5『覚悟と後悔』

『そっ…か。

 今年の正月は来れないのか』

「うん。

 ごめんね兄さん……母さん達にもよろしく言っておいて」

『去年は俺が行けなかったからな!気にすんな!!

 哲哉てつやも会社の人達と仲良くな!』

「…うん」


 スマホの通話ボタンを切り、机にペタンと体を密着させる。


「別に、実家ぐらい行っても構わんと瞬月しづきも言っていたが良いのか?」

「…いや、いいんだ。

 覚悟は決めたから」

「何がいいんだ?」


 声がして、飛び起きる。

 そこには、椅子の背もたれを正面にしながら、布団に寝る自分を見下すスワンプマンがいた。

 …さっきのは、夢か。

 あれは、交通事故で死にかけ彼と契約し端的に言えば生き延びた11月上旬。

 永全ながたけ隊長に、拾われ?拉致られ?秘密結社『ダークヒーロー』こと、永全家の一人娘の、永全知里ながたけちさと隊長のお守り隊員の一員となった12月中旬。


 それを踏まえての、実兄からの『正月哲哉は来るか?今年は俺も、行けそうなんだ!!』という連絡に『決まった就職先の新年会に呼ばれている』と断りの連絡を入れたときの夢の再現である。


「夢を見ていた」

「そうか」

「……後悔しているのだろうか」


 彼の手を取ったこと。

 別の何かになってまで、生き延びたこと。

 秘密結社彼らに入ったこと。

 家族に嘘をついたこと。


 …憧れの兄を裏切ることになったこと。


 全部、それ以外の選択があったとは思わないが、それでも『もしも』の先の未来を捨てきれずにいる。


「後悔はしているだろ」

「…そうだよな」

「覚悟を決めるっていうのは、少なからず後悔とか何かしら気になる事があるんだろ。

 自信があるなら覚悟なんてしないだろ」


 お前ら知的生命体の考えることなんて、分かりはしないが。


 自分と似ている姿をしているのに、なんとなくゴツい体と、目元以外の感情筋を落としてきたような彼は、何でもないように吐き捨てる。


「スワンプマン…」

「というか、そのスワンプマンってやつ止めろって昨日言ったよな?

 名前は考えたのかお前」

「言ってたなそういえば…」


 あの初陣の後、彼に言われた。


『ロイデアは、その型にそった能力を行使する。

 戦場でその名を呼ぶということは、弱点を喋ると同意義だと思え。

 早急に呼称を要求する。

 なるべく、元の名前スワンプマンとかけ離れた名前にしろ』


「ポチでいいか?それか太郎」

「言い訳あるか、殺して作り直すぞ」

「冗談だって…」


 人間ではない何者かなのに、とても人間らしい彼は椅子の背もたれから体を起こしプンプンと怒っている。


「次までに考えておくよ」

「そうしてくれ」


 もそもそと、布団から出て畳み始めると彼も椅子をリビングに戻しに行った。

 前に、椅子を毎度毎度生成して危うく部屋が椅子だらけになりかけたことがあったので、それ以降無闇に物を増やさないと約束をさせた。


 スワンプマンという思考実験がある。

 1987年に、ドナルド・デイヴィッドソンが発表したとある『もしも』話である。


 それを型としている彼の能力は、分かりやすくいえば『創造』。

 ロイデアというのは、全能ではないが全知なのか、彼はありとあらゆる/を創造できる。


 勘の良い、そしてスワンプマンの内容を知っている人ならこの後の展開は予想していたかも知れないが。


「殺して作り直す…か」


 あの日……あの軽トラによって人生を狂わされたあの日、哲哉てつや

 ロイデアは、人間が歴史の中で知り得た事は知っているが、全能ではない。

 死にかけの人間を完全復活させることが出来るロイデアもいるが、出来ないロイデアもいる。


 スワンプマンである彼は、後者であり前者であった。


 彼の創造は、生物にも及ぶ。

 先日の莫大なエネルギーを持つロイデアではないので、帯雷体がいなければ能力行使は出来ないが、能力さえ使えれば死んだ人間を作るくらいは造作もない。

 というより、それこそが彼の最も得意とすることである。

 無機物より、有機物生物の方が作るのに手が馴染むのはひとえに彼の元となっている思考実験がそういうものだからなのだろう。


 故に彼は、哲哉と契約を結び彼を作り直した。

 同じ記憶、同じ体を持つ傍から見れば同じ、ただ母親のお腹の中から生まれた訳ではなく、エネルギーの特殊反応から生まれた学正哲哉がくしょうてつやだが。


 それを彼は、哲也に伝えている。


 お前は、あの日あの時軽トラにふっ飛ばされた人間と同じ体と同じ記憶を持つ、私が生み出した人間だ……と。


 哲也は絶望した。

 それこそ、変わらない、変わっていないはずの自分が実はあの時の存在と全く別の個体だと実感は無かったが、影も持たず、他人に認知されない彼がそういうのだから、そうなのだろうと思った。

 死のうと思ったが、死ぬ勇気はなかった。

 彼も、せっかく捕まえた帯雷体止まり木を失う訳にはいけないと殺してもまた作り直すと脅した。


 そんなこんなで、今に至る。


 まだ思う所はある。

 けど、隊長に拾われ他の帯雷体に出会ったことで少しだけ気持ちが楽になった。


 違法であるロイデアとの個人契約、しかも特務機関以外の帯雷体としての活動という、正義のヒーローである特務機関とは真逆の道ダークヒーローを歩むことになったことだけは心残りではある。

 子供ながらのヒーローになりたい!と同意義の特務機関になりたい!をいつまでも、嬉しそうに兄に語り、そんな兄も特務機関合格書を見せながら。


『兄ちゃん、てつがなりたがっていた、特務機関合格したぞ!!

 兄ちゃん、待ってるからな!!』


 と笑っていた兄を裏切ることになってしまったのだけは…。


 ブーーーーー!!!!


「うおっ」

「なんだ?」


 スマホが震え、床の上でブー!ブー!と半周している。

 スワンプマンも、リビングから顔を覗かせる。

 暗い思考は何処かに行き、回るスマホを手に取り画面を見る。


「「緊急招集?」」


 そこに来ていた通知は、秘密結社ダークヒーローからの緊急招集という初めて見る通知だった。

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