第4話 詐欺師、歌姫の言い訳を聞く

 ベッドに寝そべっていたファンセはニヤっと嫌な笑みを浮かべた。


「それで、あなたはルヌーズさまとどういう関係なの?」

「別になんだっていいだろ」

「へーそんなこと言える立場かしらー」

「……なんだよ?」

「私、ルヌーズさまとお友達なんだけど」


 バタバタと素足を動かして、ファンセは俺を挑発してくる。

 どこか楽しそうな表情で、鏡越しにエメラルドグリーンの瞳と合った。


 現在。

 俺たちは一旦宿に身を潜めることにした。


 と言っても普通の宿じゃない。

 俺が王宮魔術師からトンズラした時に利用した闇ギルドの運営する宿だ。

 まあ表向きは単なる高級宿になっているが……。


 金さえ払えば身を隠してもらえるため、仕方なく王都に訪れる時によく利用していた。


「……脅しているつもりか?」

「そうなるかもね?」

「勝手にしろ。俺はお前の厄介ごとに首を突っ込んでいられるほど暇じゃないんでね」

「はあ……あなた、魔術師でしょ?それも一瞬で顔を変えられるほどの高度な幻影魔法の使い手かしら?この話だけでもルヌーズさまに伝わったらどうなると思う……?」


 ふん、残念ながら不正解だ。

 俺が使ったのは幻影魔法じゃない。

 空間魔法だ。

 単に空間魔法を応用して周囲の光を屈折しただけの話。


 だから仮に幻影魔法の使い手が王都にいることをリークされたとしても的外れな人探しとなるに違いない。


 ……でも、あの勘の良いルヌーズのことだ。

 油断はできないしな……。


 ――ああもう。面倒だ。

 聞くだけ聞いてやるか。


「……俺に何をさせたいんだよ?」

「ふふ、これもマリアリア様のお導きね」

 

 意味深に微笑んで、歌姫は身体を上げた。

 ペタペタと素足のままベッドから降りて、俺の腰掛けるソファーへとすとんと腰掛けた。


 微かにアロマのような香りが鼻腔をくすぐった。


 エメラルドグリーンの瞳が俺を真っ直ぐに見た。


「あなたのような魔術師と偶然出会えるとは思ってもいなかったわ。でもよかった。これで奴らの思惑通りになんかさせない」

「奴ら……?」

「まずは、この魔法石を見てちょうだい――」


 そういって歌姫は色白い首元にかけられていたペンダントを取り出した。


 ……ペンダントに大きな魔石が一つ組み込まれている。

 この魔石に何か魔法がかけられているのか?


 いや、すぐにわかった。


 映像を記憶する魔法だ。

 

 歌姫が魔石に触れた瞬間に投影魔法が発動した。


 どこかの宮殿内で王子らしき人物と先ほど追ってきた二人組現れた。

 薬草の出荷を許可する書類……?を受け取っている場面だ。


 そしてすぐに場面が反転した。

 二人組が劇団の舞台上で演技しているところのようだ。


 あの二人は俳優だったのか?


 また場面が反転した。

 二人組の男が深夜、どこかの高級そうな宿をノックした。

 コソコソと誰か――おそらく男に何かを渡している。


 その後で、その男たちは近くの部屋に入って行った。


 また場面が変わった。

 なぜか向かい側の部屋の窓を見ているようだ。

 いや、よく見たら、カーテンの隙間から二人組の男たちの姿が見える。

 二人はどこか笑いを堪えているような仕草をしているのが見える。


 目の前では男女の二人組がけいれんしているのが見える。

 ラリっているのだろう。

 視線が定まっていない上に、半開きになった口元からダラダラと唾液が溢れているようだ。


 それに地面には失禁でもしたのだろうか絨毯が湿っている。


 この映像を撮っている人物も驚いたのだろう。

 ひっくり返るようにして視点が揺れたところでプツンと消えた。 


「これは――」

「私の所属する劇団は、ホーロビール小王国と裏で繋がって違法薬草である『ヘロベロ草』を売り捌いているみたいなの」


 歌姫はどこか悔しそうに下唇を噛んでいた。


 えーこれ絶対に面倒な事件じゃん。


  ▲▽▲▽▲


 結論を述べよう。

 やっぱり面倒ごとだった。


 それも小国とはいえ一国家と共謀してグリーズ王国の劇団が違法薬草をグリーズ王国内で売り捌いている話だ。


 しかもホーロビール王国の方は、ガチガチに王子様が関わっているときた。


 ……もう厄介ごと以外の何物でもないだろ。


 でも、この歌姫様はなぜか出会って数時間程度の俺にも話してくれた。


 この違和感なんだろうか……。

 いや既視感とでもいえば良いのか。

 以前もこんなことがあった気がする。


「これを信頼できる人に渡そうと思ったのだけど……その前で彼らにバレちゃったの」

「……この映像を記録したのは、お前なのか?」

「いえ、違うわ。もう死んでしまったわ」

「そうか……お前の他にこの映像を存在を知っている者はいるのか?」

「いえ、劇団長もグルかもしれないと思ったら……誰にもいえなかった」


 つまり、孤立無援ということなのか。

 

 しかし今回の件は、俺では協力できそうにないな。

 これは明らかに俺の範疇を超えている。


 なんせ小国といえホーロビール王国という一国家が関係している話だ。

 確実に外交問題へと発展する。

 大人しく然るべき機関に託すのが筋というものだろう。


「王国騎士団の連中には密告したのか?」

「……できなかった」

「……どういうことだよ?」

「誰を信じればいいのか――わからないのよっ!あの二人は孤児院で育った私に一から演技を教えてくれたお兄ちゃんみたいな人たちなのっ!それなのに……ずっと良い人たちだって……思っていたのにっ」

「だから信頼できる人とやらに渡そうとしたということか」

「ええ」

「それで誰なんだよ、その信頼できる人物というのは?」

「聖女ドーレさま」


 ああ、そういうことかよ。

 

 やられた。

 あの腹黒聖女――俺とこの歌姫を引き合わせたかったのかよ。

 何が『トロピカルンジュースが飲みたい』だ。


 俺と歌姫を合わせるためだけに心眼を使ったのか。


 俺にわざわざ王都まで行かせて、ハクウレ商会からどのようにして帰ろうとしたのかを見通したのか。


 あるいは単にお尋ね者である俺がハクウレ商会の近くの路地裏――人気のいない場所から転移することを予想していたのか。


 あの腹黒聖女はあらかじめ時間を指定しなかったくせに……よくもこんな芸当ができるものだ。


 本当に心眼使いは厄介だな。


 いや、今はそんなことはどうだっていい。

 

「なぜお友だちの王女様が現れた時にそのペンダントを渡さなかったんだよ?」

「それは……あなたが強引に私のことを連れ出したからでしょ……?」

「……」


 あ、そういえばそうでした。


 くっそ……腹黒聖女様の掌で転がされていると思うと癪だが、キリの良いところまで手伝うしかなさそうか。

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