第8話 詐欺師、準備をする
それからの数十日間、俺は詐欺師としての仕事に勤しんだ。
入念な準備をし続けたと言っても過言ではない。
と言っても行った事といえば、主にデブから信頼を勝ち得る事だったがな……。
正確には信頼というよりも羽振りがよいという印象を与える事だ。
まあ要するに金目のものを持っていることのアピールだ。
だからこそ時間を見つけては骨董品の数々を見せつけるようにして、いや見せびらかすようにして、来る日も来る日もデブへと近づいた。
そう。
だから俺は偶然を装って、大司教の生活圏である西方地区を巡りに巡った。
正直なところ帳簿の帳尻が合わないだけでは『部下が勝手に不正したんだ!俺は何も知らなかった!』と言い逃れできてしまうからもっと確かな根拠が欲しかった。
手っ取り早く寄付金を不正に搾取している明確な証拠。
と言っても流石にデブもただのバカなデブではなかっため、不正へと繋がる証拠をどこから手に入れるべきか考えた。
一番シンプルなのはデブの悪趣味を見つけ出してその事実とやらを聖女様へとリークするのが早いだろう。
しかし……腐っても大司教だ。
フランからの情報通りいかがわしいお店に行くでもなく、ギャンブルに浸っているわけでもなく、至って聖職者らしい節制な生活をしているみたいだった。
だからこそ、身につけている宝石や魔石類を手にしていることが不自然に思えた……。
そのような思いと共に俺はデブと遭遇するという苦行を始めた。
▲▽▲▽▲
例えばあるときは路地裏で遭遇した。
俺は全くと言っていいほど自分に似合っていない大きな魔石の埋め込まれた指輪を両手にこれでもかとはめた。
「これはこれは、奇遇ですね!大司教トテルさん!」
「おージョン殿、このような路地裏ですれ違うとはなんという偶然か!ガハハハ!」
「私はそこの宝石商で指輪を購入してきたところだったんですが、デ——トテルさんは、このような路地裏で何をなさっていたんですか?」
「薬草を購入に来たんですよ」
デブはそう答えたものの、ねっとりとした視線は俺の指輪へと注がれていた。
ふん、一応、魔石へと興味はあることは確かのようだ。
ただしまだこのデブを釣るようなことはしない。
購買欲……いや、物欲とでも言えば良いのか。
欲望をかき乱して最後に釣り上げてやるよ……。
▲▽▲▽▲
また、あるときは貴族様向けの食事処で遭遇した。
ユニコーンのツノで作られたとされるネックレスをジャラジャラと見せつけるように身につけて、俺は一口で食べ終えてしまうような分量をちまちまと口にしていた。
すると、向かいからお供を引き連れた巨体な男が現れた。
「これはこれは大司教トテルさん、奇遇ですね」
「おお、ジョン殿もここで食事をしているとは!」
「新鮮なモンスター料理が絶品ですね」
「そうですな!ここは——」
デブは何かを言いかけてすぐに俺の首元に視線が固定された。
ふん、その後で誤魔化すように『王宮の元料理長が開いたお店なんだ』とかなんだか言っていた。
さてさてまだ商談は持ちかけない。
もう少しデブの物欲を惹きつけさせてもらうよ。
▲▽▲▽▲
……と思っていたのだが、この日、俺は聖女様にお呼ばれしていた。
扉の前で猫族の護衛ルナードがいたが、会釈だけして入室しようとした。
しかし、ルナードはなぜか親の仇でも見るように睨んできた。
全く……人のことを裏でコソコソと調べておいて何もないことがわかったはずなのにここまで辛辣な態度で接することもなかろうに……。
俺は気がつかないふりをした。
部屋に入ると、聖女様は涼しげな表情でにっこりと笑みを浮かべた。
「お久しぶりですね!調子の方はいかがですか?」
「いたって順調だよ」
「ふふ、それはよかったです」
「……」
「それで大司教の件ですが……最近またしても身なりが派手になったように思えるのですが……」
聖女様は、スッとエメラルドグリーンの瞳を細めた。
まあ、心配になるのもわかる。
大方、俺も大司教側に寝返って秘密裏に高価なものを渡しているとでも思っているのかもしれない。
「そろそろ釣られるはずだ。だから少し待ってくれ」
「……わかりました」
一瞬、聖女様は何かいいたげに俺の名前を呼んだ気がした。
聖女様が何を言いたかったのかはわからない。
そもそも俺を巻き込んだ本当の思惑すらわかっていないのだから気にしたって時間の無駄だろう。
「ああ、そうだった。聖女様、あんたに聞きたいことがある」
「なんでしょうか……?」
「あんたの護衛——ルナードと言ったか?あいつがコソコソと俺のことを嗅ぎ回っているみたいだが、何も説明していないのかよ?」
「そうでしたか……申し訳ありません。余計なことを話してあの子を巻き込みたくなかったんですが……どうやら裏目に出てしまいましたね」
聖女様は独り言のように呟いた。
なるほど教会内でも聖女様の立場とやらはどうやら危うい状態らしい。そういえば、フランが言うには『教会にとって、聖女様はお飾りとしての役割しか期待していない』などと言っていたのだったか。
ふん、実質的にそこまでの権力を持ってはいないと言うことなのかもしれない。
だったら俺が逃げ出すことも容易にできるんじゃないのか。
……いや、だめだ。
心眼を持っているのだから俺が詐欺をおこなってきたことなんてバレているに決まっている。それを王国にでも密告されてしまったらそれこそ終わりだ。
一生、王国の奴隷として働かせられるだろう。
そして師匠の件もある。
働いた金は全て借金の返済に充てられることだろう。
たまったもんじゃない。
俺が黙っていたからだろう。
聖女様は黄金色の瞳を伏し目がちに少し申し訳なさそうにした。
「その……ジョンさんの邪魔はしないようにしますので、どうか最後まで教会の浄化のためにご協力をお願いいたします」
「別に責めているわけじゃなくて……その、なんと言うか……とにかく気にするな」
「ありがとうございます」と聖女様は儚げに微笑んだ。
「そ、それよりも、あのデブを騙すための段取りだが、聖女様が最も信頼できる聖騎士は誰かいるか?」
「私が最も信頼できる聖騎士ですか?でしたらすでにジョンさんもお会いしていますよ……?」
「おいおい、もしかしてルナードのことか?」
「ええ」
マジかよ。
全然聖騎士らしくないだろ。
聖騎士といえば教会の武力行使機関とも言われるくらいに手洗い連中の集まりのはずだ。その上、信仰に厚いから面倒な性格の奴らなのだと、師匠からは教わっていたが……。
まあ、面倒な性格であることは間違いないのだろうが……。
あれ待てよ……ああそうか。
利用できるかもしれないな。
「聖女様、前言撤回だ」
「……?」
「先ほどルナードについて色々と言ったが、一旦忘れてくれ。自由に俺のことを嗅ぎ回ってくれて構わない。てか、むしろもっと監視の目を増やすように聖女様から助言してくれ」
「どのような意図があるのかはわかりませんが……わかりました。ジョンさんにもお考えがあるのでしょう?」
「ああ」
困ったように思案した後で、聖女様は頷いた。
その後、俺たちは別れた。
部屋を出た後で相変わらず親の仇でも見るような目でルナードから厚いラブコールをもらったが無視した。
いや、馬鹿にするように笑い返してあげた。
するとルナードは『——何がおかしいっ!?』と怒った。俺は挑発するように『せいぜい、頑張ってくれ』と言い残してその場を後にした。
……少しやりすぎたかもしれない。
なんせ背中越しにひしひしと魔力を感じたから……。
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