第8話 詐欺師、小悪党を狙う

 それからの数週間は、単調だった。

 俺とドーレは決まった曜日——ダレックスが訪れる曜日を狙って、ドーレの存在を見せびらかすようにアピールした。


 そしてもちろん、俺が奴隷商人であることを示すためには、一人だけの極上の女を見せびらかしただけではダレックスもこれまで買い上げてきた奴隷商人から俺へと乗り換えることはないだろう。


 だから本日は、フランに頼んでそこそこ綺麗な女を手配してもらっていた。

 潜入捜査もこなす暗部の人間だったら、簡単に演技をしてくれるだろうと思ったからだ。


 それに騙す相手は劇団の看板俳優だ。

 

 それなりに潜入捜査の場数を踏んでいる工作員が必要だ。


 だからフランにかなり好条件の女を手配してもらったのだが……。


 俺の前に現れたのはかつて教会であった人間だった。

 銀色の長い髪を胸のところまで流して、少し眠たそうな灰色のタレ目が俺を見た。


「フェメ・グリーズ……あんた、暗部の人間だったのか?」

「うん、そう」

「前回とは随分と雰囲気が違うから驚いた」

「ふふ、こっちが素に近いかも」


 なぜかフェメは意味深に微笑んで、チョンチョンと人差し指で薄い紫色の唇に触れた。


 この女……何を考えているのかよくわからん。

 しかしこの際そんなことはどうでもいい。

 今回の作戦をしっかりとこなしてくれさえすれば、フェメが何を考えていようと些細なことだ。


「……フランからどこまで聞いた?」

「大体のところは把握しているよ」

「そうか、ならば話がはやい」

「ええ、だから一応指定された通り露出のあるドレスを着てきたけど……あなたの趣味?そういうプレイが好きなの?」

「ちげーよ!全然今回の件について把握してないだろ、あんた!」

「そんなことないわよ?でも……あなたの趣味ではないのね」

「……」


 なんで少し残念そうなんだよ。

 フワッと内側に巻かれた銀色の髪がわずかに舞って、フェメが俺の腕にしがみついた。


「……そろそこ時間でしょ?行きましょ」

「ああ」


 表情が掴みづらいが、どうやら仕事の方はしっかりとやる気があるようだ。

 いやまあ……フランがよこした人物だから初めから心配はなかったんだけど……。


「フランから聞いていると思うが、今日の目的は——」

「ダレックス、31歳、劇団ララビッツの看板俳優、無類の女好きで、無理やり妊娠させて女を捨てているんでしょ?しかも、捨てた女をホーロビール王国に違法に奴隷として売っている男。この性欲モンスターが懇意にしている奴隷商から、あなたの営む奴隷商に乗り換えてもらって、奴隷を買ってもらうように話をまとめることが目的」

「——まあ、そういうことだ」

「だから、今日はあなたがご自慢の奴隷を見せびらかす必要があって、私のような『美人で巨乳なお姉さん』が選ばれたということね」


 うっふん、とでもいいたげに豊満な胸を俺に押し付けてきた。


 ……いや、別に間違っちゃいないが、言い方が引っかかるんだよな。

 まあいい、そろそろ『性欲モンスター』がやってくる時間だ。


 タネはすでに蒔いているのだから——


 ▲▽▲▽▲


 薄暗い階段を降りていくと、すでに客が座っていた。

 いや、よく見ると最近よく見る若者だ。


 歳は俺よりも少し下か同い年だろう。

 特段、俺ほどに顔が整っているわけでもないくせに今日も女と一緒だ。


 最近、目につく客だ。


 まあ、俺の隣にも女がいるが……くっそ、あいつのつれている女の方が俺のタイプだ。


「——っち」

「どーしたのー、ダレックスー?」

「いや、なんでもないですよ」

「てか、あの子、ちょーキレイじゃない?」

「ハハハ、きみのほうがキレイだよ」

「もう、こんなところでよしてよー」


 このセフレ2号はバカっぽくて、最近飽きてきた。

 まあ身体の相性が良いからまだ捨てないが。


 しばらくカウンターの奥でしっとりとセフレ2号と飲んでいると声が聞こえてきた。


 どうやら赤髪の店員と黒髪の若者が話しているようだ。


「兄さん、兄さん!聞いてくれよっ!あんたの同業者さん、マリアリア教会の聖騎士にしょっぴかれったってよ?」

「ほお……興味深いな。なんだ奴隷の密売でもしていたのか?」 

「ああ、どうやらそうみたいなんだよ」

「それで、なんていうやつか知っているか」

「ああ、噂じゃ——デブリンっていう商人らしい」


「——っ!?」


 くっそ酒を落としちまった。

 

 セフレ2号がわずかに頬を赤く染めて、甘ったるい声で言った。


「なになにーもうダレックスってば、酔っちゃったのー?」


 っち、癇に障る女だ。


「……大丈夫です」

 

 カウンターからおしぼりが渡され、俺はサッとふく。


 ……まずいことになった。

 ホーロビール王国での公演まであと半月ほどしかない。


 それなのに奴隷を手配していたデブリンが捕まっただと!?

 このままじゃ『ヘロベロ草』と奴隷の売買契約を果たせなくなっちまうぞ。

 

 流石に今更売買を先延ばしにはできない。

 『ヘロベロ草』の収穫時期は年に二度だ。

 この時期を逃したら、来年になる。


 闇ギルドの連中にも流す算段はすでについていた。

 それなのに今更売買を延期できるするわけにはいかない。


 流石にこんなことで闇ギルドの連中だけじゃなくホーロビール王国のあのバカ王子からの命を狙われるなんかまっぴらごめんだ。


 くっそ、でもどうやって安くそれなりにあの王子の性欲を満たすだけの奴隷を買い揃えるかが問題だ……。

 

「——ねえ、ねえってばっ!」

「ウッセーよ!」

「な、何よ……」

「ちょっと黙っていろっ」

「——っ!もう、帰るっ!」

「勝手にしろ」


 くっそ、イライラする。

 

 とりあえず、セカレスにもこのことは伝えておくか。


 席を立つところで銀色の髪の極上の女の腕に奴隷の紋章があることに気がついた。

 この女も奴隷だ。

 

 そうだ。この若者も奴隷商人だ。

 しかも毎回俺が見る時には、極上の女を侍らせている。


 半月で他の奴隷商人を探している時間もない。


 俺は意を決して黒髪の若者に声をかけることにした。


 いつも舞台上で演技するように、少し笑みを浮かべながら。


「おい、きみ——ジョニーと言いましたか?ちょっと話したいことがあるんですけど——」

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