第5話 乙幡叶歌 浮足立って①
「――そこで面接官の先生がしみじみ言うわけ。『確かに……』って」
「一個のエピソード無限回擦りまくる癖なんとかならんの?」
おかしい。あまりにもおかしい。
ちなみに今していたのは、高校受験の面接で長所について聞かれた私が『顔です』って即答したシーンの話。ちなみに実話。しかも受かった。テストの点数より、中学三年間かけて積み重ねた内申点より、顔。
絶対ウケる私の鉄板ネタで、隙さえあればねじ込むことにしてるやつ。でも、どんな友達も短い付き合いだったからこの話はできて一回、良くて二回くらいの切り札。――それを、無限って言われるくらい繰り返せたのはなんで?
「いつまで味がするのか試したいじゃん」
「ならとっくに無味無臭だぞ。お前がその話始めた瞬間だけ脳の機能鈍るもん」
「うっそだあ」
「これ以上はただの滑り芸だと思って覚悟しろよ。俺も容赦せん」
高二の夏を越えて、秋を越えて、冬を越えて、高三の春と夏も越えて、秋になった。それだけ時間が経ったのに、彼は彼のままだった。相変わらず二人のときは左を歩いて、相変わらず私に恋愛感情を向ける気配はなかった。おかしいよねえ。こんなにかわいいのに。
「ひなとひなと」
「はいは一回。雛人も一回」
「世界で一番美しいのはだぁれ?」
「叶歌だって言ってんだろ。これもいよいよ味しなくなってきたぞ」
「毎日若い子は増えてるんだからこまめに確認しなきゃでしょうが」
「赤ん坊を若い子呼ばわりするやつ初めて見た」
ぶれない。本当に、ぶれない。どこが限界か見極めるために何度も何度も試すように重みをかけて、それでもずっと安定したままだった。でもなー。体重りんご三個ぶんだからなー。まぐれかもしれないなー……なんて誤魔化すのもとっくに限界で、ひなとはきっと、なにをしたってひなとのままなんだと思う。それがすごくうれしくて、ついつい体重を預けたくなる。応えてもらえるって知ってるからかな。
だけど、ひなとがずっと変わらないのは私にとっていいことばかりでもなかった。ひなとは、私にこだわらない。だから特にこれといった相談もなく東京の大学を第一志望にして、問題なく合格した。もちろん、今の家から通えるような距離じゃないから引っ越しが必要。それはつまり、気の向いたときにふらっと会えなくなるってこと。
一緒に行った初詣。合格をお祈りしているひなとの隣で、私は『ひなとのお願いが叶いませんように』って一生懸命祈ってた。私を特別かわいくデザインした神様のことだから、耳を貸してくれるんじゃないかと思ったんだ。――でも、そうはいかなかった。ようやく見つけた探し物は、二年もしないうちに遠くに行ってしまうことになった。
「今から合格祝いしよーぜ!」
三月の真ん中。ひなとが新生活に向けて着々と準備を進めているところに電話をかける。卒業式からずっと暇だったから呼ぼうと思えばいつでも呼べたし、呼んだらくるのが境雛人という男。でも、イマイチ気分が乗らなかった。――だってさー、こっちはずっと予定ない予定ないって言ってるんだから、向こうからなんか誘うべきじゃない? やることたくさんあって忙しいのは知ってるけどお世話になった人への感謝を忘れるのはよくないわけで、ひなとが高校でお世話になった人といえば私しかいないじゃん。……そうやってスマホとにらめっこしているうちにカレンダーがどんどん捲れていって、背に腹は代えられないから私が折れてあげた。こっちはいつでも動けるように親からの旅行の誘いだって蹴ってるんだから、ぼーっとしていられる時間なんてない。たまたま両親が旅行に出発した日にひなとを呼ぶことになったわけだけど、それは本当に偶然。突然私の気分が変わっただけ。
シャワーを浴びて、顔を作る。いつだかメイクの話になったとき、「エベレストの頂上に盛り土して標高をかさましするのと同じ」とひなとに言われたのを思い出す。あとは、「肉食動物は筋トレしない」とか。そこで『化粧なんかしなくてもかわいいよ』と素直に言えないのがひなとだ。そして、今のかわいさに満足しないのが私だ。
服選びにはちょっとだけ時間がかかった。どれも好きで買ったもののはずが、イマイチしっくりこなかったから。そこでどうせならと考えて、行きつけの美容室に電話をかけた。いっそ、服装に合わせて髪型の方をいじってしまえばいい。予約はいっぱいらしいけど、今度カットモデルをするという条件付きで時間を作ってもらえた。かわいく生まれるとこういうときにお得。
「この後予定あるからとびっきりかわいい感じで!」
「デート?」
「ううん、いつもの友達」
「あーーーーー…………」
女性のスタイリストさんに注文して、半分お任せで髪の毛を整えてもらう。その間「ひなとが全然遊びに誘ってくれなくてー」とか「勝手に進路決めちゃってー」とか思い浮かぶ限りの愚痴を吐き出したり、「うるっときてる私見て笑うんですよー」と卒業式に撮ったツーショットを見せたりした。スタイリストさんはそのたび「あー……」「あーー…………」って何度も唸って、「とびっきりかわいい感じ……」と確認するように呟いた。「……了解です」了解するには、注文からずいぶん時間が経っている気がした。
仕上がったのは、ひなとに連絡してからちょうど二時間後。プロの仕事だけあって、かなり満足いく出来栄え。少なくとも朝の時点からかわいさの最高値が更新されたのは間違いなし。お礼を言って店を出て、そのまま駅に足を向けた。集合場所も集合時間も決めてないけど、ひなとのことだからたぶん三時間もすればこっちに来る。だったら、後は場所さえ作れば大丈夫。
駅の構内に入って、改札近くに手近な柱を発見。ここでいいやと決め打ちし、寄りかかる。そうすると五分も経たないうちに私を遠巻きから眺める人が現れ始めて、最終的には人だかりができあがった。これで待ち合わせ場所は完成。あとはかわいさのおすそ分けでニコニコ笑ってみんなに幸せをお届けすればオッケー。ただ、平等に分け与えられなきゃいけない幸せ成分を独占したがる人は絶対に出てくる。そうやって声をかけてくる人たちは、改札の方を指さしながら一言「あっちに彼氏いるの」で撃退。『私の』なんて一言も言っていないので嘘じゃない。誰かの彼氏が一人くらいいてもおかしくないでしょ?
そんな風にして、じっと待つ。もっときちんと段取りをした方が便利なことくらいわかってるけど、それじゃ楽しみがない。私が思う楽しさの本質はハプニングとサプライズで、そういうのは場面行動にくっついてくるものだ。予定を細かく決めれば決めるほど楽しさを詰め込む余白も消えちゃう。風任せに動くくらいでちょうどいい。
でも、暇なものは暇。ネットでいろんな動物の足の裏を検索するのにもちょっと飽きてきた。――それくらいのタイミングで、人の流れに大きな変化が。きっと、あちこちから電車が到着したんだ。私の予想が的中していたらひなとも紛れて出てくるはず。外れていたらバツとして、ひなとのスマホで動画でも観よう。もちろんWi-Fiの飛んでない場所で。
「叶歌は知らないかもだけど、それはバツじゃなくとばっちりって呼ぶんだ」
ひなとの言いそうなことをイメージして、小さい声で呟く。いや、「じゃあまずは借用書にサインを」とかもありそう。突き放すかノってくるかが日によってまちまちだから、あんまりうまく予測できそうにない。
それに、答え合わせの機会もなさそうだった。
「三時間ちこく~」
人混みを縫うように、見慣れた顔がご登場。わざとらしく唇を尖らせながら文句をつけると、それを見たひなとは笑って言った。
「文句あるなら俺んちからここまで新幹線のレール引け」
「今から役所にお願いしに行く?」
「叶歌が言うと冗談にならないから却下」
「ヘリポート作ってもらう方が簡単だし速くない?」
「役所に行くことから却下してるのになんで注文内容を吟味し始めてんの?」
「実例が欲しいじゃん。市民の声が行政を動かしたって」
「お前を一般市民カウントするのは無法だろ……」
いつも通り左側に立ったひなとは、知り合ったころよりもほんのちょっと成長して見えた。身長はほとんど変わっていないはずなのに、なぜかそんな気がする。高校卒業で気持ちに変化があったのかも。
「髪の毛いじった?」
「そ。気づかれるまで時間かかったから今めちゃくちゃ怒ってる」
「いやいやー、あまりのお美しさに後光がさして、その眩しさにちょうど慣れてきたところでしてー」
「なら許しちゃおっかな~」
「ちょろ」
「やっぱゴミ箱に突っ込んでいこっかな~~~」
腕を引っ張ってゴミ箱の前までひなとを連れていったはいいものの、燃えるゴミか燃えないゴミかで意見が別れた。「タングステンだって3000℃オーバーで融けるんだからどんな物質も一応燃えるゴミでいいと思う」というのがひなとの意見。「ひなとの性格的にあんまり熱くならないでしょ」というのが私の意見。最終的に「とりあえずリサイクル方法がないか探そう」ってことで捨てるのはお預けになった。やっぱり時代はエコロジー。
「そういえばさ、内見行くって言ってたじゃん、新居の」
「もう済ませたよ。今は実家でせこせこ荷造り中」
「実家とか言っちゃってまあ。……で、どんな感じ?」
「1DKってやつ? キッチンにこだわったら思ったより広くなっちった」
「え、高そう」
「すねをかじらせてくれる両親に感謝です」
ひなとはたま~にお坊ちゃまの顔を見せる。よくわかんないけど、家が結構リッチみたい。何度聞いても「田舎の富豪」としか答えてくれないし、もしかしたら大っぴらにしにくい家業なのかも。
それにしても、いいなあ、一人暮らし。好きな時間に寝て、好きな時間に起きて、好きな時間に遊びにいけるってことでしょ。つまり、天国じゃん。
「で、叶歌は春からどうすんの。家事手伝い?」
「私んち、そんな由緒正しくないし。んー……遊び人とか?」
「遊びは用法用量を守ってご計画的に」
「だいじょぶだって。得意分野だから」
「遊び疲れて動けなくなっても俺呼ぶなよ。来れても最速で二時間かかる」
ってことは来てくれるんだ。……律儀だねえ、やっぱり。けど、そんなこと教えられたら私がうずうずしちゃうって知らないのかな。普通に月イチで呼ぶよ? だって私、固定の友達他に一人もいないんだよ?
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