構っていられる余裕は彼には無かった。


 そして、予感は的中した。


 カーティスは、自分の血の気が引いていくのを感じた。


 色々な感情が渦巻く。


 兄への感謝を伝える事。あの兄の優しい微笑みを見る事。大きな手で頭を撫でてもらう事。まだ教えて貰わなくてはいけないことも沢山あった。それらが全て、永遠に叶わなくなった。それを突きつけられたのだ。


「フリック・バードラー 戦死報告通知」


 たったそれだけ、たったその一言で、カーティスは立っていられない程の眩暈めまいと吐き気をもよおした。事務的で、無感情であればあるほど、それは、残酷で、冷酷にカーティスに突き刺さるものだった。


(……見せてはいけない。これを、今の、弱った姉さんに。)


 こうして、カーティス・レインは、一つ、十字架を背負ったのだった。



******



「……姉さん。」


 そう呟いて、カーティスは目を覚ました。


 どうやら懐かしい夢を見ていたようだ。「姉さん」と無意識に呟いていたことから、多分、姉リーファの夢を見ていたらしい。

 それにしても、夢と言う奴はどうしてこう、起きたらすぐに忘れてしまうのだろう。夢と言う奴は、一説には、心の奥底で無意識に引っかかっていることを意識下に掘り起こしてくることで、整理や掃除をするものだとかなんとか、とかいう話をアリスが言っていた気がする。


「だからか……。」


 カーティスは再び呟いた。

 心の奥底に引っかかっていることなんて、大概、悪い記憶と相場が決まっている。人は良い思い出はすぐに忘れて、辛い事や悲しい事をいつまでも覚えている、そう生き物だ。そして、どうも先ほどまで見ていたらしいのが姉の夢、姉の記憶だ。愛する姉ではあったが、カーティスにとっては、彼女の思い出は、今は辛く悲しい出来事として刻まれてしまった。姉の夢を見るというのも頷けるというものだ。


「……と、ここは、どこだっけ?」


 ぼんやりした頭を少し振って、状況を把握する。普段ならそんな、起きぬけに前後不覚に陥ることは無いのだが、今回は、普段とは違うその状況が彼をそうさせていた。


 まず、自分が眠っているベッドだ。

 いつまでも、いつまでも沈んでいたい。そう思わせるような、豪華なベッドだった。


 それで一つ思い出す。


 昨日、このベッドに入った時は、あまりの豪華さに気が引けて、上手く眠れないのではないか、と心配したものだった。が、何のことは無い。ふたを開けてみれば、間違いなく、今まで生きてきた人生で最も熟睡出来たと自信を持って言える。高級品なんて、貴族どもの道楽で、機能なんて、服も、寝具も、椅子も、食器もそんなにどれも大差無い。そう思っていたカーティスだったが、その認識は改めなくてはならない様であった。


 ベッドから身を起こして、ベッドの縁に座る。これまた足元には、いつまでも踏んでいたいような絨毯の感触が伝わって来た。きっとシャロンだったら、「これは人を駄目にする絨毯よ! そして、今私は駄目になった!」とか言って、端も外聞も捨てて床に転がっていたことだろう。

 こんなたかがベッドや絨毯のような無機物に人生観を変えられまくってしまっていたら、近いうちに別の人間になってしまう。そんな危機感さえ生まれてしまいそうだった。


 カーティスが、自分の座右の銘に、「高いもんはイイ!」という標語を加えようと決意した時、部屋の外の廊下を歩く音が聞こえて来た。そしてその足音は、自分の部屋の前で停止すると、ノックも無しに中に侵入してきた。


「よう、カーティス、起きたかい。」

「ああ、今起きたところだよ、フィオ。それにしてもぴったりのタイミングで来るんだな。」


 カーティスは部屋に入って来た、犬耳の少年にそう言った。


「お前が起きて、動く気配を感じたからな。迎えに来てやった。」

「そうか、やっぱり、元犬の使い魔ってのは凄いんだな。」

「ああ、そうだろう? 俺様はレーリア様の使い魔だからな。」


 そう言って、目の前の犬耳の少年は、得意げに胸を反らした。

 そう、ここは、先日、カーティスが訪れた、レーリア・クローデット子爵の屋敷であった。




 あの後。


 二人は、翌朝にマクブライト亭を後にした。シャロンはブラッドバーン男爵邸へ、そしてカーティスは再びフィルモア領へ入り、レーリア・クローデット子爵邸へ向かった。


 目的地が目と鼻の先のシャロンと違い、フィルモア領は隣の領地である。

 ひとまず、レーリアの屋敷まで距離があったカーティスは、遠回りをして、直線距離で通過するよりも二つ、三つ多くの街を見て回ることにした。何故そんな行動を取ったかどうかはカーティス自身にも分からなかった。


 今までは、いつもヴァンパイアへの恨みや憎しみ、そんなものに頭を支配されて、思考を放棄して、旅を続けてきた。

 それが、今では、ひょんなきっかけで出会ったヴァンパイアのお嬢様に、再び会いに行こうとしている。

 これも情報集めの為だ、とカーティスは考えていたが、実際、レーリアに会って以来、カーティスはヴァンパイアへの恨み言をこぼさなくなっているという自身の変化に気づいてはいなかった。


 そして……。

 立ち寄る街、立ち寄る街で、色々な人と色々な話をした。


 ヴァンパイアの事なんて聞かなかった。情報なんて集めなかった。

 ただ、島の人、街の人と、他愛もない話をした。

 島の気候、島の名物。

 最近の面白い話、嫁との喧嘩話、仲直りの話。

 女の子の流行りの服、子供たちの流行りの遊び。


 この数年分の何かを取り戻すかのように、沢山、沢山話をした。


 朝早く出立したカーティスが、その海岸に到着したのは、もう日が隠れ始めている頃だった。


 誰も居ない海岸で、金色に輝く水平線を眺めていた。


 馬車を降りて目にしたそのまばゆいばかりのきらめきは、世界に何かの異変が起こったかと思わせるほどの神々しさを放っていた。そんな光景を初めて見たカーティスは、思わず目的を忘れて、まるで夢遊病者のように海岸線へ近づき、息をするもの忘れて、その景色に見惚れた。


「山に沈む赤い夕焼けをいつも眺めてたけどさ、海だと金色に輝くんだぜ。姉さんは知らなかっただろ?」


 カーティスは、金の海に向かって語り掛けていた。


「少しでも心を奪ってくれる、時間ときを忘れさせてくれる、だからいつも眺めてたんだな。いま、ようやくわかったよ。」


「姉さん、俺さ、今日、楽しかったんだ。心から。……なんとなく街に立ち寄ってさ、なんとなく店に入ってさ、なんとなく話しかけてさ。……みんな気のいい人たちばかりでさ。いろんなこと、忘れてさ。その瞬間、全部忘れててさ。」


 彼の目の前の海が、滲み、ぼやけ始めた。


「怖かった、このままもしも、姉さんとフリックにぃの事を忘れてしまったら、って。フリック兄にも、姉さんにも、返さなきゃいけない恩が、返しきれない恩がある。それを忘れたら、俺には何もなくなるから。俺の存在意義がなくなるから。どうしたら良いのか分からなくなる。」


 カーティスの両頬を伝う雫は、顎の真ん中で出会い、大きな水滴となって地面を濡らした。


「もう、リーファ姉さんよりも、フリックにぃよりも年上になっちゃったよ……。でもさ、もう少しだから。きっと、姉さんの仇を取るから。そしたら、そしたらさ、喜んでくれるよな。フリック兄もさ、褒めてくれるよな。」


 カーティスがこの島に来て数日。彼はこの島が気に入り始めていた。この平和な呪われた島が好きだった。この島の住人が好きだった。この島の活気が好きだった。この島の景色が好きだった。

 しかし、十字架を背負った彼は、フリックとリーファの事を忘れることは許されなかった。

 カーティスは、婚約者の死を姉に伝えることが出来なかった。それは例えカーティスなりの優しさだったとしても、兄と姉の意に背く行為だった。そして、結局打ち明ける事は叶わず、カーティスの心に深い罪悪感として刻まれたのだった。


「喜んだりしないわ。お姉さんは。」


 ふと、後ろから声がした。カーティスが振り返ると、そこには、既に見知った、真っ赤なドレスを身に纏い、真っ赤な瞳を輝かせた美姫びきの姿があった。


「……レーリア様。」

「それに、お兄さんも、褒めてはくれない。」


 この崖の上の海岸は、レーリアの屋敷からは一望できる位置だ。カーティスからすれば、見られていても不思議では無かった。レーリアは、カーティスがあまりにも長い間、金の平原を見続けていたので、迎えに来たのだった。


「どうして……ですか。」


 突然後ろに居たことにも、女性に涙を見られたことにも意に介さずカーティスは聞き返した。それほどレーリアの回答は、カーティスにとって残酷なものだった。それは、彼の存在意義を否定されたのも同然であったから。


「あなたのお兄さんも、お姉さんも、あなたに何も望まない。もうあなたに何も望めない。例え、生前あなたに復讐を依頼していたとしても、それが叶ったことを認識できない。死とはそういうもの。」

「……復讐は、無駄だ、と言うことですか。」


 ぐうの音も出ない正論だった。しかし、カーティスはそれこそが恩返しだと、それこそが自分の存在意義だと信じて生きて来た。今の彼には、それにすがることしか出来ないし、それはきっとシャロンも同じだった。


「いいえ、無駄ではないわ。」


 意外にも、目の前のヴァンパイアの姫からは、否定の答えが返って来た。


「あなたが、あなた自身の心が復讐したいなら、復讐しないと許せないのならすればいい。やるならば、お姉さんの為でもなく、お兄さんの為でもなく、あなたの為に復讐なさい。そうすれば、それは無駄ではないわ。」

「レーリア様。」

「あなたが義務感や罪悪感で復讐しても、それであなたの心が晴れるなら、それでいい。それはあなた自身の為の復讐に他ならないのだから。でもね……。」


 レーリアは、優しく微笑み、ゆっくりとカーティスに近づいた。


「お姉さんの復讐が、あなたの存在意義だと勘違いしているなら、それは無駄だわ。」

「勘違い……?」


 正直、カーティスは戸惑った。復讐して、罪悪感が晴れるかどうかは分からない。しかし、完全に自分の為の復讐かと問われれば、今のカーティスにとってはその答えはノーだと言わざるを得ない。どう考えても、リーファやフリックの遺志を除外しては、今のカーティスの行動は成立しえなかった。

 しかしそれよりも、カーティスには、レーリアが「勘違い」と断言したことに引っかかった。


「昔ね……。」


 カーティスの怪訝そうな表情を見て、レーリアが先に口を開いた。


「自分の存在意義を信じて疑わない、愚かなひとが居たのよ。そんなの、勘違いなのにね。」

「愚か……。」

「ええ、愚かで、馬鹿で、優しい人。」


 レーリアが遠い目をして、金色に光る海に目をやる。レーリアの、その言葉の真意は分からなかった。しかし、その表情が、カーティスには、リーファと重なって見えた。そして、それを見て、彼女の過去の話を聞いていたカーティスには、レーリアが誰の事を言っているのかがなんとなく分かってしまった。


「レーリア様は、その方にも、その勘違いを正して差し上げたのですか。」

「いいえ。もう私には教えてあげることは出来ない。だから、今もきっと彼は、馬鹿で、愚かで……優しいままなのでしょうね。」


 再び沈みかけた太陽を、レーリアは物憂げに見つめた。


 カーティスにはその悲しげな表情をどうすることも出来なかった。

 

 しかし、ただ、時が過ぎ去るのを待つために、心奪われる夕日を見つめる女性を、再び、見過ごすことなど彼には出来なかった。勿論、何をすればいいか、どんな言葉を掛ければいいかなんて、全く分からなかったのではあるが。


 そして、二人はしばらく、無言で海を眺めた。

 

 日が沈み、海に闇の気配が漂い始めたころ「私を訪ねに来たのでしょう?」とレーリアに促され、二人は屋敷に入った。レーリアは「長旅で疲れているでしょう?」と彼に言い、話は後日にすることとなった。

 当のカーティスも、思っていたよりも実際は疲れていた様で、立派な寝室に通されたが最後、ぐっすりと眠りこけてしまった、と言う訳だった。



「レーリア様は? もう起きていらっしゃるのかい?」


 カーティスが、自分を起こしに来た犬耳の少年に問いかけた。やはり、まずは、快く泊めて頂いた礼をせねばなるまい。

 しかし、少年は、指をチッチッと左右に振り、困った事を言った。


「人間の尺度で物を測るなよ? 偉大なヴァンパイアが、夜に眠り朝に起きると思ってるのかい?」

「……それもそうか。」


 引きこもりの無職みたいな事を公然と主張されたが、妙に納得してしまった。


「レーリア様はお眠りになる頻度が少ないから、一度寝たら起きるのは明日なるかもしれないし、三日後になるかもしれない。ま、気長に待つんだね。」


「うーん。」


 それは流石に困る。一瞬カーティスは戸惑ったが、実際にはそんなに困ることは無かった。別段急ぐ旅でも無いし、レーリア様が起きるまで、フィオの手伝いでもすれば良かろう。幸い、過去の経験から、カーティスには色んな生活に関するスキルが備わっていた。


 しかし、カーティスは、レーリアが今日中に起きて来る確信があった。

 彼女は言ったからだ。


「話は明日にしましょう。」と。



「うーん。」


 カーティスが、差し当たっての予定に一つ結論を出したところで、ふと見ると、今ではすっかり仲良くなった、レーリア使い魔のフィオが、何やら唸っていた。今の今まで、持ち上げられて、いたく得意げだったのだが、何かあったのだろうか。


「フィオ、どうした?」


 カーティスは新しく出来た人外の友人に訪ねてみる。


「なあカーティス。教えてくれよ。」

「ああ、だからどうした。」


 元犬の使い魔とは言え、ヴァンパイアの眷族に人懐っこく頼られるというのも、なかなか悪くないものである。カーティスがのんきにそんなことを考えていると、フィオは超難問を放り込んできた。


「レーリア様、最近元気無いんだ。俺、何かやったのかなあ。」


 思わず、昨日の出来事がよみがえる。


(俺にどうしろと?)


 カーティスは思ったが、その弱気を振り払った。窓辺で憂うひとを何とかしてあげたい。そう決心したばかりではないか。


「フィオのせいってことは無いと思うが、元気ないって、例えばどんな感じなんだ?」


 一応、フィオのフォローを入れつつ、詳しく聞いてみる事にする。


「うーん。窓の外を見てため息をついたり。」


 それは、俺もよく見る。

 思わずカーティスは心の中で突っ込んだ。


「時々『会いたいわ』って漏らしたり。人の名前を呟いたりしてる。」

「……それは……恋じゃな。」


 しゃがれ声で遠い目をしながら、極限まで、ジジイと化したカーティスの技が光った。


「……コイジャナ? って何?」


 駄目だ。

 犬に人間の高度なボケは通用しないようだった。

 更に付け加えるならば、そのボケが高度かどうかを判断する人間が、ボケを発した本人しかいないため、その評価が客観的に正しいかどうかを吟味するのは不可能であった。


「いや、やっぱ何でもない。それで、レーリア様は誰の名前を呟いていたんだい?」


 ひとまず無かったことにして、カーティスは話を進めた。


「うん、お隣の前伯爵、ローガン様とか、男爵のアルクアード様とか、かな。」


 レーリアと、アルクアード男爵とローガン前伯爵の三人の親交。それは、カーティスもシャロンも、過去の話を聞いて既に知っていた。そして、ローガン前伯爵は、最近お亡くなりになったとのこと。実際、息子のファリス・ロチェスター現伯爵とは、アルクアード男爵家で会っている。


 そしてカーティスは、以前に聞いた話の中で、過去にレーリアとローガン前伯爵が、「死んだら墓参りに行く」という約束をしていたのを思い出していた。


(そういや、シャロンの奴が、来週のつちの日に、ローガン前伯爵の墓参りに行くって言ってたな。)


 そう思ったカーティスは、一ついいアイデアを思い付いた。


「フィオ……レーリア様が元気になる、良い方法を教えてやるよ。」

「ほんと?!」

「ああ、耳を貸せ」


 こうして、カーティスとフィオの「レーリア様の元気づけ大作戦」が幕を開けるのであった。




(つづく)

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