第11話 立ち返り
信心深い性格なのは自他ともに認めるところだ。神事、祭事はよほどの事情がない限り参加するようにしていたし、仏壇に線香をあげるのは毎朝の日課。墓の掃除を定期的にこなしているうちに近所のお寺の住職とは世間話をする仲になった。
そんな俺なので、「初詣行くでしょ?」と確認されたら「そりゃ行くよ」としか言えない。たとえそれが受験期真っただ中に位置する高三の冬であろうとも。
普段なら絶対に利用しない時間帯の電車で街に向かう。年末だけあってあちこちごった返しており、改札を出ることすら一苦労。しかし幸運なことに、どれだけ混雑していようがあふれかえっていようが、俺の待ち合わせ相手は一瞬で見つかるのだ。
「よっ!」
「こりゃまた一段と……」
晴れ着を着こなし、普段とは違う濃い目のメイクをばっちりきめた叶歌と駅前で落ち合う。ヘアアレンジにも相当手間がかかっていそうだ。似合う似合わないで話をする次元にはいないので本日の完成度については一度スルーするが、やはりというか、いつも以上に周囲の視線を独り占めしている。叶歌の近くを通る誰もが歩みを緩めるせいで、群衆の流れが不自然だ。美貌もここまでくるとファンタジーの域に片足を突っ込んでいる。
「レンタル?」
「そ! ひなとも袴着てくればよかったのに」
「長距離移動さえなければな」
家に何着か用意はあるけれど、身内の集まり以外で使ったためしがない。そこそこ歩かなきゃいけないことも考えると、どうしても不適当という結論に達する。
「じゃあ行こっか。めっちゃ混んでるし早めに神社着いてた方がいいよね」
「おーけー。足元気ぃつけな」
「じゃん。ブーツ」
「厚底履いたら草履より危なくない?」
「こっちの方がかわいいし」
「それならしゃあんめえ」
「しゃあ?」
「仕方ないなって」
年末年始は老人と話す機会が多すぎて方言が移る。同じ言語圏に属しているというだけで人間は安心感を覚えるものなので、楽々懐に潜り込むべく真似しているとすぐこれだ。俺の不器用さはこういうところに集約される。
ずらっと並ぶ出店に沿って、駅前の大通りを行く。しばらくすると一際人の流れが活発な場所にぶつかって、どうやらこのまま流されていけば神社の拝殿にたどりつけそうだという雰囲気になった。
長蛇の列がまさしく蛇のようにじりじり動く。途中、にわかに全体が騒がしくなって、よくよく確かめてみると年が明けていた。
「あけおめ」
「良い一年を」
拳どうしをこつんとぶつける。仄明るい行燈が叶歌の横顔を艶やかに照らして、その幻想的な美しさにため息をついた。どうやら、年初めから今年分の幸運を使い果たしてしまったらしい。それも悪くないやと思えるんだからお笑いだ。
そうこうしているうちに、俺たちの番が回ってきた。賽銭を投げ入れて鐘を鳴らし、二礼二拍手一礼――と、ここで気が付く。俺としたことが、肝心のお願いごとを考えていない。
「――それで、ひなとはやっぱり合格祈願?」
「そんなとこ」
冷えた体を神社で配られていた甘酒で温めながら、さらっと嘘をついた。――空っぽの状態から最初に出てきたお願いが、『叶歌と永く友人でいられますように』だなんて、まともに伝えられる気がしなかったから。
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