第7話 詐欺師、腹黒聖女と結託する
コンコンと静かなノックが響いた。
どうやらやっと来たらしい。
「入ってくれ」
「……失礼します」
「腹黒聖女、やってくれたな?」
「ふふ、どうやらちゃんとファンセ様と出会えたみたいでよかったです」
「っち……まあいい。ほら、そこのテーブルに『トロピカルンジュース』があるから」
「あらあら、ありがとうございます」
チラッと、テーブルの上に置かれたジュースに目を向けて、すぐに腹黒聖女の黄金色の瞳が俺を捉えた。それから視線が明後日の方向へ逸れた。
ローブをハンガーにかけて、腹黒聖女はちょこんと椅子に腰掛けた。
現在、俺は一時的に画廊に戻ってきた。
腹黒聖女様の腹の中を探るためだ。
「ファンセ様は今も王都に匿っていただいているのですか?」
「まあ、そんなところだ」
「そうですか……まずはありがとうございます」
腹黒聖女は柄にもなく心の底から感謝の念を表しているようだ。
全く……こんな時だけしおらしくするなんて卑怯だろ。
「別にまだ何もしていない。むしろこれからだしな」
「ふふ、そう言っていただけてよかったです」
「それで、あんたはどこまで見通していたんだよ?」
「……私の心眼は、そんなに便利なものじゃないですよ。ただファンセ様からのお手紙から読み取れることと以前ホーロビール王国を訪れた時に見聞きしたことを総合的に照らしたら……うっすらと少し厄介な状況がわかっただけです」
「そうか」
どうやら心眼とやらを使うには、特定の条件みたいなものがあるらしい。
まあそんな腹黒聖女様の能力のことはこの際どうだっていい。
師匠からの依頼——しかもファンセは、俺と同じ系列の孤児院出身という話の方が気になる。
ファンセがどのような特別な能力を持っているのかは知らないが、黙って見過ごすことはできない。
もしもクソみたいな連中の実験体として利用されているのだとしたら、俺は——
「あら、何かお気に召さないことでもありましたか?」
「別になんでもない」
「ふふ、それで今回も私、一緒についていきますけどよろしいですよね」
「……流石に今回は危険だから、やめておけ」
「い・や・で・す」
「はあ……あの猫族の女にどう説明するんだよ」
「ふふ、そちらに関しては問題ありません」
「そうか……だったらいいのか?」
「ええ、そうですとも!」
屈託のない笑みを浮かべて、腹黒聖女様は返事をした。
まあ最近ずっと俺の手伝いをしてきて演技も上達してきたし、問題ないよな——
——って、いやいや。
一瞬、問題なさそうに思えたが聖女様を勝手に連れ出すのは流石にまずいだろ。
でも、すでに目の前の聖女様はやる気満々のようだ。
どこか平日の魔術学院での授業に疲れて、唯一の休日を楽しみにする貴族の子どものように瞳を輝かしているようにも見える。
……はあ、まあいいか。
どうせ女の協力が必要だったのだから。
「それじゃあ今回のやり方を説明する——」
俺は聖女様にこれから仕掛ける詐欺を話した。
▲▽▲▽▲
どこか暗い雰囲気のある店内だ。
「ブールさん……彼じゃないですか?」
「そうだな……」
「ふふ、さあ始めましょ、ご主人様」
ドーレは胸元が開いた扇状的なドレスで俺の腕に身を寄せてきた。
どうやら演技を始めた。
っち、ほんとなんでこの腹黒聖女様は毎回自分から危険に首を突っ込みたがるのか。
まあいい。
カモを誘き出すためには、いずれにしても必要なことだ。
薄暗い店内にいる男たちから、ドーレに視線が向けられている。
そしてターゲットである優しい顔をした男——ダレックスもドーレに見惚れているようだ。
「ねえ、ご主人様、今夜わたしずっと一緒にいたいの」
「わかっているよ……マリア」
「ふふ……あら、そこのお兄さん、お隣よろしいかしら」
ドーレ——マリアは俺の腕を引っ張るようにして、カウンターの奥に座る男——ダレックスへと話しかけた。
「ええ、も、もちろん」
「ちょ、ちょっと!なに見惚れているのよっ!」
「嫌だな、俺は別に——」
ダレックスは鼻の下が伸びて、いやらしい視線を一瞬だけドーレの胸元を見ていた。
そしてすぐにお隣にいる化粧の濃い女の機嫌を損ねていた。
「ふふ……座りましょ、ご主人様」
「そうだな」
俺とドーレは現在、ご主人様と奴隷という演技をしていた。
見せつけるように適当にでっち上げた奴隷の紋章をドーレの腕に付けている。
もちろん奴隷になる効果なんて特にないし、魔法に長けている者であれば一発でおかしいと感じるはずだ。
だが、ダレックス程度であれば、バレることはない程度に精巧に描いた模様だ。
だからこそ結果的にバレるはずがなかった。
また一度とはいえ素顔で接触しているため、ジョニーという先日暗部によって殺された奴隷商人の姿を拝借している。
俺は空間魔法で周囲の光を屈折することで他人から見える俺の顔に対する認識を阻害している。
そして今日はジョニーという男——奴隷商人としての存在をアピールためにやってきた。
ただしそれは最終目的であって、現段階の目的じゃない。
まずは俺という存在を認知してもらうことだ。
その上で、ダレックスが関わっている奴隷売買に役立つ人間であること自体をアピールするつもりだ。
俺はドーレの肩を強く引き寄せた。
「きゃっ——」
「ほんと、お前は最高の女だな」
「——ん、こんなところじゃみんなに見られてしまいます……よ?」
「……おっと、そうだったな」
流し目でチラッとダレックスの方を見ると、ダレックスはこちらに釘付けとなっているようだった。
——おっと、やっと気がついたみたいだ。
流石にドーレの腕に奴隷の紋章があることに視線が止まっている。
結局、この日、ダレックスはチラチラとこちらの存在を気にしているふしはあったが接触することはなかった。
でも確実に俺たちの関係性が主人と奴隷の関係であることはわかったはずだ。
とりあえずのところは、餌に食いつくのを待つとしよう。
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