第9話 詐欺師、小悪党を成敗する

 俺の目の前で優しそうな顔の男が腕を組んだ。


 回っていた酔いが徐々に戻ってきたのだろうか。

 男は先ほどの陽気さから一転して真剣な表情に変わった。


 店の中を案内し、そして最後の部屋へと誘う。

 薄暗い室内には、青白い月の光が差し込んできている。


 淫らかな香水の匂いがツンと鼻につく。

 男もまたその匂いに気がついて、部屋の奥にいる彼女たちに気がついたようだ。


「それであんた——いや、ジョニー、こいつらをくれるってのはほんとなんですよね?」

「ええ、もちろんですとも。劇団には色々とお世話になっているんで。さあ、極上の女の子たちばかりですから、よく見てください」

「……わかりました。ここ最近、ジョニー——お前が紹介してくれる女はみんな極上でしたからね。あのお方もきっとこの中から、お気に入りの女を見つけてくれるに違いありません」

「いやー。ダレックスさんにそう言っていただけて、奴隷商人としての冥利に尽きますよ。ハハハ」


 俺が大袈裟に笑い声を上げると、ダレックスはニヤニヤと笑みを浮かべた。


 てか、このダレックスと言う優男。

 酒が回ると、時々言葉の端々が乱暴になる癖出ているのだが……全くこんなやつがグリーズ王国を始めとする各国で有名な『劇団ララビッツ』の看板俳優だっていうのだから……きっとあの歌姫さんもガッカリしていることだろう。


 それに何年もの間、こんなどうしようもない人間を家族だと信じていたんだからなおのこと落胆するに違いない。


 端正な顔で一体どれほどの人数の人間や亜人種の女をその毒牙にかけてきたのか判然としない。


 正直なところ、男女の仲での話であればこんな小悪党に付き合っていなかっただろう。

 

 しかし薬漬けにして売り捌いているというのだから……ほんと胸糞悪い。

 それに師匠からの遠回しな依頼だ。相変わらず何を考えているのかわからないが……師匠、あんたの思惑に乗っかってやる。


 まあ今は仕事の最中だ。

 余計な思考はこれくらいにしておこう。

 最後まで気を引き締めて、進めさせてもらうとしよう。


 なんせ今回はこいつだけで終わりじゃない。


 この後にこいつ以上にクズな王子を相手にしなければならないのだから——


 俺はこびりついた笑みを浮かべ続けた。


「それではこの奴隷売買契約書にサインをお願いいたします。もちろん、王国から正式に発行されている奴隷商人としての許可書もここにありますから、ご確認ください」

「ええ、わかっていますとも。ジョニー、きみがちゃんとグリーズ商人組合に登録されていることは確認済みなんですからね?」

「ハハハ……そうでしたか!用心深いことに越したことはないですから」

「悪く思わないでくださいね?これでも用心深いんです」

「いえいえ、私としては特に問題ありませんよ……」

「それでこの紙にサインをすれば完了でしたか?」

「ええ、そうですよ。契約魔法によるサインを交わしたら、そこで取引は終わりです。ダレックスさん、目の前で眠っている極上のエルフたちは全てあなたのものとなります」

「……それは最高ですね」

 

 血走った瞳で目の前の魔術契約にサインをしていく。


 青白い文字が浮かび上がって——幾何学模様が一瞬、契約書上に現れ、すぐに消えた。


「これで契約は終わりました。さあ、この後のお祭りを楽しんでください。ああ、もちろん、今宵はこの部屋をお貸ししますが、お片付けは後でお願いしますね?」

「ああ、わかっています。まずは出ていってくれますか」

「ハハハ……では、お楽しみください」

「ええ」

「いえ、ダレックスさんに言ったのではありませんよ?彼女たちに言ったんです」

「は……はい?」

「では生きていたらまたどこかでお会いしましょうか?ダレックスさん」

「き、きみは……何を言っているんですか?」

 

 何か嫌な雰囲気でも感じ取ったのか、ダレックスは狼狽えた。

 しかし、そんな反応など無視して、彼女たちはゾロゾロと無言でダレックスに近づいていく。


 さてと結界に閉じ込めておくか。

 赤い糸をこの空間に張り巡らせて——終わりだ。


 さてと室内の温度も適温だし、問題なさそうだな。

 

「お、おい!ジョニー!これはどういうことですかっ?きみたち……なんですか?」

「トマレ」

「——へ?」

「——しね!」「殺すっ!」「コロシテヤルっ!」

「ヒッ、身体が動かないっ!?なぜナイフなんて持っているんですか!?ご主人様に向かって歯向かうつもりですかっ!とまりなさいっ!」

「しね!」

「な、なぜ、奴隷契約が発動しないんだっ!?」

「いやーだって、あなたが今、結んだのは一日奴隷となる契約ですからね?」

「……は?」

「今、目の前にいる彼女たちがご主人様ですが……彼女たちのことは覚えていませんか?」

「し、知らないっ!」

「……あなたが今までに薬漬けにしてダメにした女の子たちですよ」

「そ、そんなはずはありえないっ!みんな処分したはずですっ!」

「いやーこりゃあ救いようのないことだ……みなさんどうか、最後まで楽しんでください」

「ま、待ってくれ——ウッ」


 誰かに刺されたみたいだな。


『ユルサナイ』『ワスレサセナイ』『シネシネシネ』

 

 グギャ、ベチャ。

 男の悲鳴が背中に聞こえてきたが、途中からは何も聞こえなくなった。


 全く……俺は詐欺師であって殺人鬼になるつもりはないんだが……

 そんな言葉を飲み込んで、俺——ブール・ヴァン・ホッセンは部屋を後にした。


▲▽▲▽▲


「ねえ、ジョン……」

「ファンセ……部屋で待っていろって言っただろ」

「ごめん……ダレックスの最後も知りたかったし。一応……私の家族だったと思うから」


 ファンセは少し伏せ目がちに俺を見た。


 全く……この歌姫さんは少し人が良すぎはしないだろうか。


「とりあえず……これであんたもホーロビール王国での公演に参加できるだろ?」

「そ、そうだけど……」

「なんだよ?」

「ほんとにこれでよかったのかなって」

「別にあんたが気にすることじゃないだろ?それにまだ何も終わっていないしな」

「そうよね……ダレックスがここまでいろんな女の子を傷つけていたなんて知らなかったから……それに私のことを襲おうとしていたことも——」

「誰だって裏の顔くらいあるものだろ。まあ、だからと言ってあいつがしてきたことは許されないけど。……だからあれだ、気にするな」

「うん……ありがと」


 ファンセはそう言って、儚げに微笑んだ。


 そして先ほどからこっそりと隠れているつもりらしいが、魔力が漏れているんだよ。


「それでファンセを連れて来たのはお前だろ——フラン」

「……いやーばれていたかー親友」

 

 陰から姿を現したフランは、ガシガシと赤い髪をかいた。

 どこか決まり悪そうに頬が引き攣っている。


 こいつはたまによくわからない行動をするから油断ならないんだよな。


 今回だってわざわざファンセを連れてきているし……それに『ヘロベロ草』を回収するようなことを言っていたが、その意図もわからないしな。


「……すまん、ファンセ。一旦、後ろにいるフェメ・グリーズと一緒に帰ってくれないか。俺はこいつと少し話があるから」

「わ、わかったわ……今回は本当にありがと」

「ああ、それとセカレスと言ったか?あいつがもしも直接何かして来そうだったら、この札に向かって——『ジョン・ホッセンにつなぐ』と言ってくれ。すぐに駆けつけるから」

「ありがと、でも大丈夫だと思う。セカレスは小心者だし」

「……まあ、念の為だよ」

「わかった……じゃあ、またね」


 そう言ってファンセは緑色の髪を翻して、廊下から出ていった。

 フェメは眠たそうな瞳を俺にチラッと向けて、ひらひらと手を振った。


 どうやら別れの挨拶らしい。

 俺も適当にひらひらと右手を振った。


 俺とフランは二人きりになった。

 フランは、ガシガシと赤い髪をかいた。


「親友、あの王子のことだが——本当に騙せるのかよ?このタイミングでダレックスを退場させたら、明らかに話だって漏れるだろうし、警戒されるだろ」

「……お前たちの方はすでに『ヘロベロ草』の量産場所は突き止めているんだろ?」

「まあそうだけど……流石にグリーズ王国外の一国の王子様を捕まえることはできないしなー。だから正直、別の言い訳が必要なんよねー」

「まあ、そこらへんのことは任せろ。ホーロビール王国は、マリアリア教に加入している国だ。そこをつけば簡単ってことだ」

「おいおい……まさかこの後に及んでまた聖女様が首を突っ込んでくるのかよー」

「それは俺に言われても困る。てか、あのお転婆聖女様は、絶対に俺の言うことを聞かないし」

「お前も苦労しているのか……ああ、もうわかったよ!ブールのやり方で進めてくれ」


 フランはどこか投げやりに返事をした。


 いや俺だって聖女様に関わってほしくないが……どうせ首を突っ込んでくるんだったら目の届く範囲で動いてもらう方がよっぽどマシだ。


 俺はそれから暗部に用意して欲しいものをいくつか指示をして、その日、解散した。


 後日、グリーズ王国の下水道から男の変死体が上がったことが王都新聞に取り上げられていた。


 顔が潰れておりところどころ身体が欠損していたため、身元が特定できていないらしい。悪人の最後にしてはやけにあっけなかった。

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