第6話 シャロンとカーティスの単独行動
大陸の南に位置するアトエクリフ島。そこは、大陸の人間からは「呪われた島」と呼ばれていた。花粉を大量に吸いこむと幻覚に
死ぬこともない、傷つくことも無い、永遠に存在し続ける。
伝説上の生き物、ヴァンパイア。
その伝説の発祥の地が、このアトエクリフ島なのであった。
ゆえに、大陸の人間は、さまざまな噂を立て、滅多なことではわざわざこの島に訪れようとする者はいなかった。
しかし、ここ最近大陸で頻発していた、ヴァンパイアによる殺人事件。それを追って、四人の「ヴァンパイアハンター」を名乗る人間が大陸から、このアトエクリフ島に渡って来ていた。
そのうちの一人、若い男性のハンター、カーティス・レインは、島の二つの領地のうちの一つ、ロチェスターにある酒場兼宿屋、マクブライト亭の一室にて、昨晩に、もう一つの領地、フィルモアで起こった出来事を思い出していた。
昨晩、彼は、一人のヴァンパイアと出会った。ヴァンパイアの被害にあった遺体を見つけた直後の事だった。突然音も無く現れたその美しい怪物は、彼にこう言い放った。
「私はこの領地フィルモアのヴァンパイア、レーリア・クローデット。警告するわ、これ以上領地を荒らせば、容赦はしないわ。ヴァンパイアは人を殺さないけど、例外もある事を知る事になるでしょう。良い? 次にこの地で会ったらあなたのきれいなお顔が恐怖に歪むわよ。そして、あなたが大陸で私の事を誰かに話せば、それはあなたの死と同義となるわ。ゆめゆめ忘れないことね。あなたの良識に期待するわ。」
(ヴァンパイアは人を殺さない……だって?)
では自分は何のためにここにいるのか。何をするためにここまで旅をして来たのか。
ヴァンパイアを倒すために、ヴァンパイアに復讐するために何年も旅をしてここまで来たのだ。昨晩の彼女の言葉が真実なら、自分の意義は水泡に帰す。
カーティスは自分の存在意義が少しだけ揺らぐのを感じた。ほんの少し。
あの女ヴァンパイアの言葉が信用に値する根拠など何一つない。そもそも、ヴァンパイアだって、人間だって、刃物で刺したり、銃で撃てば相手は死ぬ。「ヴァンパイアは人を殺さない」と言われても、それはあくまでも人と同様、良識の範疇の話だ。人間だって、「基本的には」人は殺さないのだから。そう、あくまでも個体差の話だ。
考えれば考えるほど、頭の中で、仮定と理由と言い訳がぐるぐる回る。
しかし、ここに来るまで、カーティスは、そんな考えは持ちもしなかった。
きっと、この島で、何かが分かるはずだ。俺たちの知らなかった何かが。
(確かめなくては。)
カーティスは、湧きだした疑問と仮定を、何度も何周も頭に巡らせた後、決意し立ち上がった。
彼が向かうべきところ、向かうことが出来る手がかりは一つだけだった。
支度を整え、ゆっくり階段を降りる。下ではリーダーのウォーレン・コールに加え、アリス・ホーリーランドとシャロン・ハートフィールドが話をしている、はずだった。
「……あれ?」
先程まで、自分たちが集まっていたテーブルに目をやると、そこには誰もいなかった。流石に無銭飲食で全員が逃げた、なんてことは無いだろうが、急に姿をくらまされるとさすがに不安になる。
途方に暮れ、テーブルの前に立ち尽くすカーティスに、声がかけられた。
「マックス おう、兄ちゃん、起きたか? ったく、若えのにあれくらいで酔っ払うとは、情けねえなあ。」
多少聞き覚えのある声に振り返るカーティス。
「別に酔ったわけじゃないが、なあ、店主。」
「マックスだ。」
「マックス、俺の仲間たちは?」
雰囲気的には、無銭飲食を咎められるような気配も無かったので、カーティスは、声を掛けて来た店主に仲間の所在を確認してみた。
「おっさんと姐さんは、街を見てくるとか言って出て行ったな。かわいい姉ちゃんのほうは、アルクアード様の後をつけていったよ。」
「アルクアード?」
カーティスは、マックスの口から出て来た聞き覚えの無い名前に、思わず聞き返した。しかし、そんな何の気ないカーティスのおうむ返しに、マックスのとった反応は、彼が予想だにしないほど警戒したものだった。
「……あんた、他所もんだな?」
急に声を低くし、目を細くして、品定めをするようにカーティスを見るマックス。流石にその変わりように、カーティスは驚かざるを得なかった。
(なんだ、アルクアードって。そんなに当たり前に知っていなくてはいけない名なのか?)
カーティスはそう思ったが、目下、目の前の店主の警戒を解くことが最優先課題だった。
「ああ、そうだよ。ってか上の宿を取ってんだ。大方他所もんだろうが。それに、別段怪しいもんじゃない。そんな声を出さないでくれよ、マックス。」
人懐っこい口調で、何事も無かったように話すカーティス。甘いマスクでハッタリをかまして、相手と仲良くなり、女性の下着から銃弾まで、何でも集めて見せる彼にとって、こんな懐柔はお手の物だった。
そしてカーティスの柔らかい雰囲気に流され、マックスもあっさりと陥落した
「ま、それもそうか。悪かった、変に疑ったりして。」
「いや、なに、気にしないでくれ。俺たちが余所者ってのは本当だしな。んで、アルクアード様ってのは? さっきのマックスの反応からすると、ここの島の人たちはみんな知ってそうな感じだったし、今後の面倒を避けるためにも教えておいて貰いたいんだが。」
「確かに、そりゃそうだな。」
カーティスの、立て板に水を流すがごとき言葉に、マックスはまたもあっさりと教えてくれた。
「アルクアード様はここの男爵様さ。」
「え!?」
今度は別の意味で驚くカーティス。先ほどマックスは、「シャロンはアルクアード様の後をつけて行った」と話した。彼女がついていった理由は分からないが、もしもそれが本当だとすると、あのバカ娘の事だ。最悪、貴族の屋敷に侵入したりする可能性まである。貴族にもよるが、大陸の貴族の屋敷に、一般平民が侵入したりしたら、九割がた死罪だろう。
「なんだって? あのバカ。……なあ、その男爵様に、失礼があったりしたら、大丈夫かな。」
「あ? ああ、ははは。大丈夫大丈夫。男爵はとても気さくで紳士だからな、嬢ちゃんの心配は必要ないだろうさ。」
恐る恐る聞いたカーティスに、笑いながらそう返すマックス。
彼の表情を見るに、どうやら本当に心配は無さそうな感じだ。そのアルクアード様ってのはそんなに人格者なのか。
カーティスは少し安心した。大陸でも、貴族なんて人種は数えるほどしか見たことはないが、どいつもこいつも、人格者などとは程遠い、黒い噂しか聞かなかった。一酒場の店主をしてそう言わしめるのなら、きっと問題ないのだろう。
「そうか、良かった。アルクアード様ってのは素晴らしい人格者なのだね。」
「ああ、本当に、ヴァンパイアってのはみんなあんなに出来た人なのかねえ?」
「むほへへ?!」
人間、衝撃的な出来事に唐突に遭遇すると、良く分からない言葉が口から飛び出すものである。この瞬間のカーティスもまさにそれであった。自分が追いかけていた、化け物の名が、目の前の何の変哲もない酒場の主人の口から飛び出したのだ。彼の口からは、脊髄反射で聞いたことも無いような擬音が飛び出していた。
「おおい、何か聞いたことも無いような擬音が飛び出したが大丈夫か?」
非常に的確な突っ込みがカーティスに投げかけられる。しかし、そんなマックスの的確さに感心出来るような余裕はカーティスには無かった。
「おい、マックス、今なんて言った!?」
「おいおい、どうした。人を殺めないヴァンパイア様の方が人間よりよっぽど紳士的だなって話だろ。」
「ふっひょい!?」
次から次へと、目の前の一酒場の店主から新事実が飛び出してくる。一体なんだってんだ、この島は。そして一体どうなってしまったんだ、俺の口は。
ひとたび心の中で、自分にツッコミを入れたカーティスだったが、そんなことはこの際どうでもいい。彼が自分の口をどうにかしてしまった要因は、この目の前の主人の言った言葉と、先日遭遇したあの女ヴァンパイアの言った言葉が一致していたことが原因だった。
人を殺めないヴァンパイア様。
彼は確かにそう言った。
そして……。
(あの時も聞いた……確か、レーリア……とか。)
やはり、確かめる方法は一つしかないようだ。
カーティスは先ほどの決意を、確信に変えマックスに尋ねた。
「あ、ああ……その話は知ってるよ。なあ、マックス、なんでヴァンパイアは人を殺めないか、その理由って知ってるかい?」
「あ? ……いや、男爵は教えてくれなかったなあ。『ヴァンパイアはいろいろ複雑なんだよ』とか言ってな。」
嘘をついている。
あるいは何かをごまかした。
目の前のマックスの視線の動きと瞬きで、カーティスは瞬時にそれを察した。
長い事、仕事として情報を集めながら旅をして来たカーティスにとって、他人の言葉の真意を推し量るのは得意だった。目の前のマックスは、ヴァンパイアの話が「人を殺さない理由」になった瞬間に本当に微妙に目線が泳ぎ、声色が変化した。そしてカーティスはそのごくわずかな変化を見逃さなかった。
とはいえ、それを問いただしても、きっと答えてはもらえないだろう。彼の嘘を指摘しても、余計に怪しまれるだけだった。
「……そうか。なあ、じゃあ、『レーリア』って名前、知ってるか?」
「知ってるも何も、お隣のフィルモアのヴァンパイアさ。レーリア様もとってもお優しい淑女だよ。」
「そうか……。そのレーリア……様のお住まいって知ってるか?」
「ははは、レーリア様はフィルモアの子爵様だからな、お屋敷はすぐに見つかるさ。」
「ふぃちゃ!?」
人間、衝撃的な出来事に唐突に遭遇すると、良く分からない言葉が口から飛び出すものである。
この短時間で三回も、その不思議な言葉を口から発したカーティスにとって、この主人との会話は、生涯忘れられない思い出になること請け合いであったが、当然、そんな感想を漏らす余裕は、今の彼には引き続き無かった。
「子爵……だって!? あ、いや、マックス、色々教えてくれてありがとう。」
「なに、良いって事よ。」
情報収集は、引き際が肝心である。ただでさえ不思議な擬音を発して何度も驚愕してしまったのだ。これ以上の深追いはかえって疑われかねない。それに、情報というものの核心部分は、いつも虎穴にこそ存在するものである。
カーティスはそう結論付け、マックスとの会話を打ち切った。有用な情報提供者に礼を言い、早速宿の出口に向かったところで、彼が手を触れるより早く、その扉が開け放たれた。
「おお、カーティス、起きてたか。」
「調子はどう? あれ、シャロンはどうしたの?」
仲間の二人、ウォーレンとアリスが戻って来た。この様子だと、大した収穫は得られなかったようだ。ウォーレンは、席に座るよりも早く、マックスに酒を注文しに行った。
「ああ、お帰り。アリス、二人が帰って来て直ぐで悪いが、ちょっと出てくる。」
「今から? どこに行くの?」
怪訝そうに聞くアリスに、カーティスは彼女だけに聞こえるように耳打ちした。
「ヴァンパイアの情報を掴んだ。どうやらシャロンもそうらしい。」
「なんですって?!」
予想通り。アリスは驚きながらも、カーティスの声色に合わせて、小声を保ってくれた。ここでウォーレンにも聞こえるように話しては、大雑把なリーダーの事だ。この酒場に響き渡る大声で驚くに違いない。これ以上周りの客や、店主におかしな目で見られるのは避けたかった。
「私たちも行きましょうか?」
「いや、一人の方が怪しまれない。大丈夫だ。何かあったらすぐ戻ってくる。」
「……そう。わかったわ、気を付けてね。」
「ああ。」
少し思案した後、承諾するアリス。正直、彼女はかなり頭が切れる。もしもここでウォーレンが話に参加していたら、「絶対についていく」といって聞かなかっただろう。彼女のこの結論は、カーティスが彼女にだけに話をしたというこの状況も考慮しての判断であることは容易に推し量れた。
「……カーティス、良い。間違っても倒そう思わないで、まずは情報を、ヴァンパイアの正確な情報を把握しなさい。良いわね。」
「ああ、わかった。」
カーティスは、アリスの指示に頷き、どこへ行くんだ、と言う、酒を手に戻って来たウォーレンの言葉を背に外へ飛び出した。ウォーレンへの説明はアリスがうまい事やってくれるはずだ。
(まずは……足、だな。)
先日、隣のフィルモアで、ヴァンパイアの殺人事件は起きたが、それに目を
(呪われた島が、こんなに治安の良い場所だなんてな。)
カーティスは、大陸との違いに軽いショックを受けたが、今はそんな事を考えている場合ではない。行き交う人々の灯りを頼りに、素早く街道の入口まで移動した。そして、そこに止まっていた一台の馬車に当たりをつけた。
「すまない。どうしても急ぎなんだ。フィルモアまで乗せて行ってくれないか!?」
******
夢を見た。
彼女がまだ、幸せな、漁師の娘だった頃の夢だ。
彼女が旅に出てからというもの、ただただがむしゃらに仇であるヴァンパイアの足取りを追って来た。それが彼女、シャロン・ハートフィールドにとって唯一の存在意義だった。
しかし、その存在意義にすがればすがるほど、悲しいかな、だんだん優しかった父親、母親の事を思い出す事がなくなっていった。
こうしていつかはお母さん、お父さんのことも忘れてしまうのかしら。
彼女がそんな罪悪感に囚われた夜には、必ずと言っていいほど、あの夢を見るのだった。
無残にも殺された、父親と母親の亡骸を目の前にした、あの悪夢の夜を。
トラウマや恐怖によるものではない。そんなものに苛まれていてはヴァンパイアハンターなど務まらない。どうしてもっとあの時、犯人の顔をしっかりと見ておかなかったのだろう。犯人の特徴を捉えておかなかったのだろう。そんな後悔と自責の念。それが彼女の夢の正体だった。
そして、今日も、父と母の亡骸を目撃した自分の傍を、
(……ここは?)
シャロンはうっすらと目を空けた。自分がベッドらしきものに横たわっているのは分かった。今までさんざん、板張りの床や椅子の上で眠って来たのだ。今、自分の背中に触れている布の感触でそれは瞬時に判断できた。
しかも、そのベッドも安宿に置いてあるような、ベッドとはおよそ呼べないようなただの狭い四角い箱に布が張ってあるような代物ではない。いつまでも沈んでいたい、どこまでも沈んでいきたい、そう思わせるような、優しく、温かい感触に包まれていた。
(えっと……ここはどこで、私はなんで眠って……。)
ベッドに上半身を起こしぼんやりする頭を整理する。部屋の内装を見渡すが、それは知らない景色だった。正確には、見たことも無いような立派なお部屋、あえて形容するならば、貴族や王様のお城のどこかのお部屋の一室。そんな感じであった。もちろん、彼女自身、そんなものは見たことも無かったが。
もしかしたら、今までのは全部夢で、私はどこかの知らない国のお姫様だったりして。
そんな、幼少期の少女のような妄想に取りつかれそうになったが、今まさに自分が着ている、美しいドレス……ではなく、動きやすさ優先の、カーキ色一色の雑なシャツと短いパンツが、自分がこの素敵な空間の異物である事実を強調していた。
「あ、あれ?」
良く見ると自分の手足のいたるところに包帯や湿布のようなものが貼ってある。どうやら傷の手当てが施されている様だった。
(怪我? なんでこんなあちこちに。まるで、高い所から茂みにでも落ちたような……。)
そこでシャロンは全てを思い出した。
ここは呪われた島アトエクリフ。そのロチェスター領の酒場で偶然見つけたヴァンパイアの男。そいつを追いかけて森に入って、最後に足を滑らせて、森の斜面を転がり落ちて気を失ったらしかった。
ひとまず、ベッドから起き、怪我など自分の状況を確認しなくては。
シャロンはそう思い、ベッドに腰かける体勢になろうと、お尻を支点にして、体を90度回転させた。しかし、それでも、彼女のつま先は、ベッドの端にすら届くことは無かった。それくらい、このザ・
(ベッドから降りる。そんな何の変哲もない日常的な動作でさえ、人生初の感覚が味わえるなんて、世の中にはまだまだ不思議がいっぱいね。)
そんな
ひとまず、ゴロゴロとベッドの端まで転がり、今度こそ床に足を下ろす。そこは、まるで宙に浮いているかと錯覚させるような柔らかい絨毯の上だった。
断言できる。シャロンがこの直近の一例を除いて、今まで経験してきたあらゆるベッド、あらゆる布団よりも、この絨毯の方が何百倍も上質であった。この床が今後のお前の寝床だ、と言われれば、寧ろ喜んでしまいかねない。
(いや、私は床で寝る事を喜んだりしない!)
自分の過程の想像に勝手に屈辱感を感じて、勝手に否定してしまったが、それにしても触り心地が良さそうな絨毯である。
触ってみたい。
触ってみたい。
いやむしろ、寝転んでみたい。
今自分の置かれている不可解な状況は、なかなか大変なはずであるが、シャロンは目の前のふわふわな幸せの欲望に抗う事など出来なかった。
しばし、ザ・
彼女は幸せと屈辱と自己嫌悪にまみれた表情でベッドに腰かけていた。
しかし、やってしまったことは仕方がない。後悔もしていない。
これから建設的なアイデアを模索すればよいのだ。
(さて、まずは、ここがどこで誰の家なのか、よね。)
散々、絨毯と戯れてしまった後でしまらないが、それなりに満足した彼女は比較的クリアに物事を考えられるようになっていた。
家、という形容をしてみたが、恐らく、ここは家、などではないだろう。
屋敷、下手すれば、城、である。
恐らくそんな立派なところであれば、誰にも気づかれずに脱出は難しいだろう。しかし、この部屋しかり、手当てしかり、自分に対して悪意を持っている人間の仕業では無さそうである。であれば、下手に動かずに、誰かが来るのを待つより仕方がなかった。
(でも、となると、ここは、たまたま助けてくれた、偶然通りかかった誰かの家か、それとも……。)
そう思い窓の外に目をやる。
そして、薄っすらとした記憶を辿る。
大変な事に気づいてしまった。
外が明るいのだ。
いや、明るくはない。主観的に見ればむしろ暗い。
そうではなく、彼女が記憶を失ったあの時間よりも明るい、暗さであったのだ。
「これ、まさか、半日以上眠っていたとか……?」
流石に呆然とする。
長旅で疲れていたのもある。
ベッドが物凄い気持ちよかったのもあった。
しかし、気を失って、半日以上眠りこけてしまうなんて、殺人鬼を追いかけているハンターとしては失格である。
シャロンが流石に呆然としていると、背後で扉が開く音がした。
ガチャ。
「やあ、目が覚めたかい?」
シャロンは即座に、二つの可能性を脳裏に思い浮かべた。それは、極めて現実離れした前者と、きわめて現実的かつピンチな状況が決定する後者の二つだ。
そして正にその瞬間に、部屋の扉が開け放たれ、この状況が後者であることが確定したのだった。そこには、見知った赤い光があった。
「ヴァンパイア……。」
にこやかに笑ってはいるが、その二つの赤い光は、正に先刻、自分の追いかけていたヴァンパイアの男の瞳のそれであった。どうやらこの場所は、このヴァンパイアの根城であり、恐らくここで、このヴァンパイアと対峙しなくてはならない。シャロンはそう決意した。
「なるほど、ここはあんたの隠れ家ってわけね。」
そして、ここからこの先、この瞬間から、自分の運命が、並々ならぬ方向へ転がっていくことを、シャロン・ハートフィールドは知る由も無かった。
(つづく)
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