第10話 詐欺師、身から出た錆となる

 後日談。


 西方地区の大司教トテル・スクレプスが教会への反逆罪で捕まったという見出しの新聞がナンタンタン中で読まれていた。


「あの大司教、闇魔術の儀式で、王宮から盗まれた絵画に封印されていた魔物を解放しようとしていたんだってよ?」

「いや、それだけじゃないぞ!なんでも、西方地区の寄付金を自分のものにしていたらしい」

「くっそ!どうりで西方地区の教会の奴ら、羽振りがいいと思っていたんだよ!」

「それにしても西方地区の貴族様たちは、今頃、かなり怒り狂っているって話だぜ?」

「マジかよ、グリーズ王国貴族様と教会どちらも裏切ったのか?あの大司教、異端審問が始まる前に、誰かに殺されるんじゃないのか?」


 街中を歩いていると、流行りのコーヒー喫茶からそのような話声が聞こえてきた。


 あの大司教に渡したマジックアイテムは、魔力を生成する装置なんかではない。闇魔術を行使するための魔法具だ。


 そして、闇魔術は教会で最も忌み嫌われている魔法。

 そんなものを教会内で使えば、すぐに聖騎士が嗅ぎつけるに決まっている。


 あの大司教に空間魔法で認識を阻害させることで簡単に騙すことができた。それにしても、あのデブ、俺の画廊の奥に入った瞬間に禍々しさを感じ取ったのは、腐っても教会の人間だと感心したんだが……結局、渡されたマジックアイテムがどんな原理で魔石を生成できているかまではわかっていなかったらしい。


 ふん、封印を解くにつれて、魔石が生成されるという単純な話だ。

 と言っても封印が解かれるにつれて危険度も増す。

 特に魔力がない人間が使うと闇魔術を行使する際に生命を削ることになる。


 だから、封印が全て解かれる前にはチーン、お陀仏、ということだ。


 何にしてもとりあえずのところ聖女様からの面倒な依頼は終わらせた。


 とっとと、この厄介な街——ナンタンタンから逃げさせてもらうぜ。

 

 とっても画廊で取り扱っている大量の作品たちを空間魔法で収納しているから、自分を転移させるための魔力がほぼ残っていない。


 画廊で扱っている宝石類や魔石類——それもかなり厄介な魔力の込められているマジックアイテムを丁寧に空間魔法で収納し直すだけで、夜が明けてしまったではないか。


 結局、徹夜で荷造りをしてしまった。

 この寝不足の頭で次の街へと転移魔法なしで行くしかないと言うのは、いささか困ったものだ。


 くっそ……本来であれば、もう少し売り捌いてからとんずらする予定だった。しかし、聖女様に詐欺師であることがバレている可能性が高い以上、呑気にいるわけにもいかない。


 とにかく一刻でも早く、ここから逃げなければならない。


「……さん!」

「……」

「ジョンさんっ!」

「——っ!?」


 いつの間にか、ローブ姿の女が俺の隣にいた。

 

 おいおい、こっちはわざわざ認識阻害のローブを被っていると言うのに、全く効き目がないのかよ!?


 心眼というのは本当になんでも見通すことができるのかよ!?

 卑怯すぎるだろうが!


「えっと……やっぱり、ブールさんとお呼びした方がいいのでしょうか?」

「これはこれは、聖女様。奇遇だな!……では、俺はこれで失礼させてもらう!」


 すぐにローブが俺の目の前に立ち塞がった。

 そして、ローブの奥から聖女様の優しい声が聞こえた。


「……どこへ行こうと言うんですか?」

「どこだっていいだろ?」

「……そうですか。では、最後ですから……少しだけあちらでお話ししませんか?」


 そう言ってローブを翻して、聖女様は人気のいない路地裏へとスタスタと歩き始めた。

 

 おいおい、俺はまだ頷いていないぞっ!

 ああもう……ついて行くしかないのかよっ。


  ▲▽▲▽▲


 聖女様は、なぜか結界魔法を使い周囲から誰も寄せ付けないようにした。

 その後で、ローブから顔を出した。

 フワッと金色の長い髪が舞って、好奇心の強そうな黄金色の瞳と視線があった。


「先ほど画廊に顔出したんですが……もぬけの殻だったんで驚きましたよ?」


「それで、何の用だよ?依頼は完遂させただろ?」


「ふふ、ブールさん、やっぱりあなた面白い人ですっ!」


「は……はい?」


「私、決めましたっ!ブールさん、本当に絵師として教会に身を置いてください!」


「あのな……聖女様、アンタだってとっくに気がついているんだろ?絵師っていうのは俺の設定の話なんだよ。だから俺には絵心なんてこれっぽっちもないの、わかる?」


「ふふ、そんなことは知っていますよ、詐欺師さん?」


「だったら——」


「ああ、いえ、それも設定の話でしたよね?だって、ブールさん……本当のあなたはグリーズ王国の王宮魔術師ですものね?」


 聖女様は、ニコッと笑みを浮かべた。

 

 心眼というやつは、本当に何でもかんでもお見通しってことなのか……卑怯にも程がある。


 つーかこれ不味くないか。

 経歴まで見通すこともできるのだとしたら……もしかして俺の思考も全て読めてしまうのではないか?


 いや、狼狽えている場合ではないな。


「ハハハ、俺はただの詐欺師だぜ?王宮魔術師?何の冗談だよ」


「……どうしましょうか。もしも断るっていうのでしたら、私にも考えがあるんですよね」


「何だって言うんだよ?」


「ふふふ、グリーズ王国の宮廷では、今でもあなたのことを探しているみたいですよ。特に第二王女様が熱心に探しているようですので……あなたのことを伝えたらどうなってしまうのでしょうかね?」


 聖女様は、濁った瞳で俺を見つめた。


 まるで絡みつく植物モンスターのようだ。

 濁った視線が俺の身体をがんじがらめにまとわりつくかのように思えた。

 

 ああ、わかった。

 これが本当の聖女様なのだろう。

 

 何が誰にでも優しい聖女様だよ!?

 全く優しくないだろ!


「勝手にしろ!誰かに使い潰されてたまるものかっ!」


「ふふ、わかりました。ですが——」と聖女様は冷めた笑みを浮かべて「私の心眼は、どこに行ってもあなたのことを見つけられますよ」と言った。


「ああ、そうかよっ!」


「それと、私の力ならば……お師匠さんの居場所を見つけることに協力できるかもしれませんよ?」


「……」


 師匠を見つけることができるだと……?


 確かに心眼の持ち主であれば、簡単に人探しなんてできるんじゃないのか。

 

 心眼の発動条件とか制約条件は知らないが、俺が地道に金と時間をかけて今どこにいるのかすらもわからない師匠を探すよりは明らかに効率的ではないだろうか。


 ……背に腹はかえられぬ、というやつだな。


「わかった。聖女様、あんたが何を考えているのか知らんが利用されてやるよ」


「ふふふ、ありがとうございます」


「ただし師匠の居場所を探し出すのには、絶対に協力してもらうからなっ!」


「ええ、聖女ですもの嘘なんてつきません」


 そう言って、聖女様は満足そうに笑みを浮かべた。

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