康介の過去・デボンの悲劇

 今から、十年以上前のことである。

 康介の父親である幸平は、会社の命を受けデボン共和国へと向かった。この国に、新しく設置された支店の視察のためだ。さらに、新しい工場を建設する予定もある。この国は人件費が安い上、規制も緩い。おまけに、美女の多い国としても知られている。

 そもそもデボン共和国は、かつて独裁者ナジームとその家族さらに親戚たちが絶大なる権力を振るっていたのだ。国民に恐怖を植え付け、暴力で支配していた。

 ナジームが権力を握る前のデボンは王政であった。代々、王家の一族が国を支配していたのである。ところが、ナジーム率いる革命軍がクーデターを成功させ、ナジームが初代大統領に就任したのだ。

 権力者となったナジームは、強引なやり方で国を改革していく。また秘密警察を組織し、自分の考えに異を唱える者は容赦なく捕らえ矯正施設へと送る。処刑した人数は、百人を超えていたと伝えられている。

 それでも、反逆の芽を摘むことは出来なかった。ナジームのやり方に不満を持つ反乱分子は地下で活動を続け、徐々に同志を増やしていく。

 やがて、二度目の革命が起きた。発端は、地方の小さな町で起きた暴力的なデモであるが……実のところ、それは反乱分子により準備されていたものだった。デモ隊は市民たちの協力を得て、あっという間に町を占領してしまう。

 やがて、それがクーデターに発展した。各地に潜んでいた反バレク派が、町の占領を機に一斉に蜂起したのだ。武器を手に凄まじい勢いで進攻していき、ついには首都の占拠に成功した。バレクの一族は全員が捕らえられ、半ばリンチのような形で公開処刑された。

 その後、一応は民主国家が誕生したものの……まだまだ政情は不安定である。治安も良くなかった。そうなると、台頭して来るのは法の外にいる無法者たちだ。警察や軍隊の弱体化を幸いとばかり、職にあぶれた若者やチンピラをギャングが統率するようになった。彼らの勢力はどんどん大きくなり、やがて町を牛耳るようになってしまったのである。

 ギャングたちが町の治安を守っている部分もあったが、市民の金が裏社会に流れていることにかわりはない。

 独裁者の一族による恐怖政治が終わったと思ったら、今度はギャングたちの支配が始まったのだ。一般市民の生活は、さほど変わっていなかった。

 それでも、幸平らが泊まっているホテルの周囲は安全なはずだった。デボン国にとって、外国からの旅行客は大切な収入源である。ギャングたちも、その点は承知していた。外国人には、よほどのことがない限り手を出さない……それが、彼らのルールであった。また旅行客も、そのことは知っていた。

 ところが、想定外の事態が幸平たちを襲う──



 その日、幸平と部下たちは、気晴らしに夜の街を歩いていた。道案内と通訳を連れ、酒も入った状態である。彼らの目当ては、外国人旅行客向けのいかがわしい店であった。デボン共和国は、様々な人種が共存しておりハーフの美女が多い国としても知られている。売春宿にも、美しい顔の女が多い。

 若い部下たちは、性欲を隠そうともしていない。ニヤニヤしながら道行く女たちを品定めしている。幸平も同様だった。普段なら、こんな場所には無縁の男である。しかし、部下の誘いを断れず同行してしまったのだ。東ヨーロッパの小国に来ているという意識が、心のタガを外させていたのかもしれない。

 浮かれた彼らが、狭い路地裏に入った時だった。突然、見知らぬ男たちからの襲撃を受ける。銃で武装した数人の男たちに、取り囲まれてしまったのだ。話し合おうと試みた通訳だったが、問答無用とばかりに射殺されてしまう。恐怖に震える幸平らは、有無を言わさず目隠しをされ手足を縛られ、車で誘拐された。

 後で判明したのだが、道案内の男が襲撃の手引きをしたのだった。この道案内はギャングの一員であり、最初から幸平ら三人を拉致するつもりで動いていたのである。通訳は、そのとばっちりを受けたのだ。

 そもそも、松島電器が地元のギャングに話を通していなかったのが原因であった。デボン共和国では、場所によっては警察よりもギャングの方が強い権力を持っていたのだ。松島電器の進出を知ると、ギャングたちはさっそく取り引きを申し出る。お前たちの仕事がうまく進むよう便宜を図るから、こちらにもおこぼれをよこせ……というわけだ。どこの国でも、有りがちな話である。本来なら、現地の人間らから情報を集め対処を考えるはずだった。

 ところが松島電器は、ギャングの申し出を突っぱねてしまう。国の事情にうとい上層部は、ありふれたチンピラの脅しだと判断し相手にしなかったのだ。

 そんな反応をされたら、ギャングとて黙ってはいられない。日本のヤクザと同じく、彼らもナメられたらおしまいな稼業なのだ。結果、松島電器にとって最悪の事態を招いてしまう。

 もっとも、当時の幸平たちは、そんな上の事情など知るはずがない。彼らは誘拐され、地下にある施設に監禁されてしまう。

 そこで幸平を待っていたのは、想像を絶する地獄の日々であった──




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