第7話 詐欺師、旧友と会う

 バタンという音とともに、画廊の奥のドアから人影が現れた。

 少し引き攣った笑みを浮かべた端正な顔の男が陽気な声で言った。


「いやー。待たせたなー。てか、何度お前の空間魔法で転移を経験しても奇妙な感覚は残るよな?慣れねーつーか」


「遅かったなフラン……って、なんだその薬剤師のような白い格好は?」


「あー」と赤い髪をガシガシと掻いて、情報屋——フラン・ルルージュは一瞬思案したが、すぐに「今は、薬剤ギルドに潜入しているんだよ」と答えた。


 フラン・ルルージュ。

 グリーズ王国魔術学院で同級生だった男。

 グリーズ王国の宰相を務めているルルージュ家の息子。

 現在は王国の暗部に所属していおり、同時に闇ギルドにも潜入している二重スパイ。


 そして——俺が空間魔法を使えることを知っている人物。


「それで用件はなんだ?またお師匠さんの情報が欲しいのか?居場所は知らんが——」


「いや、今回は違う。あのクズ師匠のことじゃなくて、この街——グリーズ王国の南端に位置するナンタンタン。この西方地区の教会を統括している大司教トテル・スクレプスについての情報だ」


「ほおー。ブール……いや、今はジョンだったか?お前の口から教会の要人の名前を聞くことがあるとはな……おもしろいなー」


「色々とあるんだよ」


「ハハ、そりゃーそうだ。流石にグリーズ王国魔術学院を次席で卒業して、王国の中枢に引き抜かれた秀才だもんな?そのエリートさんが卒業して一日後には、突如姿を消したかと思ったら、今じゃあ小貴族、豪商や豪農中心に詐欺を働いているんだからな?」


 可笑しそうにフランは茶化した。


 全くこっちの気も知らずに茶化しやがって……。

 

 いや、そもそもの元凶は師匠だ。

 あの一見優しそうに見えるクズ野郎が原因なのだ。


 おいそれと空間魔法なんかを俺に教えるからこんなことになったんだ。グリーズ王国魔術学院に入学するまで、空間魔法が超高難易度の魔法だなんてこと知らなかった。


 みんながおかしいのではなく、俺の方がおかしいことに気が付かずに孤児院から師匠に拾われて育てられてしまった。それが悲劇の始まりだ。


 だから学院で現実を知ってから、俺は全力で隠し通し続けた。


 と言っても、若干名にはバレてしまったが……それにしても、なんとか無事に卒業することができた。


 そのおかげで王国に使い潰される人生になることだけは避けられるはずだった。

 そう思っていたのだが……。


 しかしながら、あのクズ師匠は自分の後継者として俺を王宮魔術師として推薦し、面倒ごとを全て押し付けて職を辞して逃げやがった。


『僕は世界中の可愛い女の子という花を見て周りたいんだよ』


 そんな戯言を述べて、姿を消した時には流石に呆れてしまった。


 俺が学院を卒業したその日に知らされたんだ。

 卒業の日まで、俺はグリーズ王国博物館に就職するはずだと信じていた。

 しかし、いつの間にか俺に無断で断っていたのだからクズにも程がある。


 その代わりに、師匠の後継として王宮魔術師の見習いとして就任することになっていることを知らされたのだから……怒りを通り越して、驚いたよ。


 そして何よりも、女癖が悪いのは知っていたが、公爵家の女たちを引っ掛けて、その上でそれぞれの公爵家から金を借りていたのには呆れてしまった。しかも王国の予算の半分ほどと言う桁外れの額を騙し取りやがったのだ!


 結局、弟子である俺が働いて全額返すことになった……。

 どうりで教師との面談時に話が噛み合わないとは思っていたけどもっ!?


 いや、今はダメでクズな師匠のことは置いておくとしよう。


「コホン……それで大司教トテル・スクレプスについての情報は持っているか?」

「ああ、そうだったな。ちょっと待ってくれ……『アーカイブ』」


 フランは記憶魔法を使った。

 一度見聞きした記憶を保管し、記憶し、いつでも読み出すことができる魔法。


 自分の意識・無意識にかかわらずに少しでも見聞きしたこと、視界に入ったことでも全て記憶し、自由自在に取り出せるというおおよそ情報屋がフランの天職と言える高度な固有魔法だ。


 それに何よりも……第三者が魔法で勝手に書き換えることができない記録魔法。


 大きな辞書のようなものが、青白い光と共に現れた。

 そして、空中で停止して、フランが触ることなく、自動でパラパラとページがめくり始めた。数秒ほどじっと見ていたが、フランが口を切った。


「ああ、あった。大司教トテル・スクレプス。2年前から大司教になったみたいだな……それくらいから西方地区の司教たちの羽振りが良くなったようだな?こりゃあ、寄付金ちょろまかしている感じか」


「弱みはあるか?性奴隷を所有しているだとか、シスターを食い物にしているだとか……」

「いや、そういうのは単なる噂だけのようだな。ただ……宝石類や金目のものにはうるさそうだな」

「そうか……」


 流石に非人道的なことには手を出していないか。

 あるいは単にうまく隠し通せているだけなのかもしれないがな。


 いずれにしたって俺の所有している骨董品でなんとかなりそうだな。


「後は、生活圏についての情報は———」


 フランは一通りデブに関する情報をつらつらと述べた。

 日課としている散歩コースからよく訪れる料理店、懇意にしている宝石商などの交友関係まで知ることができた。


「それで今回の情報料はいくらだよ?」

「ああ、いやタダでいい」

「は?なんの冗談だよ?」

「いやー」となぜか決まり悪そうにガシガシと赤い髪を掻いて、フランは俺から視線を逸らして、「実はお前のことを嗅ぎ回っている聖女様の護衛……猫族の女にお前の情報流したばかりなんだよなー」と呟いた。


 猫族の護衛……ルナードか。

 どうやら聖女様が独断で俺に接触したことをかなり気にしているようだな。

 

 裏を返せば、聖女様は誰にもに俺へと接触しているということだろう。

 

 やはり聖女様の狙いがわからない。一人で行動して、バレてしまうリスクを負ってまでも俺に接触することなのか……。


 などと考えていると、どうやら俺が怒ったと勘違いしたようで、フランは謝罪の言葉を述べた。


「すまん!暗部の上司から圧力かけられて、少しだけお前に関する情報を流した」


「お前にも事情があるんだろうから、それはそれで構わない」


「でも、安心してくれ!しがない画廊商であることと西方の田舎街からこの街に来たこと以外には特段、言っていないからな?」


「とりあえず状況は了解した——」


「あ、そうだ。ど貧乳好きっていう情報も伝えておいたぜっ!」

「おい!?なぜ勝手に他人の性癖を歪めて伝えているんだよ!?」

 

 フランはなぜかドヤ顔でサムズアップした。


 この男は……ふざけんなよっ!

 こちとら巨乳の方がタイプだわ!


 いや、今はフランのふざけた言動よりも聖女様について考えるべきだ。


「はあ……もういいや。とりあえず、もう一人情報が欲しい」

「なんだよ?マジで貧乳の女の子、紹介して欲しいのかよ?流石にそちらはタダとは言えないぜ……?」

「あほか!ビジネスの話だよ!」

「ああ、そっちね」となぜか納得したように、フランはつぶやいた。

「っち、当然だろ」

「それで誰の情報が欲しいんだ?」

「聖女——ドーレ・ジプス」


 フランはスッと瞳を細めた。

 先ほどまでのふざけていた雰囲気は雲散霧消しており、真剣な表情になった。


「お前……やっぱり教会のゴタゴタに首を突っ込んでいるのか?」

「……ノーコメントだ」

 

 てか、なんだ教会のゴタゴタって?

 明らかに面倒ごとの気配が強まったのだが……。


 フランはブツブツと「こりゃあ、フェメにも話しておくかな」とつぶやくのが聞こえた気がしたが、すぐに俺に向かって言った。


「ブール……今のお前の立場わかっているのかよ?」

「……わかっているつもりだ」

「いや、わかっていないな。世界の半分の領土を掌握しているグリーズ王国の中枢から勝手に姿を消したのだって十分マズイ状況なんだぞ?それだけじゃなく、教会——」


 フランは俺を諭すように言葉をつづけようとしたが、俺は遮った。


「クズ師匠の借金を返すためになんで俺が一生、王国のために働かなくちゃならん!そんな生活、俺は死んでも嫌だ!」


「ああそうかよ!それにしたって、全世界的に信仰されているマリアリア教会とも敵対するのは流石にお前でも無謀だからな!?」


「別に敵対しているわけじゃない!そこは安心してくれ」


「ああそうかよ!だったらいいけどな!とりあえず、情報だけはくれてやるっ!」

 

 なぜか投げやりな口調に変わって、フランは口早に続けた。

 大きな辞書がパラパラとめくられて、フランの視線は辞書へと向けられた。


「聖女ドーレ・ジプスは、大陸の西方に位置するエルフの国——グリウリドの出身だ。そこの第一皇女だったんだが、聖女としての力が覚醒して教会に入った。おそらく、小国であるグリウリドからすると、巨大な後ろ盾が手に入り国家安泰。で、教会からすれば、先代の聖女が現れたのは数百年前で、教会本部への求心力がなくなりつつあることに危機感があったから、聖女が現れたことで象徴として利用したいんだろうな」


 おいおい、エルフのお国の皇女様だったのかよ。

 ずっと上級の暮らしをしていたのか。

 だからやたらと高級そうなローブをまとっていたのか。


 王国のお姫様から教会の聖女様にジョブチェンジね……。

 まるでずっと利用され続けてきた人生のように聞こえるな。


「……それで、性格的な情報は何かあるか?」


「それについては裏表のない性格みたいだ。誰にでも優しくて、慈悲深くて、誰からも慕われているようだ。悪い噂どころか怒った姿を見たことないなんて言われているみたいだぜ?マジで聖女様としてふさわしいんじゃないか?」


「……」


 新聞記事で読んだこととさして変わらないか。

 

 それにしたって、だったら俺に見せたあの暗い表情はなんだったんだよ?

 ……くっそ、意味がわからない。


 その後、フランから色々と聖女様に関する情報をもらった。

 

 てか情報料として金貨1000枚はぼったくりにも程があるだろ!?

 教会のトップは教皇であるが、それと同等の権限を持っていると言われる聖女様。

 だからこそ、価値があるから仕方ないのか……?

 

 フランはニヤっと口元に笑みを浮かべて、


「まあ色々言っちまったが、せいぜいこれ以上の面倒事に巻き込まれないことを祈っているぜ、親友?」


 最後に忠告のような別れの挨拶を述べて、颯爽と画廊を出て行った。


 ……そんなことはわかっている。


 でも仕方ないだろ?

 一度関わってしまったんだからな。

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