第3話 乙幡叶歌 勘案①

 もしかして自分が世界で一番かわいいんじゃないかなと疑問に思ったのが小学校を卒業する頃。理由はすごく簡単で、どこをどう見回しても、私よりかわいい女の子が目に入らなかったから。数え疲れるくらい顔のことを褒められてきたし、「君なら顔だけでご飯が食べられる」と私の噂を聞きつけてはるばる東京からやってきた芸能事務所のおじさんに言われたこともあった。口は顔にあるんだから、顔以外でご飯を食べる人なんてあんまりいないと思うんだけど。

 疑問が確信に変わったのは中学校に入学した後。私の周りには、とにかく人がたくさん集まった。男女を問わず、本当にたくさん。その子たちは私がちょっと声をかけるだけですごく喜んだし、私のお願いだったらなんでも聞いてくれそうな勢いだった。万年一回戦負けだったサッカー部のみんなに「今年こそ勝ってね」と言ったら一回戦どころか三回戦まで突破してしまって、そのときはさすがに笑っちゃった。

 それもこれも、私が特別かわいいからできること。だから私は、精いっぱい自分の顔の良さを使って生きていくことに決めた。勉強の得意な子が難しい大学に行くみたいに、スポーツの得意な子がプロの選手になるみたいに、私は、自分のかわいさに頼って面白おかしく生きる。美に関してのプロフェッショナルになる。楽しいと思うことを、楽しめるだけ楽しむ。


 ――それが意外に難しい目標だと気づいた中学校卒業間際。推薦で受かった高校の合格通知を眺めながら、高校生活は中学生活より明るいものになりますようにと神様にお祈りした。中学校で過ごした三年は、思ったよりも楽しくなかったから。

 カワイイは正義。でも、美しさは罪。ここのバランスが、とても難しい。カワイイと美しいは似ているのに、正義と罪は正反対の言葉。ぱっと見て、矛盾している気がする。でも、現実は割とその通りだったりもする。

 自分一人じゃできないことがある。たとえば、授業が終わった後の学校で暗くなるまでおしゃべりするとか。私と仲良くしたい子はたくさんいたから、その中から特に楽しそうな子を何人か誘って、放課後の教室に居座ってみた。いつだって出だしはばっちり。色んな話題が出て、会話が弾んで、暗くなっちゃったから続きはまた明日って手を振る。次の日も集まって、その次の日も集まって、私が思う『楽しい』を余すことなく満喫して。――でも、一週間くらい経ったあたりから、なにかがおかしくなり始めた。

 それまでは、会話があちこちで行き混じっていた。私とAちゃんが話している横でBくんとCくんが話したり、私がDちゃんに通っている美容室を尋ねている間に、EちゃんとFくんが同じ雑誌を指さしながらああでもないこうでもないと言いあったり。だけど、気づいたときには『私が喋る』と『それに対して皆が反応する』の二つしかなくなってしまった。私が黙ると教室から音が全部消えてしまって、すごく薄気味悪かった。『もっとみんな喋ってよ』とお願いすれば前みたいに賑やかになるんだけど、私がちょっとでも物音を立てるだけでまた場がしんと静まり返る。私的に、そんなの全然楽しくなんかなかった。『はい』しか言わない操り人形と喋って面白いと思える人、たぶんほとんどいないでしょ?

 一度目の失敗を経て、私なりに考えた。もしかしたら、男女ごちゃ混ぜにしたのがよくなかったのかもしれない。男の子が私を好きになっちゃうのは自然なことで、好きな相手に嫌われたくないのも自然なこと。余計な話をしたら嫌われちゃうかもしれないから、私のおしゃべりにだけ反応していたのかも。他の女の子たちはその空気に飲み込まれただけで、男の子のいない空間だったらもっと自由に話せるかもしれない。

 思い立ったら即行動。念のため前の子とは違う女の子を誘って、同じようにおしゃべりをしてみた。すると、思った通りするする話が進んで、やっぱり恋愛が混ざると良くないんだなって確認。男の子とも喋れた方が趣味や話題の広がりがあって楽しいのは間違いないんだけど、それ以上に大変なことやつまんないことがいやだったから、しばらくは女の子とだけ遊んでいようと決心。――したんだけど、一緒にいた子のうちの一人から『好きです。付き合ってください』的な告白を受けた瞬間、頭の中の色んなことがひっくり返る感じがした。私の顔の出来栄えを前にすると、性別なんて大した問題にはならなくなっちゃうらしい。やばー。

 結局、その集まりも二週間もたずに解散。それからも年上年下男女関係なくあの手この手で特定の仲良しを作ろうとして、その都度失敗。どんなに長持ちしても一ヶ月ちょっとくらいで、最後には後味最悪でお別れしてきた。友達って対等なもののはずなのに、私が関わるといつの間にか上下関係が生まれちゃう。上なのはいつも私で、かわいすぎるのも楽じゃないなって何度も何度もため息をついた。


 そんなこともあって、高校には結構期待していた。環境と空気がガラッと変わるタイミングで、私への接し方も変わるんじゃないかなと思ったから。――まあ、まったく変わんなかったんだけどね。むしろ前よりもっと過激になっている気がしないでもなくて、一年生の前期が終わる頃には特定の友達を作ることは諦めた。仲良くなったと思った相手にいきなり恋愛感情をぶつけられるのはびっくりするし、断るのはすごく疲れる。顔や名前も知らない人から連絡先を聞かれたり告白されたりしても全然なんともないけど、それが知っている相手だと心臓をぐじゅっと潰されるような感じがして耐えられない。ぜーんぜん、楽しくない。

 色んな人たちと浅く広く付き合うのが私には向いていたみたいで、そのやり方にシフトしてからは程よくちやほやされながら学校生活を送った。私に嫉妬する女の子もいるにはいたけど、そういう子はハグして耳元で『私は○○ちゃんのこと好きだけどねえ』って言えば一発で手のひらを返した。チョロいぜ。


 そのスタイルが肌に馴染み始めた頃だった。他のクラスにとんでもなく悪い男子がいるらしいって噂が流れたのは。


『付き合う気もない女の子に告白させるよう仕向けてフった』

『その子は友達の彼女だった』

『言葉巧みに貢がせるだけ貢がせた』

『ヤることだけはヤった』


 他にもいろいろあったけど、文字に起こすだけで気分が悪くなりそうなものばかりだったから代表してこれだけ。とにかく、やることなすこと最低らしくて、顔も知らないうちから嫌悪感を抱いていた。基本的に、私は女の子の味方なんだ。

 だから、進級してその男子と同じクラスになったとき、私はかわいそうな目にあった女の子のかたき討ちをすることに決めた。それも、私にしかできないやり方で。


「おはよっ」

「……? おはよう」


 いきなり話しかけられたことを不思議がって、首をちょっと傾げていた。新クラス一日目の朝。私と、境雛人の初めての会話。

 さっぱりしてるな、っていうのが第一印象。女の子はよく理想の男の子の条件に『清潔感』とかいうはっきりしないものを求めるけど、そういう子たちに彼を見せたらみんなそろって『こういうの!』と指さすと思う。短く切り揃えられた髪に、整った眉。女子にしてはかなり背が高い方の私から見てもまあまあな身長と、派手さはないけど無駄もない顔のパーツ。制服に着られている感じもなく、これで話が上手かったりしたらかなりモテる気がする。もちろん、私ほどじゃないけどね。実際に女の子をもてあそんでいるんだから口が上手いのはほぼ確定で、それは私に対する反応からも見て取れた。挙動不審になる人を、これまでたくさん見てきたから。

 朝の忙しい時間に詰め込みたくなくて、次に声をかけたのは放課後。ホームルームが終わってすぐ教室から出ていった彼を早足で追いかけ、隣に並んだ。急いだせいで途中人にぶつかっちゃったのは申し訳なかったけど、うれしそうだったからよし。


「待ちたまえ待ちたまえ」

「ん、用?」

「帰るの早くないですかー」

「今なら一本早い電車に間に合うかもしんない。それ逃したら次一時間後だし、普通は急がん?」

「部活行ったり友達としゃべったりして時間調整すれば?」

「友達はちょうど切らしてるし、帰宅部だから帰宅には力入れないと」

「なるほどねえ」


 適当に相槌を打っている間に、また人とぶつかった。謝る前にすごいスピードで走って行っちゃったけど「めっちゃいい匂いした!!!」って喜んでたから今回もよし。


「あ、自己紹介要る?」

「わかってて聞いてるでしょ。この学校にあんたのこと知らない生徒はいないって」

「あんたて」

「以下からお好きなものをお選びください。あなた、お前、おぬし、貴公、貴殿、貴様、君、己、自分、そち、うぬ、汝、その方、あなたさま」

「長い長い長い。普通に名前で呼んで」

「それじゃあ乙幡さん。改めて聞くけど、なんか用ですか?」

「なんだと思う?」

「いっちゃんめんどいやつ……」


 昇降口で靴を履き替える。境雛人は心底嫌そうな顔で、だけど大して時間をかけることもなく答えた。


「一年の頃の噂なら、大体出回ってる通りだよ。俺から話せることは特にない」

「いろんな人に聞かれましたーって感じの顔だねえ」

「察しがいい」


 本人が違うと言わないなら、その通りなんだと思う。聞いた噂が全部本当だとするとちょこちょこ食い違う場所があるから話に尾ひれはついてそうだけど、彼が褒められないようなことをしたのはきっと事実。それさえわかれば、あとは計画を行動に移すだけ。――車が後ろからびゅーんと通り抜けて、自分が車道側に立っていることを思い出した。誰かと一緒に道路を歩くとみんな我先に私を車から遠ざけるのに、彼はそうしないみたい。きっと、気の利かない人なんだ。


「そういえば電車通学なの?」

「さっきの話で徒歩通学だったらホラーすぎる」

「ふーん。家、遠い?」

「片道ざっと三時間」

「うえ、遠っ。絶対地元の高校行った方が楽でしょ」

「……だよなあ」


 あ、反応的に地元でもやらかしてるんだこの人。通学に三時間かけた方が楽なくらい地元の居心地が最悪ってことだよね、それ。

 過去の悪行も洗いざらい教えてもらいたかったけど、どれだけ聞いてもはぐらかされるだけだった。今日のところは仕方ないと、駅へ向かう途中の道でお別れする。あまり急いでもダメ。仕事は慎重かつ丁寧に。


 次の日も、その次の次の日も、その次の次の次の日も、空き時間があるたび積極的に話しかけた。彼は「空っぽの箱をひっくり返してるだけだぞ」なんてちょっとおしゃれなことを言ったけど、私は噂の中身に関してはほとんどどうでもよくなっている。なにか知りたいことがあるんじゃなくて、話す口実にそれがちょうどよかっただけ。毎度別なことを考えるのは大変だし、疲れる。

 目的は、境雛人と長い時間一緒に過ごすこと。私と長く触れ合った子がどうなるかは、私が一番よく知ってる。聞くところによると特定の誰かに自分を好きになってもらうのは結構大変なことらしいけど、私は全然そうじゃない。ただ、傍にいるだけ。それだけで色んな子たちを狂わせてきた実績がある。


 女の子を泣かせる男になにが一番効くか考えたとき、それは逆に女の子に泣かされることなんじゃないかって考えた。だから私は自分にできる精いっぱいで境雛人を虜にして、その後こっぴどくフってみせる。なんか、めちゃくちゃ正義って感じがして面白そう。悪いことをしたら、いつか懲らしめられないとね。因果応報因果応報。

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