第10話 詐欺師、最終準備に取り掛かる

 馬車から降りると、ライトアップされた劇場の前には、すでに行列ができていた。


 聖女様と俺は愛を囁き合う恋人同士のように肩を抱き寄せて、小声で話す。


「まあ……人の多いこと」とドーレがわずかに驚きの声を上げて「『劇団ララビッツ』はホーロビール王国内でも人気なんですね」とつぶやいた。

「そうみたいだな。それよりも……これからあんたは、危険な目に遭うかもしれないんだが、本当にいいんだよな?」

「ふふ、ご心配には及びません。すでに心は決まっていますから」

「そうか。だったらいいんだ」 


 この腹黒聖女様が危険をかえりみないのは今に始まったことじゃない。

 まあそれに今回は即興で首を突っ込んでこないだけマシだろう。


 しかし問題はこれから聖女様がボンクラ王子と顔を合わせることだけじゃない。

 なんせ——


「以前、この国を訪れた際には王子にご挨拶はできませんでしたから、私のお顔を完全には把握していらっしゃらないはずです」

「それはさっき馬車の中で聞いたから気にしていない」

「そうですか……では、なぜそんなにも心配そうな表情なんですか?」

「流石にダレックス?だったか?あの俳優が死んでいることはすでに伝わっているはずだ。だから、今回の奴隷売買をとりやめるかもしれないと思ってな——」

「いえいえ、それには心配無用ですよ——お客様?」

「……フラン、いつからいた?」


 背後を振り返ると、フランはニヤッと笑みを浮かべた。

 黒い燕尾服のような礼服をきっちりと着こなし、赤い髪はいつもと違ってワックスでビシッときまっていた。


 どうやら今回は劇場の案内人として潜入しているらしい。

 

 てか、聖女様のいる前で接触するとか……何を考えているのか。


「いやーそんな怖い顔するなよー、親友?ただの余興だぜ」

「……こちらの殿方は?」

「いや、気にしないでくれ。こいつは学院の同級生だ」

「そうですか?」

「ああ……だから先に席に行ってくれ。俺はこの旧友と少し話す用事ができた」

「わかりました……ご主人様」

「ああ」


 キョトンとした表情の聖女様を無視して、俺はすぐにフランへと目配せをした。


 なぜかやれやれと言った表情で、フランは首を縦に振った。


▲▽▲▽▲ 


 劇場の使われていない控室。

 結果を張って誰もこの部屋には入って来れなくしてから、フランはチラッと俺を見た。


 ……何か言いたそうな雰囲気だ。 


「それで、わざわざ聖女のいる前で接触するなんて何の用だよ?」

「最後の準備が整ったから、その報告だぜー」

「ああそうかよ。それくらい別に俺が一人になった時でよかっただろ」

「まあ、それもよかったんだけど。流石に顔を変えた親友のことを探すには一苦労しそうだったんで、今のうちに接触しておこうかとね」

「……すでに顔は変えているが?」

「ハハハ、そうじゃない。親友、お前が国王を騙すときには別の顔で接触するつもりだっただろ?国宝もくすねるつもりだろ」

「……っち」


 そうだ。

 確かにフランが指摘したように、俺は今回の奴隷売買をした後でこのホーロビール王国の国宝をくすねとるつもりだった。

 

 そのために、今回はタネを蒔く意味でも放蕩王子ではなく——その父親である国王に接触するつもりだった。


 しかしどうやらフランは俺に釘を刺したいらしい。


「まあ、正直、この王国がどうなろうが暗部としてはどうだっていいんだ。だけど、流石にこれから王子がいなくなる予定だし、それに加えて王国の国宝も盗まれたとなれば、ちょっとまずいからなー」


「はあ……わかった。今回はおとなしく王子を騙すだけにしておく」

「いやー。悪いねー」

「そんなことひとかけらも思っちゃいないくせによく言うな?」

「これも仕事だから勘弁してくれ、親友」

「……それで本題の奴隷売買契約書をくれ」

「ああ、そうだった。ほい、これ」


 フランは懐から魔法書を取り出した。


 正式にグリーズ王国が発行していることを示すもの。

 

 俺はそれを受け取った。


 フランは付け加えるように言った。


「それと取引の指定は、公演が終わった直後に劇場近くの高級宿でだってさー」

「王子が指定してきたのか?」

「そうだなー。だから親友お得意の転移魔法で移動してくれればいいからー」


 フランは言いたいことを言って、ひらひらと右手を振った。

 どうやら、もう時間だとでも言いたげだ。


 宿で取引ね……?

 まさか奴隷を売買した直後におっぱじめるつもりなのか?


 ほんと爵位の高い奴らの性癖というのはよくわからん。


 俺たちは解散した。


▲▽▲▽▲


 特等席に向かうとすでに館内は薄暗くなっていた。


 腹黒聖女様はちょこんと高級なソファーに座っていたが、俺のことをチラッと見た。


「どうやら、この区画のお隣さんみたいです」

「……そうか」

「ええ、この後、どうしましょ?」

「……この札を持ってくれ」

「……?」


『聞こえるか?』

「——っ!?」

『念じれば、声を出さなくも喋ることができる通信魔法だ』

『……なんだか変な感じですね。頭の中にブール様のお声が届いてくるというのは』

『まあ、そこは慣れてくれ。それよりもこの後の話だ』

『ええ、そうでしたね。お取引はどちらで?』

『近くの高級宿だそうだ』

『……そうですか』

『それで教会の方へのリークはすでにしてあるよな?』

『はい。すでにルナードを通して、教皇へも伝わっているはずです。ですが、取引までにこの王国を包囲できるかは少し疑問ですが』

『それは問題ないだろ。取引自体は公演終了直後だから、流石にそれまでにあの猫族は宿に乗り込んでくるだろ?』

『ふふふ、ルナードさんはせっかちですし……それに少し過保護ですからね』


 そう言って腹黒聖女はなぜかパチンとウィンクをした。


 そんなお茶目な態度と呼応するように、ブーという開演開始の音が鳴り響いた。すぐに館内のあかりが全て消えた。

 

 その直後、カーテンの幕が開けた。


 劇団の公演が始まった。

 

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