第3話 詐欺師、休憩する

 俺はストローをくわえて、チューチューとトロピカルンジュースを飲んでいた。

 目の前では同じく銀色の伊達メガネをしたファンセがジュースを飲んでいる。


 先ほどの服売り場を後にして、トロピカルンジュースを買いに行くことになった。


 元々買い直す予定だったため渋々歌姫からの提案を受け入れて、俺は一緒に行動することにした。


 決して『奢ってあげるから』などという低俗な条件をエサにつられたわけではないのだ。ただ単に詐欺師もたまには休息が必要なだけだったのだ。


 そして店舗の前まで来たところで既視感のある行列を目にした。

 面倒だったが行列に並び直そうとした。

 しかし結果的にそんなことはせずに済んだ。


 どうやらこの歌姫様は懇意にしているらしい。

 店員がすっ飛んできて、すぐに手配してくれた。


 いやマジで数時間も並んでいたのがバカみたいだった。


 まあ楽にジュースを買い直すことができたため、それは良かったんだけど。


 ちなみに聖女様の分のジュースは空間魔法で閉まっている。


 正直、こんなことで貴重な魔力を消費をしたくなかったが仕方がない。


 そして現在、ハクウレ商会の所有しているテラス席で向かい合っていた。

 このテラス席が一部の貴族しか利用できない特別な場所らしいため、俺たち以外に誰もいない。


「……って、こんなことしている場合じゃない」

「急に何よ?」

「あんた、追われているんじゃないのかよ?」

「ふふ、まあそうね」

「だったらこんなところで呑気にお茶を楽しんでいる場合じゃないだろ?」


「問題ないわ。この商会には貸があるの。だから商会の外に話は漏れないわ。それにこのテラスは限られた人しか入れないの――私が持っている特別な会員証が必要なの。このテラス内だけじゃなくて、庭園全体といった方がいいけど、ここでは誰とあったのか、何の話をしたのか、全て魔法によって外部に漏れないように制約をかけられているのよ。何でもかの有名なタシュ・ソレド様がお造りになったらしいわ」


 歌姫は緑色の長い髪をかきあげた。


 ……師匠が作った魔法庭園か。

 だから、どこかで見たことある魔法の気配がしたのか。


 それにこの庭園自体がまるでどこぞやの高貴な身分の子女と人目を気にせずに密会できるような場所として作られている気配がする。


 あの女たらしのダメ師匠……


 いや、今は師匠のことは置いておこう。


 今の問題は、歌姫の方だ。


「……こっちはあんたに付き合っている暇はないんだ」

「もう少しくらいデートを楽しみましょ?」

「断る」

「あら、それは残念」


 全然これっぽっちも残念そうな表情なんてせずに歌姫は微笑んでいる。


 この女が何を考えているのか知らんが、とりあえず話を進めさせてもらう。


 こんな王都のど真ん中でかつての魔術学院の旧友たちや王宮魔術師として勤務した同僚になんか会ってみろ。


 特に王宮からは色々とくすねて逃亡したんだ。


 マジで見つかったら洒落にならん。


「それで誰に追われていたんだよ?」

「……ちょっとね」

「ああそうかよ。話したくなっていうんだったら、俺は帰らせてもらうぜ」

「それはやめた方がいいわよ」

「……どういうことだよ」

「さっきも言ったでしょ?あなたはすでに私の仲間だって彼らには思われているって」

「意味わからん。俺は訳もわからずに巻き込まれただけだ」

「彼らはそうとは思わないって話よ」


 歌姫のエメラルドグリーンの瞳が少し細められた。


 何を言いたいのかわからない。

 彼らって誰だよ?


「あんたとの駆け引きなんかしている余裕は――っ!?」

「あら、そこにいらっしゃるのはファンセさんではありませんか?」

「こんにちはグリーズ王国第二王女――ルヌーズさま」


 ファンセは咄嗟に立ち上がって、お辞儀をした。

 

 まずい。

 ルヌーズだと!?

 くっそ、なんとかこのままモブとして背景になるしかない。

 とりあえず顔を伏せて、背を向け続けるとしよう。


「やはりファンセさんでしたか。先ほど商会のものたちが噂していましたよ?お忍びで有名人が訪れているようだと。ふふ、そのメガネお似合いですよ」

「ありがとうございます。先ほど買ったばかりなんです」

「ところで、ご一緒にいる殿方は?」

「ええ、彼は――そういえば名前はなんていうの?」


「初めまして――」


 咄嗟に空間魔法を使って顔の周囲を屈折させて、俺はかつての旧友である王女様へと振り向く。


 真っ白く長い髪、ライトブルーの大きな瞳、小さな桜色の唇、今にでも壊れて消えてしまいそうな華奢な身体は、相変わらず眩しいほどの輝きを周囲に放っていた。


 ライトブルーの瞳が一瞬、驚きで見開かれた。


「ブール様――っ!?」

「……?私はジョン・ホッセンと言います。しがない画家です」

「この男がどうかなさいましたか、ルヌーズさま?」

「いえ……知り合いに見えましたが、見間違いのようでした」


 ふふと儚げに微笑んで、王女様は何かを誤魔化した。


 ――あっぶねー!

 マジで咄嗟に魔法を使って良かったぜ。

 てか、なんでこんなところにルヌーズがいるんだよ!?


 王女様は大人しく王宮で公務でもしていろよ。

 

 いずれにしてもとっととここから退散させてもらうぜ。


「ハハハ、私はどこにでもいるような顔のしがない画家崩れですからね」

「ご不快な思いをあたえてしまいましたよね?申し訳ありませんでした」

「いえいえ、こうして王女様とお話ができて良かったですよ。では、私たちはこのあと用事がありますので失礼させてもらいますね。さあ、ファンセさん、我々は行きましょか?」

「え?」


 俺は咄嗟にファンセの手を掴んで引き寄せた。

 フワッと淡い緑色の髪が舞って、微かにミントの香りがした。


 ファンセは頬を朱色に染めて、俺を見つめた。

 どこか少し戸惑ったような声で言った。


「……その顔どういうことよ?その話し方も気持ち悪いし」

「今はいいからこっちに来い」

「わ、わかったわよ」


「どうかなさいましたか?」


 王女様はキョトンとした表情になった。

 俺はとびっきりの笑顔を浮かべて、ファンセから離れた。


「いえ、やっとご多忙なファンセさんを描くことができますので、少しの時間も惜しいなと思いましてね」

「そうでしたか、それはお邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした」

「いえいえ、それではこれにて失礼致します」


 強引に話を終わらせて、俺はファンセの手を掴んでテラスから足早に去った。


 なぜかファンセは無言でついて来てくれたが、この時はまだ気が付いていなかった。

 この歌姫の厄介な企みを――

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