第5話 詐欺師、歌姫に加担する

「それで、あなたがファンセちゃんの婚約者ということなのかな?」

「ええ、私――ジョン・ホッセンと言います」

「職業は何をしているのかな?」

「しがない画家をしております」

「そ、そっか……」


 ラビット族のメルロと言った若い女はどこか噛みしめるようにつぶやいた。


 チラチラと横からエメラルドグリーンの瞳から視線を感じた。

 

 現在、俺と歌姫は劇団に乗り込んでいた。

 

 とりあえずこのジコチュウな歌姫に死なれてしまったら困る。

 なんせ……あの腹黒聖女様と粘着質な第二王女になんと言われるか……考えただけでも悪寒がする。


 だからこそ俺と歌姫が恋人同士と周囲にアピールすることにした。

 これで歌姫だけを襲ることはないだろうしな。


 俺は首元につけているペンダントを触った。

 ファンセの持っているペンダントと全く同じものだ。


 すると、メルロの後ろの方で俺たちの話を伺っていた劇団員たちがソワソワとした。


 一人の男がズカズカと歩いてきた。

 金髪の優しげな雰囲気の男だ。


「ダレックス……」


 ファンセがピクッと身体をこわばらせたが、俺はそっと手を握った。

 

 路地裏では歌姫に襲われていたから顔までしっかりと見れなかったが、よく見たらこいつがあの映像に映っていたひとりか。

 

「やあ、ファンセ。驚いたよ。最近、体調を崩して休んでいたと思ったら……まさか男とできていたなんてね?君は、我々『劇団ララビッツ』の看板女優だろ?勝手に辞めるつもりかい?」

「……いいえ、女優を辞めるつもりはないわ」

「そうか。でも君の人気が落ちれば、この劇団にだって影響が出ることくらい予想がつくだろ?」

「だから私とジョンさんと付き合うことは許可できないってこと?」

「そうだね。きっとみんなも同じ気持ちだろ、セカレス?」

「そ、そうだ!兄貴の言うとおりだっ!」


 赤毛で短髪の男が後ろから言った。


 しかし、他の劇団員たちは何も言わずにソワソワとしているだけだ。


 ……まあ、今日はこのくらいか。

 色々と劇団の雰囲気もわかったことだしな。 


 それにしてもこの二人が本当にネックレスだけを奪おうとしているだけなのか。

 それともファンセの命までも奪おうとしているのかまではわからない。


 流石に手掛かりとなりそうな言動はなさそうか。

 

「……それでは、私とファンセはこれから式場の下見をしなければならないので失礼させてもらいます」

「へ?」とファンセが驚きの声を上げたため、俺は咄嗟に耳元に近づいた。

「――いいから合わせろ、女優だろ?」

「わ、わかった」


 こくりと小さく頷いて、ファンセはお辞儀をした。


「私はこの仕事を辞めるつもりはありません……でも、お腹の中にいる赤ちゃんのこともあるから、少しだけ劇団は休ませてください」

「――っ!?」

「そ、そうだったの!?」


 メルロさんは驚きの声をあげて、ピコピコとウサ耳を動かした。


 ――流石に、話を盛りすぎだろっ!?


 その後、祝福の雰囲気に包まれたが、若干二名はイラついたような表情をしていた。


 俺たちは劇団を後にした。


  ▲▽▲▽▲


 俺はファンセの腕を取ったまま歩き続けた。

 尾行はいないようだな。


 劇場のある大通りから薄暗い路地裏に入って、人気のないことを確認して立ち止まる。


「ねえ、ジョン?ほんとにこれで良かったのかしら」

「ああ、しばらくの間は俺に意識が向くはずだろう。ぽっとでてきた怪しい画家があんたの婚約者になったんだから、焦って調査でも始めるだろ。だから、あんただけがすぐに襲われることはないだろうな」

「……そう」


 どこか納得のいかない表情だった気がするが、ファンセは緑色の髪をクルクルと指先で弄んだ。


 ここは……念のために空間魔法を使って、ファンセだけでも宿へと返したほうがよさそうだな。


 それに腹黒聖女様が一体全体何を考えているのか直接本人に確認する必要もあるしな。

 ただその前に『ダレックス』とかいうあいつについては調べておいた方が良いだろう。

 

 何か企んでいそうな雰囲気も感じたしな。


「なあ、歌姫?」

「ファンセでいいわよ」

「じゃあ、ファンセ。少し部屋で待っていてくれ」

「私が一緒じゃ……邪魔ってこと?」

「わざわざ街中をうろうろして危険に首を突っ込む必要もないだろ」

「それは……そうね」

「じゃあ、ここまできた時のように俺にしがみついてくれ」

「うん……」


 こくりと頷いて、ファンセは俺の腕をしっかりと握りしめた。

 そしてエメラルドグリーンの瞳が閉じられた。


 わずかな浮遊感とともに一瞬で転移した。

 

「もう目を開けていいぞ」

「……ん?いいの?やっぱり『目を閉じたままじゃないと使えない』とはいえ、目を閉じたまま移動するのには慣れないわね」

「ああ……そうだな。それが魔道具を使うための条件だから仕方がない」


 そういえば、俺が空間魔法を使えることを黙っていたんだった。

 魔法に詳しくない素人相手だと案外簡単に信じてくれて助かったが。


 ちょこんとソファーに腰掛けて、ファンセが俺をみた。


「ここにいれば、本当に安全なのよね?」

「ああ、それは心配ない。ここの宿のオーナーは貸しがあるから、俺たちの存在が外部に漏れることはまずない……といっても、ファンセ、お前が勝手に出て行かなければの話だがな」

「わかっているわよ……勝手に逃げたりなんてしないわ。だってジョン・ホッセン——いえ、ブール、あなたに頼るしかないもの」

「どういうことだよ?それに誰から俺の名前を聞いたんだ?」

「あなたのお師匠さんからよ」


 ファンセはそう言って微笑んだ。


 そうか……この歌姫は初めからわかっていたのか。

 腹黒聖女が俺といることについて知っていたんだ。

 だから腹黒聖女を通して俺に接触しようとしていたのか。


 くっそ……腹黒聖女様といい、この歌姫といいなんで俺の関わる女はこうもめんどくさいやつばかりなのか……。てかどこまでまわりくどいことをしているのか。


 いや今はそんな愚痴を言っている場合ではない。

 問題は……なぜ師匠が俺に接触するように言ったのかだ。


「ふふ、そんなに怖い顔しないでよ。ほら手紙を預かっているから」


 ファンセは一通の手紙をローブから取り出した。

 どうやら魔法がかけられているようだ。

  

 懐かしいな。

 師匠が暗号魔法の修行の一環と称してわざと難しい暗号を付与して、俺がそれを解読魔法を用いて復号していた。


 俺と師匠だけのやりとりだ。


 俺はファンセの前で手紙を広げて、解読魔法を使った。


 すると青白い文字が浮かび上がってきた。

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