第12話 「該当しない」復讐

「こうして、私は、彼女を、レーリア・クローデットをヴァンパイアにした。」



 ここは、ブラッドバーン男爵家の晩餐の席。

 長い私の話を、息をするのも忘れて、食い入るように聞いているファリスとシャロンに向かって、ひとしきり話を終えた私は、軽い口調で言い放った。


「ヴァンパイアになれば、死は遠い存在となる。病魔などものの数ではない。私は生きたいと願ったレーリアを生かすためにそうした。」


 亡き父、ローガンの話と言うこともあって、特に、一言一句聞き逃さんと必死に聞いていたファリスであったが、しばしの沈黙の後、我に返ったように、思考が動き出した。


「ちょっと待ってくださいアルクアード。あなたは以前私に仰いました。『ヴァンパイアは増えない』と。しかし、その話が本当ならば、現にあなたはヴァンパイアを増やしている。」

「どぅーびゅーごど?」


 「どういうこと?」と言いたかったのだろう。気づけばシャロンは、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、鼻をすすっている。途中、何度かドレスの袖で涙を拭おうとしてしまい、メルにハンカチを渡されていたようだった。

 そのメルはと言えば、いつの間にか席を外しているのではあるが。


 まあ、そんなシャロンはひとまず置いておいてだ。彼女の質問に答えても良いか、と言うようなまなざしをファリスが私に向けていたので、私は「どうぞ」と言わんばかりに、彼に促した


「アルクアードから教わったヴァンパイアの秘密。『ヴァンパイアは増えない』『ヴァンパイアは殺せない』そして『ヴァンパイアは人を殺さない』と。私たちロチェスター家は代々それの理由をチェスの景品としてアルクアードと賭けをしてきたのです。」

「ファリスは強すぎて、あっさり教える羽目になってしまったがな。」

「ちょっと……どういうこと?」


 シャロンは相変わらず繰り返した。まあ、そりゃあそうだろう。急に「ヴァンパイアが増えない」などと言われても、彼女にとっては耳に水。不思議以外の何物でもない。


「そうです。『ヴァンパイアは増えない』と言っていたその理由はなぜです。」

「レーリアは例外にしたんだ。私がそう手配した。」

「例外にした……とは?」

「……すまないが、今の君の勝ち分で教えられるのはここまでだ。」


 ファリスが食ってかかってくる。成り行き上、ここまで話してしまったが、これ以上はまだ早い。「ヴァンパイアは増えない」そのルール。その真実は本来、一番最後に伝えるべきことなのだから。


「どういうことよ!!」


 今度はシャロンが、机にバンっと手をついて立ち上がった。


「すまないな、シャロン。先ほどファリスも言ったが、これは、私とファリスとの、いや、代々のロチェスター伯爵との取り決めなんだ。『ヴァンパイアは増えない』その理由は、今はまだ……。」

「『ヴァンパイアは人を殺さない』ですって!? そんなはずないわ! だって、だってそれなら、私は……。」


 ……そっちか。

 ……そうだった。

 先刻から彼女は私の前で、両親がどうのと独り言を漏らしていた。そして、大陸で起きているヴァンパイアの殺人事件騒ぎだ。本来であれば「ヴァンパイアは人を殺さない」のだから、そんな事はありえないのだが、まあ誰がやったかはともかくとして、シャロンの両親はその事件の被害者なのではないか、と私は推理していた。


「シャロン、どうしたのです?」


 事情を理解しないファリスが、シャロンに驚いて問いかけた。いや、心配した、と言った方が近いかもしれない。立ち上がったシャロンは虚空を見つめて自失状態になっていた。


「シャロン!?」


 ファリスの声にシャロンは我に返った。そして、徐々に冷静さを取り戻し、再び椅子に腰かけると、ゆっくりとした口調で語りだした。


「……私は、私のお父さんとお母さんは、ヴァンパイアに殺されたんです。」


 ……やはりそうか。


「それで、ヴァンパイアハンター、などと名乗って、犯人を追いかけている、と言うことかい?」


 私の問いに、シャロンは無言で頷いた。


 予想は的中した。

 しかし、断言しよう。

 その犯人はヴァンパイアではない。

 「ヴァンパイアは人を殺さない」のだから。


 しかし、今の彼女にそれだけを伝えたところで、信じてもらえる気はしなかった。

かといって、ロチェスター伯爵の手前、ここで理由まで全てを話すわけにもいかない。

 私は少し思案し、そして口を開いた。


「シャロン。私は先ほど、『人間がヴァンパイアを追う』、その理由は二つしかない、と言ったね。」

「……ええ。一つは好奇心とかなんとか。」

「残念ながら、君が『復讐』の為にヴァンパイアを追っているとしたらその理由は、その二つ目に該当しない。」

「……該当……しない?」


 シャロンが困惑した表情で私を見る。そりゃそうだ。これまでの情報では、彼女は恐らく復讐あるいは仇討ちの為にヴァンパイアを追っている、それは間違いないだろう。そして、その当人が抱いている感情を、別の人間に「該当しない」などと言う、良く分からない表現で否定されたのだから。


「該当しない……。それはつまり、あり得ない、あってはならない、ということですか。」


 次の言葉を紡ぎだせないでいるシャロンに変わって、ファリスが口を開く。的確な表現を選んでくるあたり、本当にこの若者は聡明である。


「ああ。ヴァンパイアに殺された誰かに変わって復讐をする。そんな人間は存在しない。」


 勿論、この話はあくまでも命のやり取りでの話だ。私のようなヴァンパイアが、例えば、誰かを騙してしまったり、あと、或いは誰かの恋敵になってしまったりして、恨みを買うことは十分にある。しかし、誰かの仇討ちの対象になることは無い。


「何を……言ってるの?」


 長い沈黙の後、ようやくシャロンが、これ以上無い素直な感想を絞り出した。しかし、それ以上の説明をするつもりのない私を前に、また再び長い沈黙が訪れるのは容易に想像がついた。

 それを知ってか知らずか、いいタイミングでメルが戻ってきた。


「アルクアード、ロチェスター伯爵。お客様が見えております。」

「お客様?」


 どうやら、すっかり主を呼び捨てにする心構えは出来上がっている様であったが、それには触れずに聞き返す。それにしても、こんな時間に、こんなところに来る客とは一体誰だろう。皆目見当はつかなかった。


「お若い男性です。シャロン様のお名前を出されておりましたので、お嬢様のお知り合いの方かと。ひょっとしてお迎えに見えたのでは。」

「……ひょっとしてカーティス?」


 難しい顔をしていたシャロンだったが、メルの口から自分の名前が出て来た我に返る。恐らく彼女にはその男性に心当たりがあったのだろう。


「はい。カーティス・レインと、そのように名乗っておいででした。」

「え、こんなところまで、わざわざ迎えに? って言うかなんでここに居るってわかったの?」


 話がそれてくれて助かった。少なくともそちらの疑問には答えてあげられそうだった。


「なに、君はマックスの店に居たのだろう? 恐らく、彼が君の行き先を、そのカーティス君に教えたのだろうさ。」


 シャロンは、なるほど、と頷いた。そして、続いてもうワントーン低い声で、「本当にこの島ではヴァンパイアの男爵様は溶け込んでいるのね」と深刻そうに呟いた。更に数秒考え込んだ彼女は、何かを決意したように顔を上げ、私に向き直った。


「アルクアード。」

「なんだい?」

「その、また……来ても良いかな。」


 言い出しにくそうに、少し恥ずかしそうな素振りでそう尋ねる彼女は、鬼気迫る形相で私に銃口を向けて来た時とはうって変わって、とても可愛らしかった。こういう表現で女性を表すると誤解されそうではあるが、もう私に、レーリアのような伴侶を持つつもりもないので、彼女をそういう対象としては全く見てはいない。しかし、明るく、溌溂はつらつとした彼女には好感を抱いていたし、物怖じせず、歯に衣着せぬ物言いが出来る女性との会話は、私にとっても新鮮で、そしてとても楽しかった。……メルは? と思わないでもらいたい。あれは、私をからかっているだけの別の次元の娘だ。


「ああ、君はもう友人だ。いつでもおいで。」


 そう微笑む私に、シャロンもようやく表情を崩し微笑んだ。今日はこのの、この表情が見られただけで収穫だ。そう思えるほどに、シャロンの微笑みは柔らかく、温かかった。


「よし、じゃあメル、彼をここに通してくれ。」

「はい、すでに通してあります。今、部屋の外に。」

「ぬえ!!!!?」


 折角拝めた希少な微笑みを一瞬で崩し、シャロンは面白い顔で、更に付け加えるならば面白い声で叫び声を上げた。流石のファリスも、そして私も、ビクッと彼女の方を反射的に見てしまう。


「ど、どうしたんだ、シャロン。」

「いや、ちょ、この格好は。着替え……いや、どこかに隠れ……。」

「どうぞお入りください。」


 バタバタと慌てるシャロンを尻目に無情にも、にやつきながら部屋の外に声を掛けるメル。こいつは、どこまで分かってやっているんだ、全く。

 それにしても、だ。なるほど、仲間に着飾った自分を見られるのが恥ずかしかった、と言う訳か。しかし、美しい金髪が良く映える、白のドレスと髪飾りを身に纏った今のシャロンは、一国の姫と言っても遜色そんしょく無いくらい似合っている。彼女に着られるために、このドレスはクローゼットで眠っていたと言っても過言ではない。自信をもって堂々と見せればいいと思うのだが。


 私がそんなことを考えるや否や、メルの呼びかけに応じ、一人の男性が入って来た。なるほど、彼が、シャロンの仲間のカーティス・レインか。身長も高く、とてもハンサムな男だ。正直、男としての外見の器量だけで言えば、代々のロチェスター伯爵では勝負にならないだろう。と、こんな感想を持ったことが知れたら、目の前の、代々のロチェスター伯爵の中でも随一の美青年であるファリスに申し訳ない。言うなれば、ファリスは知的美青年であり、目の前の彼は肉体的好青年だ。つまるところ、ジャンルが違う、と、そう言うことにしておいて欲しい。


「シャロン、シャロン!」


 私が勝手に心の中でファリスへ弁明している間に、彼はシャロンの名を呼び、部屋の中を見回している。名を呼ばれた当の本人は、と言うと、別に隠れているわけでは無く、彼に背を向けた状態で、硬直していた。


「ようこそ、我が屋敷へ。君は?」


 ひとまず、彼に話しかける。まあ、きちんと入口で名乗り、取次ぎを図ったようなので、礼儀知らず、と言う訳では無いのだろうが、ここはキチンと先に挨拶を交わすべき状況ではあった。


「あ、その、大変失礼致しました。私、カーティス・レインと申します。その、急に押しかけてきてしまい、その、申し訳ありません。あの、ここに、シャロン……いや、その、連れが、あの、小汚い格好の、小汚い娘が来たと思うのですが。その、もしかしたらかなり時間が経っているので、入れ違いかもしれないんですけど……。」

「……。」

「……。」


 始めの沈黙は私とファリスのものだ。何と言っていいものか、と言う表情でお互い顔を見合わせる。そして後の沈黙はシャロンのものだ。こぶしを握っているのが見て取れる。うん、あれは、若干キレているな。短い付き合いの私でもそれが分かった。


「……くっくっく。」


 言わずもがな、これはメルのものだ。とても楽しそうである。


 探している本人が目の前に居るというのに、全く気付いていないどころか、その本人を盛大にディスってしまったカーティスと、口をパクパクさせる伯爵と男爵のコンビ。キレている姫と、楽しんでいる猫。思えばなかなかにカオスな状況であったが、その状況を打破したのは……姫だった。


「入れ違いではございませんわ。」


 ワントーン高い声で、カーティスに背を向けたまま語り掛けるシャロン姫。


「え?」

「シャロンさんは、まだこの屋敷に滞在しておりましてよ?」

「そうですか、良かった。それで、あいつはどこに?」


 若干声質と喋り方を変えているとはいえ、探している当の本人と話をしているのに、カーティスは全く気付いていない様子だった。


「教えて欲しいかしら?」

「はい、あの、もしかして、うちの小汚い田舎娘が、あなた様のようなお美しいお嬢様に何か粗相でも致しましたでしょうか?」


 カーティスは、確かにシャロンの身を案じ、シャロンの為にこの場に居る。しかし、心配すればするほど、いやそれどころか、現在のシャロンの容姿を褒めれば褒めるほど、シャロンのプライドがズタズタになっていく。そしてやはり、先程に輪をかけてカオスなこの状況を上手く表す言葉は、私の辞書には無かった。


「……じゃあ、教えて差し上げましてよ。」


 ワントーン、どころか普段の彼女よりも更に低い、ドスの利いた声でそう言ったシャロンは、ゆっくりとカーティスの方に振り向いた。


「あなたが人様を格好で識別していることがよぉくわかりましたわ、カーティスさん。」

「……え? あの、お嬢様?」


 未だ気づいていない。本人と目を合わせてもなお。本当に、着飾った女性の破壊力というものは恐ろしいものである。


「ついでに、私の事を、小汚さで識別していることも良く分かったわ!」


 完全に普段のシャロンの口調とトーンだ。

 流石にこれは瞬時に分かっただろう。


 その言葉を聞いたカーティスは、少し驚いたように口を開き、憂いを帯びたような表情で目を伏せ、窓に映る夜空の星を見て、目の前の金髪の姫に再び目をやった。そして今度は天井を仰ぎ、苦笑を浮かべ、何故か部屋をぐるっと見渡し、そして更に再び目の前の姫に目をやった。それから、三十秒ほどの沈黙の後、ようやく、彼は口を開いた。


「……シャロン?」


 随分と長い「瞬時」だった。


「ねえ、死ぬ? 君、死ぬ?」


 目にも止まらぬ速さで、自分の鞄から拳銃を取り出したシャロンが、カーティスに銃口を向ける。いかん、完全に目が座っている。


「あ、いや、その、すまん! 悪気はなかったんだ。」

「だとしたら、尚悪いわ!」


 おっしゃる通りである。


「だって、お前が、こんなヒラヒラして、あんな口調で……あははは!! 無理だ、こんなん見せられたら、冗談にしか見えない、だははは。」


 時に、人間には、絶対に笑ってはいけないシチュエーションというものが、人生において度々訪れるものである。

 例えば、上司や上官の説教の最中、葬儀や式典などのおごそかな場、傷つき号泣している友人の前など。不思議なもので、そういうときに限って、笑ってしまうような何かが、気になって仕方無くなってしまうものである。そして多くの人間は、その襲い掛かってくる、吹き出してしまいそうなむず痒い気配に抗うのだが……。


 目の前の彼は、全く抗う様子がない。どう考えても今は、絶対に笑ってはいけないシチュエーションの最たるものだ。

 どうやらこのカーティスと言う男は、自分の感情に素直な人間の様だ。私は彼をそう評した。そういう人間は嫌いではない。しかし、それと、

 同時に、長生きできないタイプだな、とも思った。


 カシッ!


 ほらね。


 シャロンが、完全にカーティスの方に銃口を向けたまま、引き金を引いていた。流石に、足元に向けて当たらない様にはしてはいるが、どんな事故が起こるとも限らない。本当に、弾が入っていなくて良かった。


「うおおおお! おまっ! 弾が入ってたらどうすんだ!」

「もう、コイツの記憶を消すしかない……。」


 物騒なことを言っている。全く、似合っているのだから正直に認めればいいものを。


「まあまあ、二人ともそれ位でいいだろう。言ってもロチェスター伯爵の前だぞ。」

「は、伯爵!?」


 やはりどんなゴロツキでも、この肩書は大きいようだ。私の言葉を聞いたカーティスが慌てて身を整える。折角だ、シャロンの方のフォローもしておいてやろう。むしろ着替えさせたのはこちらの楽しみ、みたいな部分もあったからな。


「ついでに言えば、彼女の衣装と装飾を選び、化粧を施したのは男爵家の人間だ。伯爵もその美しさに息をのんだようだが……。君がそんなに笑うというのは、その、私たちのセンスが悪い、と言うことになるのかな?」

「う……いや、その。」


 私のいやらしい攻撃に、たじたじとした表情になるカーティス。


「彼女のような身分の人間がこういう格好をするのがおかしい、と言う事だろうか? ふうむ……大陸の肥えた飽食の貴族令嬢の身を包むよりは、彼女のような美しい娘を着飾ったほうがドレスも喜んでいると思うが……。」


 恐らく、この島はともかく、大陸の貴族にいい印象を持っている平民は多くはない。こういう物言いをすれば、流石にカーティスも認めざるをえまい。

 ついでに当の姫君は、さっきから褒めるたびに小さく「うにゅ」とか「ふきゅ」とか鳴き声を漏らしているが、この際放っておく。


「いや、仰る通りです。すみません。シャロンの面倒を見て下さり、ありがとうございました。……シャロンもすまん。ちょっとびっくりしちまってよ。めっちゃ良いじゃねえか、それ。」


 やはり、彼は良い人間の様だった。良い人間、悪い人間と一言で片づけられるようなものではないが、少なくとも、優しい心を持っており、敵対する意思はなく、話せばわかる人間であることは理解できた。それならば、それらを総じて、良い人間、と評しても問題あるまい。


 自分で思考を巡らせておいてなんたが、「敵対行為」というワードに少し引っかかった。

 恐らく彼もシャロンと同様に「ヴァンパイアハンター」などと名乗っているのだろう。そして、私とメルの赤い瞳を見れば、ヴァンパイアであることは容易に想像がつく。しかし、先刻から、そこに関して、全くと言っていいほど、恐怖も、興味も、疑問も、質問も無い。これは流石に以上だった。


 ともあれカーティスの謝罪の言葉を聞いたシャロンは、少し俯きながら沈黙を保った。恐らくは肯定的な沈黙であろう。カーティスもそのシャロンの意図を汲んだらしく、改めて、私とファリスに向き直った。


「改めて、ここまでの非礼をお許しください。俺、いや、私は、このシャロンの仲間で、カーティス・レインと言います。この度は、シャロンがお世話になりました。」

「私はファリス・ロチェスター伯爵。まだ父から爵位を譲り受けたばかりの若輩者ですが、どうぞ宜しく。シャロンはもう我々の友人です。あなたが彼女の友人ならば、本日の事は水に流しましょう。」

「も、もったいないお言葉。」


 事の流れを見守っていたファリスがようやく口を開く。別段こちらとしては、非礼をされた覚えも無いのだが、しれっと「水に流す」とか言って寛容さを示しつつ優位に立つ当たり、彼の優しさとしたたかさをよく表していた。


「私は、アルクアード・ブラッドバーン男爵。この館の主だ。」

「どうぞよろしくお願いいたします、男爵。」


 やはりだ、私の目を見ても全く反応はない。むしろ普通の人間と接する時と何ら変わりは無い。

 ヴァンパイアを見たことがない、ヴァンパイアハンターが、ヴァンパイアを目の前にして取るべき反応では到底なかった。


(流石に確認する必要があるな。)


 この反応の動機を把握するまでは、彼を「良い人間」と断定するのは早そうであった。ここを指摘して誤魔化すようであれば、彼は何かを偽っていることになる。


「ところでカーティス。シャロンの仲間、と言うことは、恐らくは君もヴァンパイアハンターなどと名乗っているのだよね?」

「はい、その通りです。」


 うん、あっさり認めたな。では次だ。


「そして、私はヴァンパイアだ。知ってはいるかもしれないが、実際に目にするのは初めてだろう? なんで君はそんなに落ち着いているんだい?」

「あ、そうか。確かにそうですね、こいつはうっかり。」


 カーティスはあっさりそう言って、苦笑を浮かべた。大体、物語の相場では、こういう場面でこういう表情を浮かべ、こんなセリフを発する男は、諸悪の根源である悪役、と決まっている。 

 彼が、「ふふふ、こんなにあっさりと見破られるとはな」とか言うのを少し期待しつつも、私は彼の次の言葉を待った。

 しかしまあ、やはりその期待は、あっさり打ち砕かれたのだが。


「私はヴァンパイアと話すのは初めてではありません。これが三回目になります。そして、ブラッドバーン男爵、あなた様の事は、既にお聞きいたしましたので、概ね存じております。驚かなかったのはそのためです。」

「え、お聞きしたって、誰から。」


 流石のシャロンも、相棒に向かってそう口を開いた。


 完全に油断していた。

 昨日から今まで、本当にいろんな事件があった。

 楽しい出会いもあった。

 色々な話もした。


 しかし、まさか、彼のその次の一言に、最も驚かされることになるとは、夢にも思わなかった。



「貴方様がヴァンパイアにした、フィルモアのレーリア・クローデット子爵様からでございます。」



 ひとまず諸悪の根源の悪役では無かったので、私は彼の事を「良い人間」と断定したのだった。




(つづく)

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