第2話 詐欺師、一緒に逃走する

「ねえ……」

「……」

「ねえってば」

「……なんだよ」

「あなたは何を買いに来たの?」

「……トロピカルンジュースだ」


 現在俺は厄介な女に付き纏われている。

 先ほど強引に口付けをしてきた女。

 

 なぜか引っ付くようにして俺の腕を取って歩いている。


 もちろん、俺も初めは抵抗した。

 しかし、どうやらこの女は小賢しいらしい。


 路地裏から表の道路へと出た瞬間に人ごみがいる中で叫びやがった。


『あなた、待ってよっ!』

『……?』

『私のことを捨てるっていうの!?お腹には、あなたの赤ちゃんだっているのよ!』

『――!?』


 ウソでしょ。

 衆人環視の中で、痴情のもつれを演技し始めたんですけど。

 

 ローブの女はなぜか泣きながら俺に向かってきた。

 しかもなぜか自分のお腹を優しくさすっている。


『うっ……私たちのこと捨てないでっ』

 

 そう言って俺の腕に抱きついてきた。


 ゾワゾワと通行人たちが俺へと視線を向けてくる。


 『やり逃げ?』『あの人、赤ちゃんを捨てるって』『見ちゃだめよっ!』などという声が聞こえ始めた。


 くっそ、仕方がない。

 俺はローブの女の手を取って歩いた。


 そして現在に至る。


「それであんたの目的はなんだよ?」

「ねえ、この服どうかしら?」

「って聞いていないし」


 いつの間にかケロッとした声でローブから顔を出してハクウレ商会のデパートで服を選んでいる。 

 どうやらいつまでも汚れたローブを着ていたくはないらしい。

 追われている身のくせにオシャレには気を遣う余裕はあるのかよ。


「うん、これに決めたわ。試着してくるわね」

「ああそうかよ」


 よし、この隙にとんずらさせてもらうぜ。

 とっととトロピカルンジュースを買い直しに行くとするか。


 それにしても先ほどから店員やすれ違うお客さんがこちらを見てくるような気がする。


 いや正確には、俺ではなくてこの薄い緑の長い髪の女の方だが。


「ああ……言い忘れていたわ」

「なんだよ」

「逃げ出しても意味ないから」

「……」

「だって、あなたは気がついていないみたいだけど――すでにあなたが私側についたことは彼らに把握されてしまっているはずだから……今、私のそばから離れない方がいいんじゃないかしら?」

「は?」

「ふふ、あとで説明するから、大人しくしていてね?私のナイト様?」


 ぱちっとエメラルドグリーンの瞳でウィンクして、意味深な言葉を残して試着室へと行ってしまった。


 意味がわからん。

 『私側についた』とはなんだ。

 何の話をしているんだ?


 てか、明らかにやばい奴らに目をつけられたっぽいな。

 くっそ、腹黒聖女様の次は得体の知れない女かよ。


 マジでついていない。


 そんなことを思っていると、ハクウリ商会の店員さんがなぜか俺に話しかけてきた。

 あたりをキョロキョロと見渡してから、さっと近づいてきた。


「あのお客様……」

「はい?」

「あの――お客様一緒にいらした彼女さんですが……女優のファンセ・ヴェルテ様ですよね?」

「……え?」


  ▲▽▲▽▲


 どうやら俺のことを付きまとっていたのは、女優ファンセ・ヴェルテという巷で有名な歌姫らしい。


 どうりであの女がローブを取ってから俺たちのことをジロジロと見てくる人が多いと思った。


 てか巷で有名な女優とやらが追われているって……明らかに厄介ごとだろ。


 最低最悪の状況だ。

 いや災厄の状況だ。


 ただでさえ腹黒聖女様の相手をしなければならないというのに……。


 そもそも『彼ら』と呼ばれている誰かから追いかけられており、そいつらから逃亡しているはずだ。

 それなのになぜ今になってデパート内ではローブを脱いで、素顔をさらしているのか。


 しかも呑気に買い物なんてしているではないか。


 くっそ……何か嫌な予感がする。


 そんなことを考えていると、満足げな表情でファンセがやってきた。

 

 緑色の長い髪をばさっと靡かせて、俺を前で一回転した。

 どうやら感想を述べろとでも言いたいのか。


「……いいんじゃないか」

「何よ、ちょっとは喜びなさいよ」

「……う、うわー。すごいなー可愛いなー」

「棒読みがいただけないわね」

「っち」


 くそめんどくさい女だ。

 しかしこれ以上、相手のペースにのさられてたまるものか。


 こっちはとっととお使いを済ませて、帰りたいんだからな。

 

「それで……今人気の歌姫さんが知らない男と一緒にいて良いのかよ?」

「あら。私のこと知っているのね」

「ああ、さっき店員さんに聞いたからな」

「ふふ、まあいいわ」と言ってからファンセは回れ右をして、先ほど俺に話しかけてきた店員のところへと行ってしまった。


 どうやら着替えた洋服を買い取るらしい。


 話の途中でいなくなるとか……なんて自分勝手なやつなんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る