1『事の始まり』

 時は戻り、数ヶ月前。


「うー、あの時の受け答えは絶対ああじゃなかったよな……あーーーー!!!!なんでこう、ピシッとしっかり出来ないんだろう、僕」


 点々と夜道を照らす街頭のに見下ろされながら、家へと帰宅する人間がポツリ。

 はぁぁと溜息と共に口から出る息は、白く生温かい。

 まだ、8時っていうのに街頭が付く位には冬の訪れており、終盤となっている就活も合わせてネガティブな気持ちばかりが背中に重くのし掛かる。

 他の人が近くにいれば思わずギョッと2度見してしまう程には、背中に負のオーラを抱えている青年の名は学生哲哉がくしょうてつや

 時は、11月初旬。

 記憶の中ではつい最近まで、秋模様だった筈なのに就活にバタバタしていた束の間に、世間はクリスマス通り越して正月商戦も始まっている。


「はああ……年明けが苦しいな」


 早々聞かれるであろう、「就活は上手くいってるの?」という親の心配からくる一撃を予想しては、口からは白い煙と共に溜息ばかりが吐き出されていく。

 本日は寒くなりますので、防寒対策をという天気予報を見て、目についたマフラーを鞄に突っ込んで出て来たが、寒さに対してはいささか分厚すぎたマフラーを軽く整えながら、街頭のライトの下で足を止める。


「んや、まだ今日の会社が落ちたと決まった訳ではないし、まだ1社面接まで残っている所があるから悲観するのは止めよう」


 パチンとほっぺを叩き、意識を改める。

 兄さんもよく言っていたではないか、ネガティブな気持ちは本人が思っているより相手に伝わる…大切なのは、自信満々を取り繕うその度胸だ……と。


 確定では無いがきっとあの兄さんのことだ、正月も実家には顔を出すだろう。

 去年は、丁度出撃命令が出たらしく会うことは叶わなかったが、電話で来年こそはと言っていたので、出来るだけいい報告を持っていってやりたい。


 弟として、1人の人間として身内を安心させてやりたいと思う気持ちは本当だ。


「よし、もう2ヶ月頑張ろう」


 とりあえず、とりあえず2ヶ月だ。

 それで駄目だったら、1回旅行でも行って気分転換をしよう。

 うん。そのほうがいい。


 スマホを取り出して、見知っている筈の見慣れない顔の写真が掲載された雑誌の写メを見る。

 それは、雑誌の特務機関の特集ページの一コマであった。


「ふふ、やっぱり兄さんはかっこいいな〜」


 昔から、家を開けがちだった両親に変わって自分の世話をしてくれた1回りほど年の離れた実兄。

 彼は、知る人はいない…とまでは流石にいかないだろうが、そこそこの人が知っている程度には有名人ではあった。

『あの、正聡まさとしの弟!?マジか!!』

 と言うのは、結構知人との初対面ではデジャヴと化した流れであった。


「さ!そうなれば、今日は牛丼でも買って食べよう!」


 落ち込んだときには美味しいご飯。


 牛丼屋さんは、少し道を戻った所にあるので回れ右と来た道の方を向いた。


 視界に写ったのは、人の居ない寂しい道でも無く、街頭にポツポツと照らされる暗い道でも無く。


 暗い世界に不釣り合いな、白い軽トラだった。


 もっと言えば、右に左にゆらゆらと覚束ない、減速もしていない、白い軽トラだった。

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