第11話 詐欺師、王子を騙す
時は流れて、冒頭へと戻る。
劇団ララビッツによる公演が終演した。
俺と腹黒聖女は高級宿へと着いた。
ホーロビール王国の放蕩王子——ヤサシーソ・ホーロビールとの取引場所。
指定された裏口から入ると、王子の側近の白髪混じりで初老の男がいた。
男は恭しく一礼して、俺とドーレを宿の隠れ部屋へと誘った。
『……奴隷商人のジョニー様、お待ちしておりました。我が主人様は奥におります——どうか……我が主人様をお救いください』
確かにそう言って初老の男が扉を閉めた。
……暗部に協力しているのか。
色々と思うところでもあるのだろう。
まあ、そんなことで同情をするわけじゃないが——
薄暗い室内は異様な臭いで充満していた。
流石に聖女様も気がついたらしい。
聖女様は小声で言った。
「……このにおいはヘロベロ草でしょうか」
「だろうな」
「はあ……小国といえ一国の皇太子がこのような矮小な人物だとは思いませんでした」
「……いくぞ」
「はい」
▲▽▲▽▲
「遅れてしまい申し訳ありません」
「おい!奴隷商人如きがぼくを待たせるなど、不敬だぞ!」
血走った瞳が、俺と聖女を見た。
劇場で笑顔を周囲に向けていた時とは打って変わって、放蕩王子の顔は蒼白だ。
いただちが隠せないように、ソファーに腰掛けている足元が貧乏ゆすりでガタガタと揺れている。
どうやら相当お怒りのようだ。
「……申し訳ありません」
「お前……新しい奴隷商人か?ダレックスは一緒じゃないのか?」
「……ええ」
おいおい、この放蕩王子様はラリって、ダレックスが死んだことを覚えていないのか。
苛立ち気に、そして乱暴に言った。
「ふん、まあいい。とっととぼくにそこのエルフの奴隷をよこせ」
「僭越ながら申し上げますが……まずは契約を交わしていただけないことには、お渡しすることができません」
「っち、わかった。とっとと契約書を渡せ」
「承知しました」
俺は空間魔法で異空間に収納していた奴隷契約書を取り出した。
青白い文字が浮かび上がり、魔力を流し込む。
俺は王子に近づいて、契約書を差し出した。
「では、こちらに契約のサインをお願いいたします」
「ふん」
そう言って乱暴に俺の手から奪い取って、ろくにどのような内容なのかすらも見ずにサインした。
この王子様はこれまでもろくに契約書を交わす際に、中身をろくに見ていなかったのだろうな。
こんな人間が小国とはいえ、王族の一人なのだからどうしようもない。
——契約魔法が発動した。
契約書が宙に舞って、空中で静止した。
教会の紋章が空中に浮かび上がった。
「な、なんだ?まさか―-ぼ、ぼくのことを騙していたのか!?」
「今更、気がついてもおせーよ」
「――なんだとっ!?」
この放蕩王子――ヤサシーソ・ホロビールは、焦ったように後退りした。
しかし足元がおぼつかないのだろう。
「――ぐあ」と変な声をあげて、背中からバタンと倒れた。
悔しそうに下唇かみ、俺のことを憎しみに満ちた目で睨んでいる。
「残念ながら、この契約書は奴隷売買契約書じゃない。聖女の力を自由に行使するための許可書だ。教会とグリーズ王国両方からのものだ」
「なっ——!?」
「だから教会がグリーズ王国内で聖女の力を行使することを許してはいるが……それ以外の国で聖女の力が解放されたら、すぐに聖騎士が駆けつけるぜ?聖女に何かあったんじゃないかってな」
「ふ、ふざけるなっ!こんなこと許されるわけないだろっ!外交問題だ!!ぼく——いやホーロビール王国は、れっきとしたマリアリア教会を信仰している国だ!教会が——」
「……まあ、普通は外交問題になるだろうな。でも、おい、腹黒聖女!いつまで突っ立ているつもりだよ?」
「ふふ」
腹黒聖女は意味深に笑った。
黄金色の瞳が俺を見た。
「後一歩でこの王子様のことを全て覗けるところだったのですが、ざんねんです。それに――ルナードさんも到着してしまったようですね」
「……意外と早かったな」
「まあ、わかりやすく、ジョン様とお出かけする旨も残してきましたからね」
「おい、お前は俺のことを殺すつもりかっ!?」
「ふふ、冗談です。ちゃんと視察でホーロビール王国へと『ジョン様と二人っきり』でお出かけすると書いておきましたからご安心ください」
腹黒聖女はおかしそうに口元を隠して笑った。
この腹黒聖女――わざとやっているだろ。
「ぼ、ぼくの存在を無視するなあ!」
「何の話の途中だったっけか……えっと、あれだ。外交問題になるかどうかって話だよな」
「絶対にパパに言いつけて死刑にしてやるっ!」
「はあ……そもそもマリアリア教会は奴隷売買を禁止しているはずですが?それに、この部屋に充満している国際禁止指定薬草——ヘロベロ草。そちらの点についてはどのように説明してくださるのでしょうか?」
ドーレはじっと放蕩王子を睨んだ。
王子はどこか焦ったように上擦った声をあげた。
「——そんなこと知らないっ!」
バタバタと廊下から複数の足音が聞こえてきた。
ガタンという大きな音とともに見知った顔が現れた。
「ドーレ様から離れなさいっ!」
ちっこい猫族の聖騎士様は、キッと猫目の瞳を俺に向けてきた。
銀色の長い髪が靡いた。
てか今にでも俺に剣をむけてきそうなんですけど。
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