康介の過去・優しかった日々
「康介の奴、眠っちまったのか」
車のハンドルを握り苦笑しているのは、
既に日は沈み、空には星が輝いている時間帯だ。小学生の康介が眠ってしまうのも、仕方ないだろう。車は現在、国道を走っている。自宅には、あと二十分ほどで到着するだろう。
「ふふふ、康介だけじゃないわ。ふたりとも熟睡してる。さっきまで、あんなに騒いでいたのにね」
後ろの座席を見ながら言ったのは、妻の
言葉の通り、後ろの座席には、ふたりの子供が座っていた。長女の
姉弟の隣には、ぬいぐるみや帽子や手袋などのキャラクター商品が置かれている。遊園地『ディスティニーワールド』で買ってきたものだ。
「来週から、デボンに出張か。面倒な話だよ」
不意に、幸平がボソッと呟いた。そう、彼は来週より海外出張に行くことになっている。すぐに帰って来られるはずだが、あまり乗り気ではなかった。
その時、沙織の表情も僅かに暗くなる。
「ねえ、本当に大丈夫なの? あの国、まだ政情が不安定だって聞いたけど。変な事件に巻き込まれたりしないかな」
少し不安そうな顔で尋ねる妻に、夫は明るく答える。
「心配しすぎだって。確かに、まだ治安の悪い場所はあるよ。けどな、平和な日本だってガラの悪い連中はいるだろ。そういう場所に近寄らなければいい、それだけのことさ」
「でも……何か嫌な予感がするの。気をつけてよ」
「大丈夫だよ。仕事以外は、ホテルでおとなしくしてるからさ」
そう言って、幸平は笑った。
この二見家は、
幸平は早稲田大学を卒業後、一流企業である
妻の沙織も、高い知性と教養と美貌の三つを兼ね備えている。上流家庭にて生まれ育ち、本人の経歴も申し分ないものだ。近所の評判もいい。
ふたりの子供も同様である。姉弟そろって同じ私立の小学校に通っており、成績も優秀だ。ここから、中学高校大学とエスカレーター式に進学することも可能である。
まさに、絵に描いたような理想の家族であった。少なくとも、周囲からはそう見えていた。
家族揃ってのディスティニーランド旅行から一週間後、幸平は飛行機に搭乗していた。デボン共和国への出張のためである。
このデボンは東ヨーロッパにある小国であり、美男美女の多い国として知られている。人件費や土地代も安く、規制も緩い。支店を出すにはもってこいだ。
幸平は、ふたりの部下と共に一週間ほど滞在して、現地をじっくりと視察した後に帰国するはずだった。これまでにも二度、他の社員たちが現地を訪れているが、問題なく帰国している。今回もまた、何事もなく終わるはずだった。
ところが、幸平の身に予想もつかなかった事態が起きる。彼の人生は、この出張を境に根本から変わってしまった。
その息子である康介の人生もまた、事件をきっかけに完全に変わってしまったのだ──
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