第13話 四人の思惑

 ブラッドバーン男爵領の森に最も近い町、ルークシアにある酒場「マクブライト亭」。その二階の宿を借りていた二人のヴァンパイア・ハンター、ウォーレン・コールと、アリス・ホーリーランドは、一階の酒場で料理をつまみながら、途方に暮れていた。


「ヴァンパイアの情報を掴んだ。どうやらシャロンもそうらしい。」


 仲間であるカーティスは、そう言ってここを飛び出していった。あれからおよそ丸一日経つ。つまり、結局二人とも昨晩は戻ってこなかった。一体どこで夜を明かしたというのか。


「随分と戻ってこないけど二人は大丈夫かな。」

「あら心配? あなたもすっかり二人の兄貴分ね。」


 ウォーレンが、流石に心配になってそうこぼす。しかし、一方のアリスはそんなウォーレンをよそに、全く心配していないような口ぶりで、果実酒をあおりながら返した。


「そんなんじゃないさ。まあ、でも、これだけ一緒に旅をして来たんだ、否定はしないがな。」

「やめてよ、気持ち悪い。そんなタマじゃないでしょ。それにあの二人なら大丈夫よ。」

「何故そう言い切れる?」

「だって襲われるほどお金持ってそうには見えないし、自衛の武器もあるしね。それに二人とも運動は得意だし、大丈夫よ。」


(何を言ってるんだ、こいつは。)


 まるで人間が相手でもあるような根拠を並べるアリスに、ウォーレンは少しイラついた。大陸の街ならばそれでもいいだろう。しかし、ここは呪われた島「アトエクリフ島」で、相手はヴァンパイアなのだ。もしも、二人に何かあったらどうするつもりなんだ。


「おい、アリス。相手は人間じゃない。ヴァンパイアなんだぞ。」

「そう、それなのよ。」


 たしなめるウォーレンに向かって、アリスは体を乗り出し、人差し指を立てた。


「ヴァンパイア……。大陸ではほとんど伝説に近いほど何も情報がなかったのに、ここでは存在が当たり前、だなんて。さすがは呪われた島ね。」


 長い事、大陸でのヴァンパイアの事件を追って旅をして来た二人にとっても、この町は、と言うより、この島は異常だった。


 大陸に居た時は、誰に聞き込みをしても、「おいおい、そんなおとぎ話を信じてるのか?」と一笑されるのが大概だった。しかし、この島の住人ときたら、「この島でヴァンパイア様の事を知らない者はいないよ」と来る。流石に常識を覆されるほどのカルチャーショックは否めなかった。


「あんたらは、随分とヴァンパイアにご執心なんだな。」


 ふとそう声を掛けられ、二人は身構えた。

 いつの間にかお変わりのジョッキを持って現れたマクブライト亭の店主マックスだった。アリスは身構えた体を戻し、礼を言いながらジョッキを受け取った。


「ええ、まあ、だって、珍しいじゃない?」

「まあ、大陸の人間にはそうだろうな。」

「そうなのよ。だからこの島に来てみたらびっくりしちゃって。」


 アリスの声のトーンが一段高くなる。所謂、友好的な印象のトーンと言うやつだ。

 折角だ、この島では当たり前なのだから、世間話を装って情報を聞き出すのも悪くない。アリスはそう思った。

 少なくともここ数日、ヴァンパイアの情報を聞き出そうとした島の人間は、自分たちが大陸の人間だと知るや否や、急に口が堅くなったのだから。


「なあ、マックス。どうして大陸にはヴァンパイアの情報が入ってこないんだ?」


 ウォーレンがアリスの意図を汲み取り、マックスに問いかける。


「どうしてって言われてもなあ。」

「ヴァンパイアなんて物騒じゃないの? 人間じゃないのよ?」

「ヴァンパイア様は、元は人間らしいけどな。突然変異か神の呪いか。まあ、いずれにせよ、ヴァンパイア様は俺たちにとっちゃ友達だし、困ったことがありゃ助けてもくれる。大陸の貴族共に比べればよっぽど紳士的さ。」


 これは初の情報だった。

 ヴァンパイアは、元は人間で、大昔にこの島に流れ着いた人間が変異した、と言うことだろうか。

 アリスは先日、シャロン達にした話を思い出した。

 つまり、「この島が呪われた島で、死の花ロチェストの群生地だった」という話だ。これは大陸でも裏が取れている真実の話だ。

 その花の花粉が、長い年月をかけて、特定の人間の身体を変異させていったとしたら……。


 ちなみに、彼女がここまでの思考、分析が得意な理由には、アリス・ホーリーランドという女性の出自に端を発しているところがあった。


 アリスは、ヴァンパイアハンターになって旅を始める前は、王立研究所の研究者だった。

 そこは草花や生物を研究し、薬や長寿の元を開発する研究所だった。当然、多くの毒や、害のある生物にも沢山出会って来たのだが、その過程で出会ったのが、毒であるロチェストの花と、その解毒であるフィルマの花だった。そして必然的に、伝説やおとぎ話されている「ヴァンパイア」の話にも触れる事となった。

 他の研究者たちがそんなおとぎ話には見向きもしない中、アリスはその「ヴァンパイア」に興味を持った。幽霊などの怪談や、人狼、人魚、更には神や悪魔などには興味はなかったが、何故かそれだけにはかれたのだ。そして、ヴァンパイアを知るにあたり、それらの伝承を調べていくと、様々なおとぎ話とヴァンパイアには大きな違いが存在することが分かったのだった。

 ヴァンパイアだけが、数百年前の歴史書や、数多くの権威ある文献にまでその名前が登場していたからだ。それは他のおとぎ話には類を見ない記述だった。


 しかし、調べれば調べるほど、疑問が湧いてくる。


 本当にヴァンパイアが、不老不死の存在ならば、数を増やして、人間などとうに駆逐されていても不思議ではない。この世は常に弱肉強食。より強い種族が、弱い種を淘汰して繁栄していくものである。

 しかし、ヴァンパイアにはそれが無かった。文献上に姿を現しても、すぐに歴史から姿を消してしまう。


(種を増やすことが出来ないのだろうか。)


 そうも思ったが、どこかの文献に、「ヴァンパイアは相手の血を吸い、自分の体液をそこに混ぜる事でヴァンパイアに変異させる」と書いてあった。当然真偽のほどは眉唾であるが、それだけを信じるのならば、個体を増やせないと言うことは無さそうである。


 アトエクリフ島に行けば何かわかるのかしら。

 ロチェストの花に出会って以来、アリスの興味はアトエクリフ島にも当然向いていた。しかし、その島は大陸の果て、しかも「呪われた島」と言われている。王立研究所のあるこの都市からでは、どれほどのお金と時間がかかるのか見当もつかない。ざっと見積もっても、往復の旅費だけで家を数件買えるレベルのお金が必要だろうし、旅立った時に産まれた赤ん坊が、帰って来た時には誰かに初恋をするくらいの年齢になってしまっている程の時間を要するだろう。


 一方、アリスの研究が過熱していくにつれ、逆に王立研究所での居場所は微妙なものになっていった。奇人、変人、様々な呼ばれ方をされたが、それでもアリスの興味の熱が冷めることは無かった。

 そして数年後、秘密裏に、自己研究でヴァンパイアの事を調べているときに一人の男が訪ねて来た。それがウォーレンだった。「あなたがヴァンパイアの事を研究していると聞いて、来ました」と。


 ウォーレンは、アリスと同じように、ヴァンパイアの事を研究している人間だった。彼女と違うところは、性別を除けば、アリスは文献や歴史書を頼りに研究しているのに対し、ウォーレンは各地を旅して、足で情報を稼いでいる人間だった。


 こうしてお互いの研究や情報を交換しているうちに起きたのが、大陸でのヴァンパイアの殺人事件だった。そしてアリスはそれを機に研究所を辞め、全ての資産を処理して、アトエクリフ島を目指しつつ、二人でヴァンパイアを追うこととなるのだった。しかし、それはまた別の話である。


 ともあれ、この目の前の、のんきそうに情報を提供してくれる店主から聞き出せるだけ聞き出さなくてはいけない。


「だから、そういうヴァンパイアの具体的な話が、大陸には聞こえてこないのよ。」


 アリスはマックスに追及したが、アリスの真剣さに反してマックスは声を上げて笑った。


「ははは、言ったら信じるのか? 例えばお前さんたちが大陸に帰って、必死に『呪われた島では、人間とヴァンパイアが仲良く暮らしてます』って言いふらしたとして、どれだけの人間が信じてくれる?」

「……まず、笑われるでしょうね。」


 店主の意見はごもっともだった。


 このアトエクリフ島は、ていに言っても不便だ。大陸からはかなり遠い。唯一、この島からの船が到着する港町からでさえ、数週間の船旅だ。そして向かう先は死の花が咲く呪われた島。誰もわざわざ好き好んでそんなところに行こうとはしない。

 それに実際、この島に来て、ヴァンパイアを見かけたことなどない。カーティスが唯一会ったと言っていたがそれだけだ。普通の旅行者が居たとしても、ヴァンパイアに遭遇できる可能性はそんなに高く無さそうである。

 つまり、そんな状態で、大陸に帰って、話を広めたところで、本人でさえも半信半疑。島中の人が、観光の為に作っている「ストーリー」と思われて終わりである。


「そういうことだ。仮に島の人間が大陸に行っても、余計なことを言って島の平和を荒らしたくないしな。ヴァンパイア様に迷惑も掛けたくない。別に俺がここであんたらに少々喋ったところで、世は全てことも無し、さ。」

「ははあ、なるほどね。良く出来てるわ。」


 なるほどね、本当に良く出来ている。

 明るく感心した感じで口に出したのと同じ内容を、アリスは心の中で復唱した。最も、そのトーンはもっと低いものであったが。

 木を隠すには森に、ではないが、かえって堂々と「ヴァンパイア伝説の発祥の地」などと喧伝けんでんした方が、実際には公になりにくい。実際、この店主の話を、大陸の人間に熱心に話したところで、適当にあしらわれるのがオチだ。


 アリスが妙に感心した態度を取っているを見て、マックスは気を良くしたのか、更に話を振って来た。


「そうだ、知ってるか? 昔から『ヴァンパイアを追う人間の動機には二つの可能性がある』って言われてるんだ。」

「二つの可能性?」

「ああ。」


 二人の頭の中に、大きな疑問符が浮かぶ。この店主の言い方では何を意図しているのかが明瞭ではい。


「ちょっと待って。逆に言えば、その二つ以外の可能性はない、って事かしら?」

「ま、そう言うことだ。」

「ふうん、それは興味あるわね。」


 そうは言ってはみたが、これも眉唾な話だった。何かを追い求めるその可能性がたった二つしか存在しないはずがない。

 しかし、アリスも研究者だ。その内容を聞けば、仮に眉唾な内容だったとしても「なぜそう言われるようになったのか」という原因を探ることが出来る。情報としてはとても有益そうだった。


「その二つってのは何なの?」

「ああ、一つは『探求心』や『好奇心』って奴だ。人間ってのは興味を持ってしまうと調べずにはいられないからな。」


 本当にその通りね。

 アリスはまるで自分の過去を言い当てられたかのように、心の中でそう呟き、ため息をついた。


「それでもう一つは?」


 アリスが話を進めないのを見て取ってか、今度はウォーレンがマックスに聞く。しかし、マックスは今度はニヤニヤしながら逆に聞いてきた。


「分からないかい?」

「うーん。なんだろうな。……復讐……とか?」

「ははは……そりゃあ面白い。それだけは絶対にありえないな。」

「あり得ない?」


 思わず、アリスは反応した。

 自分やウォーレンは、研究者だ。一個目の理由に該当してしまうだろう。しかし、シャロンとカーティスは現に、「復讐」を目的としてヴァンパイアを追っている。それがあり得ない、というのだ。

 やはり眉唾の話だったのだろうか。ともかくそのもう一つを知る必要があった。


「……それで、もう一つってのは?」

「もしもあんたらが、本当は好奇心や探求心でここに来ていないとしたら……」


 ニコニコ笑っていたマックスが、急に目を細める。



「それだよ。」



 一瞬の沈黙。


 ただの酒場の店主とは思えない様な眼光と迫力に、気圧されそうになる。しかし、自分たちは余所者なのだ。怪しまれるわけにはいかない。

 アリスは、内心動揺しているのを必死に抑え、平静を装った。


「うーん、私たちは一つ目に該当しちゃうから、もう一個ってのは思い当たらないわね。」


 マックスは、品定めするようにアリスの目を見た。しかし、どうやら嘘をついているように見えないと思ったのか、再び笑顔に戻った。


「そっか、ならいいんだ。大体そういう時はろくなことが起こらないってアルクアードが言ってたしな。」

「アルクアード?」

「嬢ちゃんがつけていったヴァンパイア様さ。帰ってきたら色々と……と、噂をすればだ。」


 そう言ってマックスは、扉の方を顎で指す。つられて、アリスとウォーレンが入口の方を向くと、そこから見慣れた顔の二人組が入ってくるのが見えた。


「おい! お前ら、心配したんだぞ! 大丈夫だったか?」


 ウォーレンが立ち上がり、帰って来た二人、シャロンとカーティスを迎える。


「ああ、すまないウォーレン。俺もシャロンも大丈夫だ。色々と分かったこともあった。」

「そうか、良くやった! 早速情報共有をしよう。」

「二人とも、座って。はい、これ水。」


 アリスとウォーレンに促され、シャロンとカーティスは酒場の端のテーブルについた。

 しかし、席についたはいいが、シャロンとカーティスは、お互いに視線を送り合うばかりで、話始めようとはしなかった。


「えっと……何から聞いたらいいか分らんが、首尾は?」


 しびれを切らし口火を切ったのはウォーレンだったが、その質問も、全く的を得ない、ぼんやりとしたものだった。

 相変わらず、お互いの顔を見合わす二人だったが、意を決したようにカーティスが口を開いた。


「ウォーレン。その前に一つ良いか。」

「なんだ、どうした?」

「こいつだ。」


 そう言ってカーティスは自分の銃と予備の弾丸を取り出した。


「銃と銀の弾丸。それがどうしたの?」

「これがヴァンパイアに有効だってのは、本当なの?」


 今度はシャロンがアリスに聞き返した。


(二人ともこんな深刻な顔をするなんて。)


 アリスは、いつもは見せない二人の表情に驚いた。


(しかし、このことを聞くと言うことはまさか……。)


「ああ、確かにそのはずだ。」

「ウォーレン、それはどこからの情報だ?」

「まさか、戦闘になったの?!」


 やはりそうだ。シャロンとカーティスはどちらかが、或いは両方がヴァンパイアと戦闘になり、銃を放った。しかし、それが効かなかった。だからこんなことを聞いているのだ。

 知りたい。

 アリスはとっさにそう思ってしまった。シャロンやカーティスには申し訳ないが、ヴァンパイアが実在していて、その肉体は銃弾を通さない。そんな事実を目の前で告げられては、興味が買ってしまうのは仕方のない事だった。


「……全くの無傷だった。」

「それだけじゃない。にんにくも、十字架も、どれも効果なかった。」

「なんだって!?」


 ウォーレンが派手に驚く。しかしアリスにとっては、そっちは正直どうでもよかった。それらはあくまでも、まじない程度の話だ。にんにくを投げつけられて死ぬ人間はいないし、十字架を見て苦しむ人間もいない。しかし、銃弾を受けて無傷の人間はいないのだ。


 「あんたを疑っているわけじゃないが、こうまで聞かされていた情報と違うと、どうにもな。」


 しかし、それよりもアリスにとっての目下の問題は、二人だった。このまま仲間である二人に不信感を抱かれてしまっては、肝心な情報どころの騒ぎではない。こうなっては仕方がないが、彼女が取れる手段は一つだけだった。


「……ウォーレン、もうほんとの事言ったら?」

「ほんとの事?」


 意味深な表現に、シャロンがおうむ返しに聞き返す。そして、全員がウォーレンの方を向いた。当のウォーレンは、しばし悩みながら「ぐむむ」と声を漏らしたが、観念したように勢いよく立ち上がり、そして勢いよくこうべを垂れた。


「すまん二人とも。私が過去に一度だけヴァンパイアを倒したという話……あれは嘘だ。その……あの時は私達も仲間が欲しくてな。片っ端から調べて集めた大陸での出どころもはっきりしない噂や対策をそれらしく語ってしまったんだ。本当にすまない。」


 ウォーレンの言葉を聞いて、場が固まる。二人にしてみれば当然だろう。ヴァンパイアハンターの先輩だと思っていた人間が、実際にハンティングの経験のない、普通の人だったのだ。


「アリスは知っていたのか?」


 カーティスがアリスに矛先を向けた。本来ならば、怒り心頭でもおかしくはない状況だが、意外にもカーティスのその口調からは怒りは感じられなかった。


「ええ、あなたたちが仲間になる少し前にね。そういう意味では私も同罪だけど……あなたたちも真剣だったし、水を差したくなくて。それに、ヴァンパイアやロチェストの花の研究をしていたってのは本当よ。だから今までに教えてきた、大昔の文献や、言い伝えや文献の話は真実。」

「二人とも、本当にすまない。」


 ウォーレンは再び首を垂れた。

 しかし、その彼の頭に投げかけられたのは、罵声でも、怒号でもなく、笑い声だった。


「あはは、あーあ。どうせそんなことじゃないかとは思ってたわよ。」

「ああ、そうだな。」

「え?」


 急に和んだ場に、ウォーレンは逆に戸惑った。「嘘つき!」と罵声を浴びせられるのを覚悟していたのだから、当然である。


「ウォーレンって、意外に抜けてるし頼りないし。逆に『本当に倒したんだ!』って開き直られたら逆に怪しいわよ。」

「ああ、本当の事を言ってくれて良かった。これで臭いにんにくを持ち歩かなくて済む。」

「お前たち、ありがとう。」


(ひとまずこれでよかったわ。)


 アリスは心の中で胸をなでおろした。

 彼らも、ここまでの帰りの道中に、様々な詮索をしたはずだ。今カーティスが言ったような開き直りもそうだが、要領を得ない情報や嘘を伝えられることが、最も信用を失う。


 例えば「俺が倒したヴァンパイアは別の亜種だった」とか言っていたら、何の証拠も事実も文献も無い「亜種」の存在を認めてしまうことになる。

 例えば「銃弾が銀の純度が低かった、ニンニクも効果がある産地のものでは無かった」などと、道具のせいにすれば、また新たな火種を未来に残すだけだ。

 そもそもそんな言い訳を信じるほど馬鹿な二人ではない。

 彼らにとっては、「正直に、見栄を張ったことを認める」ということが、最もダメージが少ない、納得のいく着地点だった、と言う訳だ。


「話を戻しましょう。それで、実際本物のヴァンパイアと対面したのはあなたたちが初めてな訳だけど、率直に言ってどんな印象だった?」


 この空気が和んだタイミングを逸するべきではない。アリスはすかさず話を本題に戻した。


「うーん、まだわからないことも多くて。でも、私が会ったアルクアードは、追っているヴァンパイアじゃないと思う。」

「ああ、同感だ。しかし、実際フィルモアで一件、殺人事件も起きている。俺たちが追っているヴァンパイアと同じ仕業だ。」

「そうね、だから、あなたたちが仕入れてきた情報だけが頼りよ。急がないと、また新たな被害者が出るかもしれない。」


 アリスは、出来る限り二人から情報を聞き出したかった。しかし、ここに来て、二人は顔を見合わせて、口をつぐんだ。

 なにか、不穏な情報でも仕入れたのだろうか。


「ヴァンパイアは人をころ……。」


 カーティスが何かを呟いたが、ウォーレンとアリスにはその声は届かなかった。

 そして、その呟きを聞いて、慌ててシャロンは言葉をかぶせた。


「ええと、ヴァンパイアは人には倒せない。そう言っていたわ。」

「なんだって? そんな馬鹿な。」

「じゃあ一体何だったら倒せるというの?」

「それは知らないけど……。」


 食いつくウォーレンとアリスに、シャロンは困った様子でさじを投げた。シャロンが嘘をついている様子はアリスからは見て取れなかった。


「他に何か情報は?」

「……うーん。まだ何とも。」


 倒せない。そんな事があるものか。

 そんな最強の存在ならば、とうにこの世界はヴァンパイアのものになっていてもおかしくはない。

 何か倒す方法はあるはずだ。


 考え込むアリスをよそに、ウォーレンが質問を投げかけた。


「嘘をついているんじゃないか? 俺たちみたいな人間を諦めさせるために。」

「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。」


 ウォーレンの指摘は、そこまで的外れではない。しかし、真偽の確かめようのない、しかも具体的解決策にならない予想は、仮定とするには力不足である。

 そう思ったアリスではあったが、だからと言って、彼女にしてみても、何らかの仮説を立てたり、アイデアを出したりするには、あまりにもまだ情報が足りなかった。


「まあ、ひとまず! あのヴァンパイアは友好的だ。この関係を崩さないようにして、明日以降も会って情報を探ってみる。」


 頭を抱えた二人に対して、カーティスが出した提案は、アリスにとっては、百点満点のものだった。本当に友好的な関係を築けているのならば、であるが。


「銃弾を浴びせておいて、友好的な関係を築くなんて、あなたたち凄いわね。」


 まあ、これは自然な疑問だろう。

 アリスはそう思って聞いたのだが、二人はなぜか頭を抱えてしまった。


「あああああ……。」

「え? なに?」


「大変だったんだからな……。」

「大変だったのよ……色々。」

「……そ、そう。なんかごめんなさい。」


 聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。

 アリスは少し反省した。

 しかし、まあ、友好的な関係を築けている、と言うことに嘘は無さそうだった。そして、筆舌にしがたい、何らかの苦労があったらしいと言うことも。


「……そうね、じゃあ、私たちは、新たな被害者が出ないように、ここで街を巡回するわ。あなたたちはヴァンパイアの、弱点以外にも、何か情報を探ってきてくれるかしら。」


 この二人の様子を見るに、私やウォーレンが随伴しない方が良さそうだ。

 そう思ったアリスは、情報の収集を二人に任せる事にした。

 焦ることは無い。自分の探求心を満たしてくれる存在は確実に近くに居るのだから。


「弱点以外って、例えばどんな?」

「なんでも良いわよ、寿命はあるのか、とか、急に狂暴化したりするのかとか、どんな食事が好きなのかとか、どうやったら増えるのか、とか。」

「わかったわ。」


 ひとまずこれで、私とウォーレンに出来ることは無い。焦る気持ちはあるが、この島に来るまでなかなかハードな旅だった。しばしのんびり休息をとるのも良いだろう。

 アリスはそんな考えで自分を納得させた。


「じゃあ、俺とシャロンは明日以降の作戦を練るよ。二人は先に休んでいてくれ。」

「ええ、わかったわ。」


 そして、カーティスの提案を承諾し、アリスは立ち上がった。そして、二階の自室へと向かおうとした。


「なに? 俺も加わるぞ。」


 向かおうとした瞬間に、声を上げる馬鹿一名が居た。ここまで、何の話を聞いていたのやら。空気が読めないのは本当に罪である。


「ウォーレン!」

「なんだ!?」

「あなたが居たら色々口をはさんで面倒でしょ。二人に任せましょう。じゃあ、二人とも、無理はしないでね。」


 アリスはそう言い残し、ウォーレンを引きずるように連れて行った。


「ああ、ありがとう、ウォーレン、アリス。」

「わかった、わかったから放せって! 任せたぞ、二人とも!」


 騒々しい二人が去り、シャロンとカーティスは、二人は少し微笑みつつも顔を見合わせた。ここ数日は、目まぐるしい事件が多かったが、何とか戻ってきてからの、ウォーレンのあのポンコツっぷりに少し安心したのかもしれない。

 そして、数秒の、意思疎通のような沈黙の後、二人はその安心の微笑みから一転、真逆に顔を歪ませて……


「はあああぁぁぁ……。」


 特大のため息をついた。


「はあ、言えないよな……ヴァンパイアは人を殺さない、って言われたなんて。」

「でも、それに関しては私たちも信じてるわけじゃ。」


 シャロンは殺された両親の、カーティスは殺された姉の復讐のために、ヴァンパイアを追い、この旅を続けている。

 そしてアリスもウォーレンも、ヴァンパイアを倒すことに並々ならぬ執念を燃やしている。


 ウォーレンとアリスがヴァンパイアに会ったことがない、と言う事実を白状してしまった直後に、こんな事実を突きつけられたことを告げることなど、二人には出来ようも無かった。


「殺さんよ。」


 突如、そう言って二人の会話に割って入ったのは、ウォーレン達のジョッキを片付けるためにテーブルに来ようとしていたマックスだった。


「すまんな、聞こえちまった。」

「マックス。」

「ヴァンパイアは人に殺せないし、ヴァンパイアは人を殺さない。男爵にそう言われたんだろ?」


 参った、とカーティスは思った。どうやらこの店主には全てお見通しの様だった。


「ああ。なあ、それってなんでか理由を教えてくれたりしないか?」

「はは、教えてやりたいところだがな、理由までは俺も知らねえな。」

「そうか。」


 二人にはこの答えはおおよそ想像はついた。ロチェスター伯爵が、勝負に勝ってようやく手に入れる内容だ。一酒場の主人が追い其れと知っていようはずも無かった。


「なあ、ところで、あんたたちは『ヴァンパイアの探求』の為にこの島に来たんだろ?」


 神妙な顔つきで黙りこくった二人に、マックスが見かねて問いかけた。


「追っている、と言われればそうだけどね、別に探求ってわけじゃないわ」

「じゃあ、何のために?」


 マックスに尋ねられて、シャロンは答えるのを一瞬躊躇ちゅうちょした。先刻、アルクアードから言われた言葉を思い出したからだ。


(……該当しない?)


 しかし、折角である。幸いこの店主はアルクアードとは懇意にしている様だったし、この店主の反応を見てみるのも悪くない。

シャロンはそう思い、マックスの問いに答えた。


「マックス……さん。もしも、『復讐』って言ったら、どう思う?」

「……それは無い。」

「え?」


 即答だった。


 やはり、そうだ。ヴァンパイアに復讐する、と言うこと自体がおかしい。そう言うことだろうか。

 シャロンとカーティスが顔を伏せ、深刻そうに考え込んでしまったので、マックスは「やれやれ、厄介事はごめんだぞ」と言い残し、奥に引っ込んでしまった。


「なあ、『ヴァンパイアは人を殺さない』って言ってたよな。きっと、これが何らかの理由で本当で、であればつまり、復讐する相手が『生まれない』と、そういうことなんじゃないか?」

「確かに、アルクアードが人殺しをするとは思えないけど、でも、他の、悪いヴァンパイアならあり得るかもしれないじゃない。人間だって平気で人を殺す奴がいるんだから、ヴァンパイアだってそういうのがいると考えるのが普通でしょう。」


 それに、アルクアードから聞いた過去の話で、アルクアードはレーリアさんに、「私は過去に人を殺した」と告白していたような気がする。つまり、人を殺すこと自体は可能なのだ。だから「ヴァンパイアは人を殺せない」ではなく「殺さない」と言っているのだろう。

 シャロンは頭に浮かんだこの考えを、口にはしなかった。と言うより、カーティスもレーリアさんからおおよそ似たような話は聞いている様だったので、あえて言う必要も無いと思ったのだ。それよりも、もう一つ、シャロンには、気になって仕方がないトピックがあった。


「それよりも、『人間がヴァンパイアを追う二つの理由』って奴よ。」

「ん?」

「仮に、復讐がありえないとして、もう一つっていうのは何なのかしら。カーティス、分かる?」

「さあな、皆目見当もつかん。」


 大きくため息をつき、二人は頭を抱えた。結局のところ、絶対的に情報が不足していた。


「だー! もう、訳わかんなくなってきた!」


 シャロンが頭を掻く。この一手で、折角メルに綺麗にまとめてもらった髪が、全壊した。


「やはりもう少し情報を集める必要があるな。俺はレーリア様のところに通う。お前はアルクアード男爵の所に行け。出来そうか?」

「ええ、問題ないと思うわ。それにアルクアードが頑張らなきゃ情報収集は時間の問題だと思うし。あと、アルクアードが今度、次の週のつちの日に、ファリス伯のお父上の墓参りに行くって言ってたから、そこに同行してみようと思う。」


 次回の訪問については、アルクアード本人からの承諾を得ている。これは問題ない。そして情報収集についても、チェスではアルクアードはファリス伯の足元にも及ばないみたいだった。つまり、ファリスがアルクアードを負かして、ゲロするところに居合わせれば万事解決である。


「……なによ。」


 シャロンは、頭の中で姑息な悪だくみを画策した。しかし、質問した当のカーティスが、何やらシャロンを見てニヤニヤしていたので、たまらず言及した。


「いや、随分と仲良くなったんだな、と思ってさ。あんなドレスまで着て。」


 やっぱりそうか。いじってくるとは思ったけど、ここか。

 シャロンは思ったが、以後の方針が決まって、若干心に余裕が出来たのだろう。であれば、カーティスの軽口も別にそこまで悪いものでもなかった。


「彼は私たちが追っている奴とは違うみたいだし、紳士的だし。だったら別に敵対することないじゃない。」


「はいはい。」

「それに……。」

「それに?」


「あれはあれで、さ。その、お姫様になったみたいで、楽しかったし。女の子の憧れだから。」


 思わず本音をこぼしてしまい、シャロンはカーティスに笑われるのを覚悟した。彼からしてみれば、シャロン=プリンセスなんて最も成立しない式だろう。

 しかしそんなシャロンの覚悟とは裏腹に、カーティスは、少し寂しそうな顔をして、自嘲気味に笑った。


「どうしたのよ。」

「いや……子供のころさ、姉さんも同じようなこと、言ってたな、って思ってさ。」


 姉、その言葉が出るや否や、二人の間に沈黙が訪れた。

 気まずい沈黙、と言う訳ではない。

 シャロンはヴァンパイアに殺された両親の、カーティスはヴァンパイアに殺された姉の復讐のために旅をしている。旅の間に、幾度となく、思い出や面影を思い出す瞬間に遭遇してきた。その度に、愛おしい回顧と、恐ろしい記憶と、ゆるぎない決意を、沈黙をってお互いに再確認するのが、いつからともなく、二人の間で当たり前になっていたのである。

 しかし、今回の沈黙は、いままでのものとは勝手が違っていた。


「ヴァンパイアは人を殺さない」


 この言葉が、呪いのように、自らの存在意義に突き刺さり、頭の中で疑問と詮索が渦巻いていた。


「レーリア様は、さ」


 そして、ふとカーティスが沈黙を破った。


「なんか、似てるんだ。姉さんに。」


 カーティスはふと窓の外を見上げた。そこには少し欠けたほぼ満月が、美しく光り輝いていた。

 この、すっかり定位置になってしまった、マクブライト亭のこの席が、窓の横で本当に良かった。

 物憂げなカーティスを見て、シャロンはそんな柄にもないことを考えてしまうのだった。


(つづく)

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