第11話 あの忘れえぬ日々③

 ……あれから。


 あれからと言うのは、倒れているレーリアを発見し、ローガンが医者を連れてくると言って屋敷を飛び出してから、という意味だ。


 私は、レーリアをベッドに運び、横たわらせた。

 医術の心得など全くない私には、ただただレーリアの手を握ることしか出来なかった。


 レーリアの服装は、汚れ一つない綺麗なものだった。

 こまめに洗濯してくれている証拠だろう。それはもちろん私の衣装に至っても、だ。


 しかし、彼女のその衣装の小奇麗さは、今だけは別の意味を持っていた。

 今の彼女には外傷はない、と言うことだ。

 つまりそれは、目の前で苦しそうに浅い呼吸をしている最愛の女性ひとを蝕んでいるのは、病魔か、肉体の異常か、ともあれ、外傷などよりもよっぽどたちの悪い原因であることを表していた。


「レーリア……。」


 思えば、レーリアのおかげで、随分、この屋敷も華やかになった。

 ところどころに花がけられ、倉庫で埃をかぶっていた絵画や美術品は、再び存在意義を見出されたかのように、屋敷の壁を彩っている。


 レーリアが来てから、ローガンがこの屋敷に来る回数も格段に増えた。チェスの勝負ではなくお茶をしに来るなんて、彼女が来る前では考えられなかった行為だ。でも、私にとっては、私とローガン、そしてレーリアの三人での茶会はとてもかけがえのない時間だった。五十年後も百年後もきっと思い出す。

 そんな忘れえぬ日々だった。


「居なくならないでくれ、レーリア。」


 私は、彼女の手を握りながら、そんな願いを口にする以外に、出来ることは何も無かった。


 そして、ローガンが医者とその助手を連れて再び屋敷に戻って来た。

 よほど急いでくれたらしく、ほんの数刻での到着だったが、私にとっては、それは永劫の時間に感じたのは言うまでも無かった。



 ローガンと医者たち三人は、レーリアの診察に当たった。私もその場で何かしたかったが、追い出されてしまった。


 理由は分かる。

 もしも医者が、そのレーリアの倒れた原因を突き止めたとしても、私の前ではそれを口にしづらかろう。領主でもあり雇い主でもあるローガンだけならば、その結果を余すことなく伝えられるというものだ。

 私は、それを悟り、レーリアの部屋を後にした。

 しかし、それは、逆に、レーリアの容体が、予想し得る原因のいくつかが、「最悪の報告」になりうる可能性が高いことも示唆していた。



――数時間後。



 少しでも開放的な場所に居ないと、息が出来なくなりそうだったので、自室ではなく、ロビーのソファーで待っていた私の前に、ローガンが姿を現した。


「ローガン、医者はなんと……。」

「……医者は、まだ、彼女に処置をしている。これで少しは楽になるそうだ。」


 歯切れの悪い物言いだった。普段から歯切れの良い男が、こういう物言いをするときは、大抵、悪い知らせが後に控えているものだと言うことを、私は大昔から良く知っていた。


「ローガン!」


 立ち上がった私の言葉に、ローガンは目を反らしたが、再び顔を上げて私に状況を話し始めた。


「数日……持ってひと月だと。」

「……は?」


 私は、言葉の意味を理解できなかった。いや、受け入れられなかった、と言う方が近いかもしれない。


「な……なにかの間違い……。」

「彼女は病気だった。進行具合からすると、もう数年前からだそうだ。」

「そんなハズはない、だって……。」


 私は口ではそう言った。が、数々のピースが、次々と私の頭の中ではまっていく。

 彼女の母親も若くして病気で亡くなったと言っていた。しかし、それだけならば、何故彼女まで村を追い出される必要があった? 正体不明の病で亡くなったその娘だ。流行り病と思われていても不思議ではない。

 身寄りのない彼女が、わざわざこんな遠くの呪われた島まで来た理由は、死に場所を探して、だった。全ての私財を投げ打って、この島まで、まるで片道切符しか持たないかのように辿り着いたのは、死の決意がそれだけ強いからだ、と思っていた。だから、その死の決意を和らげようと、私は思った。

 でも、違ったのではないか。本当は、死の決意が強いのでは無かったのではないか。本当は、彼女は生きたかった。でも、生を「選べなかった」のではなかったのではないのだろうか。


 私は自分の迂闊うかつさを呪った。何故そんな事にも気づかなかったのだ。もしも気づいていれば、彼女の為にも、彼女の日記をすべてチェックしたはずだ。そうすれば……。


 そこまで思って私は、ハッとした。彼女のあの日記、あの最後のページしか読んでいない日記に、全てが書かれているに違いない。


「待て、アルクアード。」

「ローガン、彼女はこの島に来るまで、日記をつけていた。もしかしたらそれに……。」

「それは……これか?」


 私の前に立ちふさがったローガンは、懐から一冊の本を取り出した。それは、以前彼女の部屋で、出来心で開いてしまったそれであった。


「ローガン……。」

「緊急事態だったからな。すまないが調べさせてもらった。これのおかげで、医者も、病気の特定までたどり着けたようだ。」


 ローガンに手渡され、その本のページを、最初から開いてみる。そこには、母親の病気の進行具合が事細かに記されていた。そして、そこからは先ほど私の頭の中で組みあがったパズルと、ほぼ大差なかった。

 母親の病のせいで村を追い出された事。その少し前に、自分にも、母親と同様に、病の発症の前兆が見られたこと。そして、もう長くないことを悟り、旅に出たこと。


「彼女の病は、引き継ぐ死カゴニーディオだった。そうと分かれば、追い出されることも無かっただろうに。」


 そして、日記を読む私に、友から投げかけられたその言葉は、私を絶望に突き落とした。


 引き継ぐ死カゴニーディオ。それは、大陸でたまに見られる、不治の病の一つだ。その原因は体の中にあり、他人へと媒介することは無いが、どうやら親から子へ引き継がれるらしい。発症すれば、長くても数年、運が悪ければ数か月で死に至る。しかし、親がその病でなくなっても、子が寿命まで発症しないこともあり、まだ謎の多い病気であった。

 このアトエクリフ島で引き継ぐ死カゴニ―ディオが見られないのは、この島の祖先にその家系の人間がいなかったためであろう。


 私は日記を閉じた。もはや、医者の診察も、彼女の病気も、彼女の余命も疑いようもない事実であることは明白だった。


 何も出来なかった。

 ただ、虚空を見つめ立ち尽くしていることしか。



 ――どれくらいの時間が経っただろう。


「私たちに出来ることはせめて、最後に安らかな時間を過ごさせてあげることくらいだ。」


 そう声を掛けられ我に返ると、レーリアの診察を終えた医者とローガンが返り支度をまとめ終わっていた。


「あ……。」


 息を吸うことすら忘れていた。その忘れていた呼吸を取り戻した際に、かすかな声が漏れた。

 自失、と言うのだろう。

 突きつけられた現実と、微笑んだ愛する女性ひとの顔が、何度もぐるぐると回る。

 きっと私は酷い顔をしていることだろう。それは、私を見る、目の前の無二の親友である伯爵の表情から容易に想像できた。こんな顔をする友を私は見たことが無かった。そしてそのローガンの表情のおかげで、少しだけ冷静さを取り戻すことが出来た。


「すまない。アルクアード。」

「……君が謝ることじゃないさ。」


 そう返した私に、ローガンは力なく微笑み、屋敷の外へ向かった。医者とその助手もその後に続くかと思われたが、医者はまだ何か言うことがあるらしく、私の前で立ち止まった。


「男爵様。」

「お医者様、色々とありがとう。」

「いえ。……レーリア様はお目を覚まされております。どうか、おそばで、お力を分けて差し上げて下さい。」




 ゆっくりと廊下を歩く。



 ローガン達が去ったあと、輪をかけたように屋敷は静かだった。

 ずっと一人で生きて来た。たまに、代々のロチェスター伯爵が訪ねてくる以外、私は数百年ずっと一人だ。静寂こそが常であり、静寂こそが友だった。それが当たり前で、それでいいと思っていた。

 しかし……。


「静かだな。」


 静かであることが当たり前の人間が、決して口にしない言葉を口にした。

 寂しい。そんな感情では無かった。

 悲しい。そんな感情でも無かった。

 辛い、悔しい。どれも私の感情には当てはならない。


 私は、恐ろしかった。


 この静寂がではない。

 この静寂はまだ、私の迎え撃つ敵ではない。

 しかし、いずれ、近い未来。

 この静寂が、「レーリアのいなくなった世界の証明」として、私に襲い掛かる。

 その静寂が恐ろしかった。きっと今の想像よりも何倍も。恐ろしいに違いない。


 廊下を歩く足が早まる。

 呼吸が荒くなる。

 私は確認したかった。一刻も早く。


 今の、この静寂が、「レーリアのいる世界」での出来事だと。


 かすかにランプの漏れるその部屋に辿り着き、私は扉を開けた。思えば、彼女の部屋に入るのにノックをしなかったのは、これが初めてだった。


「……レーリア。」


 意識を取り戻したレーリアは、上半身を起こしている状態で座っていた。良かった、そんなに苦しそうでは無さそうだ。


「良いのかい、横になっていなくて。」

「はい。この方が楽なので。」

「……そうか。」


 私は出来る限り優しく微笑み、彼女のベッドに腰かけた。そして、それまで意志を持たないただの物体だった磁石が、意志を持ち互いに吸い寄せられるかのように、どちらからともなく手を重ねた。


「……お医者様はなんと?」


 その重ね合わせられた手を見つめながらレーリアは言った。しかし、私には到底、答えることが出来なかった。こんな時に何を言えばいいのか、そんな答えは私の辞書には無かった。

 黙ってしまった私にレーリアは、優しく微笑み、もう片方の手も合わせ、私の右手を握った。


「母も、同じ病気でした。村では私は死の病を持った『呪われた子』でした。誰も私を引き取ってはくれませんでした。

「……レーリア。」

「村を追い出された私は、どうせ呪われた子ならば、それに相応しい場所に行こう、と、大陸からこの島へ、この呪われた島へ。でも、ここは呪われた島なんかじゃありませんでしたよ。とても素敵な場所でした。」

「ああ。」

「……あなたが居ましたから。」


 レーリアはそう言って、私の頬に手を添えた。

 彼女は笑っていた。心から、嬉しそうに。

 死を覚悟していたレーリアにとって、病は、対峙してきた現実でしかない。そして、そんな彼女にとって、ここでの暮らしは、神の与えてくれた最後のご褒美、と、そう思っていたのかもしれない。

 でなければ、こんな笑顔が出来るはずも無かった。


(しかし、私は……。)


 レーリアの笑顔を見れば見るほど、レーリアの体に、心に触れれば触れるほど、未来に襲い掛かる、静寂という名の化け物におののいていくのが分かった。


「君は、死ぬのが怖くないのかい?」


 こんな言葉しか出てこない、自分の愚かさを呪った。なんだ、この発言は。死ぬのが怖くない人間なんて居るはずがないし、今のレーリアであれば、「覚悟はできてますから」と答えるに決まっているのだ。何百年生きようが、全くと言っていいほど、女心の解読には程遠かった。

 では何故こんなことを聞いたのか。

 これこそレーリアが居なくなることへの恐怖に他ならなかった。

 初めて人を愛して、初めてその人を失う、その恐怖。

 それが、愚かしい質問と言う形で、私の口からこぼれ落ちた。


 自己嫌悪に陥る私をさておいて、レーリアはしばし考え、そして私のくだらない質問にきちんと返してくれた。


「ずっと覚悟をして生きてきました。いつこうなってもおかしくない。だからせめて死ぬときには誰にも迷惑をかけないようにしようと。そしていつ死んでも、大丈夫、と。そう思ってきました。」


 分かっていた。レーリアは死ぬ覚悟をして、この島に来たのだから。死ぬために、ロチェストの花畑を探していたのだから。

 やはり下らない質問をしてしまった。私がそう思ったとき、レーリアの握っていたもう片方の手に、力がこもった。


「……でも、不思議なんです。物心ついてからずっと覚悟をしてきたのに、だから大丈夫だったのに。そう、最後はこの森の、噂のお花畑で死のうと、きっと幸せな最期を迎えられると、あの時は足取りだって軽かったのに……。最近おかしいんです。私、どうしちゃったのかな。」


 レーリアの声は、いや、声だけではない。握っていた手も震え始めた。そして、その美しくまばゆいばかりの笑顔のまま、彼女の目からは大粒の涙がこぼれ始めていた。


「もういい、レーリア。」

「こんな気持ち初めてなんです。こんな事、こんな事言うの、思うの、初めて、初めてなんです。私……私……。」


 私はレーリアを抱きしめていた。

 そして心から後悔した。

 私は、先ほどの自分の質問を下らないと断定したが、そうでは無かったようだ。私は訂正した。

 あの質問は、残酷なものだったのだ、と。


 レーリアが、死の覚悟を容易に受け入れられたのは何故だ。

 死ぬためだけにこんな遠いところまで来られてしまったのは何故だ。


 ……それは、彼女の人生に、なにも無かったからだ。


 最愛の母は死に、村の人は冷たかった。

 嬉しいことも、楽しいことも無かった。

 やりたいことも、夢も、目標も無かった。


 そして突きつけられた、近い未来の、自分の死。

 それは、最後の最後に彼女が持てた、唯一の目標だった。


 だから、受け入れられた。


 だから、ここまで旅がしてこられた。


 ……でも、もし、

 嬉しいこと、

 楽しいこと、

 やりたいこと、

 夢や希望を、


 知ってしまったら?


 その喜びや、夢や希望は、

 絶望しか生み出さないのではないか。


 私に抱きしめられたレーリアは、袖を弱々しく握り、そして言った。


「私……生きたい。」


 私の前で初めて声を上げて泣く彼女を、私はただただ抱きしめることしか出来なかった。彼女の強さは、死の覚悟と諦めが作り出したメッキだ。そのメッキは剥がれた。剥がしてしまったのは私だ。こんな時、何をしてやればいいのか、どんな言葉をかけてやればいいのか、私にはその選択肢すら浮かぶことは無かった。


 しばし、私に身を預けていたレーリアは、呼吸を整えて、ゆっくりと私から離れた。


「少しわがままを言ったら少し楽になりました。ごめんなさい、アルクアード。」

「……ああ。」


 嘘をついた。そう思った。

 こんなことで楽になどなろうはずがない。

 彼女は未来に、叶わぬ夢や希望を抱き、それを未練として散っていく。それは変えられないのだ。



本来ならば。



 私も先ほど嘘をついた。

 選択肢は浮かばなかった、と言ったが、取れる行動が一つだけあった。


 たった一つだけ。


 しかし、それは、二度と犯さないと決心した罪だった。

 私の家名、ブラッドバーンに誓った。

 ……それを、あの罪をもう一度犯す。

 その考えが及ぶたびに、一人の男の顔が、初代ロチェスター伯爵の顔が浮かび、それを脳裏から必死に振り払おうとしていた。


 しかし。

 目の前の少女は、満面の笑みで微笑んでいた。

 この世の全ての幸せを享受したような、例えるならば、慈愛の女神、とでも言うような微笑みだった。

 こんな悲しい笑顔を私は見たことが無かった。

 そしてその頬に光る拭い切れない涙の跡が、私の躊躇ちゅうちょと恐怖を引き裂いた。



 決心した私は、窓際に歩き、レーリアに背を向けた。

 そして、急に歩き出した私に、レーリアは怪訝そうな目を向けた。


「アルクアード?」

「レーリア、勝負をしようか。」

「え?」

「君が勝ったら何でも一つ願いを叶えよう。」

「最近ルールを覚えたばかりなのに、あなたに勝てるとは思わないわ。」


 正直、勝負の内容など何でもよかった。しかし、この流れでは、確かにチェスの事だと思われても致し方なかった。「勝負=チェス」と言う式が当然のように成立してしまうほど、レーリアがこの島で、この館で過ごした日々は濃密だったのだから。


(しかしまあ、それならそれでいい。)


「さあ、どうする?」

「……わかったわ」


 強引に押し切る私に、レーリアは、何か思うところがあったのか、ゆっくりと頷き、勝負を了承した。


「よし、これで勝負は成立だ。私が先行で構わないな。」

「その前にチェス盤を。」

「投了する。」

「え?」

「降参、と言ったんだ。これでレーリア、君の勝ちだ。」


 先ほども言ったが、勝負の内容などどうでも良いのだ。私に今必要なのは、彼女が心から願うその内容と、その彼女の願いを聞くという大義名分だ。


 この私の仕掛けた茶番に、レーリアは思わず吹き出していた。その笑顔を見て、私も思わず微笑んでいた。先ほどの悲しい満面の笑みではなく、ささやかではあるが嘘のない幸せがそこにはあったからだ。


「男は、愛した女には降参するように出来ているんだよ。知らなかったのかい?」

「ええ、知らなかったわ。だって女は愛した男には絶対に降参しないもの。」

「それは含蓄のある言葉だ。」


 さて、これで準備は整った。後は、レーリアの心からの願いを聞き出すだけだ。


「……もし、仮に。」

「はい?」


 ふうっと一息入れ、改まって言う私を、レーリアは注視した。


「もし仮に、神や悪魔なぞと言うものがいたとして、何でも、どんなことでも、君の願いを叶えてくれるとしたら。君は何を願う?」

「アルクアード……。」

「なに、どうせ叶わない事でも、絶対に無理だと諦めていることでも、口にだけならタダだ。言ってみてくれないか。」


 私は彼女から言葉を引き出そうとしたが、レーリアはあっさりとかぶりを振った。どうもこういうのは下手くそらしい。


「嫌です、言えません。」

「何故だい。」

「願えば……想像してしまいます。望んでしまいます。そうすれば辛くなりますから。それに、叶わない願いをあなたにお願いするのは申し訳ないです。」


 そう、彼女はこういう女性ひとだった。そして、だからこそ私は突破口を閃いた。


「では、君は、私の叶えやすさを優先して、私に、君の本当の願いではないものを叶えさせるつもりかい?」

「……。」

「例え無理だったとしても、君の本当の願いの為に、私は力を尽くしたい。例え残酷だったとしても、君の本当の心の叫びを聞きたい。」

「……。」

「女は、愛した男には、降参しないものなのだろう?」


 畳みかける私に、レーリアはずっと無言だった。しかし、ずっと窓辺に立ち振り向いた私の瞳を見ていた。その大きく開かれた彼女の瞳は、驚いたようなものを見るような目でもあり、愛にあふれた優しい瞳でもあった。

 そして、その瞳が、辛く悲しく歪んだ。きっと、叶わぬ幸せな未来を想像したのだろう。やがて、その瞳が揺らめき、大粒の涙が、既に乾いた、彼女の頬に出来たわだちを再び伝うやいなや、レーリアは、力を振り絞って立ち上がり、私の胸に飛び込んできた。


「私は……私は……生きたい。生きたいです。もっともっと生きたいです。あなたと一緒に。」


 これで良い。

 朴念仁ぼくねんじんの私の事だ。勝手に願いを叶えてしまい、それが誤解だった、なんてことも十分にあり得る。

 しかし、レーリアのこの言葉に嘘はない。

 彼女の本当の心の願いを聞いた。

 彼女の本当の心の叫びを聞いた。


 この島に死にに来た彼女が、今生きたいと願っている。


 だから、私はそれを叶えればいい。

 なに、これは勝負の賭けだ。

 負けた私は、叶えるより他に無いのだ。


 ただ……これだけは伝えておかなくてはいけなかった。



「レーリア、君の願いを叶えよう。しかし、叶う願いは一つだ。二つは叶わない……。」




******



 私は昔話を終え、息をするのも忘れて聞き入っていた、ファリスとシャロンの二人に、最後の結末を発した。



「こうして、私は、彼女を、レーリア・クローデットをヴァンパイアした。」




(つづく)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る