第6話 詐欺師、証拠を探す
「まず、聖女様、先に行っておくが、大司教を騙すことは簡単だろうよ」
「それは本当ですかっ!?」
「ああ。次に異端審問にかけるだけの口実も簡単に見つけられるだろうしな」
「それは……どういうことでしょうか。私が調査した時には不正を働いている手がかりを見つけることさえできなかったんですよ?」
先ほどまでの驚きの表情は消えて、聖女様は黄金色の瞳を細めた。
俺の言っていることを疑っているようだな。
流石の聖女様でも少しは負の感情とやらを抱くらしい。
いや、まるで普段隠している冷酷な側面を見せつけれられているようにも感じる。
まあこの際、聖女様の思惑や真意なんてものはどうだっていい。
とっととこの厄介な仕事を終えて、トンズラさせてもらうだけの話だ。
「大司教は、大層身分不相応な高価な宝石類や魔石を身につけていたよな?」
「そうですね……ですが、それ自体は証拠になりませんよ?個人的に譲られたモノであると反論されたら……」と聖女様は下唇を甘く噛んだ。
「じゃあ方向性を変えよう。実は教会へと寄付されていたものだったが、あの大司教が自分のものとしたことを証明することはできないか?」
「……ですから、証拠となる手がかりが——」
「本当にそう言えるか?」
「どういうことでしょうか……?」
「おそらく西方地区の教会の司教たちは、あいつ一人だけが羽振りが良いわけじゃないだろ?」
「ええ、そうです。最近は西方地区の教会で働いている司祭でさえも高価なものを身につけるようになりましたが……?」
やはり大司教だけが独断で不正を行っているわけではない。
組織的に不正をしていることは明らかだろう。
そうであるならば簡単だ。
どこかに――いや正確には誰かがおざなりに隠蔽した証拠を残しているはずだ。
そこに綻びがある。
「だったら単純なことじゃないか。西方地区の教会について帳簿を全て調べれば、ホコリの一つは出てくるだろう。それを口実に、大司教を異端審問にかければいいだろ?」
「しかし……すでに西方地区の全ての教会内部について調べましたがそのようなものは——」
「何も出てこなかったか?」
「はい。信徒からの寄付に関する帳簿——お金の収支についても他の地区——例えば東方地区から上がってくる帳簿類となんら変わりのないものでした。ですから、帳簿自体がおかしいところなんてありませんでした」
「本当にそう思うか?教会本部内がわかっていてわざと逃した場合は考えたか?」
「本部も不正に加担していると?」
先ほどよりも真剣な表情で、聖女様は俺を睨んだ。
どうやら聖女様の近くに不正に手を染めている人物がいるのではないか、という疑いをかけられたことにご立腹のようだ。
まあ実際、その可能性は否定できないしな。
が、今回はそのような展開にはおそらくなることはないだろう。
「いや教会本部がグルになっている可能性は低いと思う」
「……でしたら、どういうことなんですか?」
「まああれだ。本部側は別に意図して隠しているわけではなくて、知らずに騙されていたって話だ」
「……?」
「とりあえず、大司教が前任者からあのデブに代わってからの西方地区の教会の帳簿をできるだけ多く用意することはできるか?」
「デ、デブ……っぷ」となぜかその部分を拾って、聖女様は笑うのを堪えた。そしてすぐに「すみません。帳簿は複製したものがあります。ですが彼が大司教になってからですと、2年前からですから……保管されている帳簿類はかなりの数になりますよ?」
「かまわない。全て目を通す」
「何か考えがあるようですね……分かりました。明日、保管場所にご案内します」
「ああ、頼む。だから今日のところは、これで失礼させてもらうぜ」
「はい。それでは……明日、使いのものを向かわせます」
「ああ」
「はい……」
聖女様は何かを言いただけに俺のことを見た。
しかし、すぐに言葉を飲み込んで、口元にわずかに笑みを浮かべた。
▲▽▲▽▲
翌朝。
外の晴々しい空とは異なり薄暗いホコリくさい空間に俺と聖女様はいた。
何百冊かわからないが、壁一面に写本が配架されているようだ。
側面の一部分に埋め込まれているステンドグラスから光が差し込み、薄暗い倉庫内を照らしている。
聖女様は積まれた写本に目を通し続けている。
昨夜、俺にはトンズラするという選択肢が残されていた。
しかし、その選択をしなかった。
と言っても贋作や偽札の類などバレたらヤバそうなものはすでに空間魔法で異空間に収納済みだ。
正直、俺の魔力量は他の人よりも少しだけ多いくらいだ。
だからこそたくさんのものを一度に収納することで魔力の消費量が増えてしまうのは得策ではない。なぜならば別の魔法を行使することができなくなるからだ。
しかし、まあ背に腹はかえられない。
最低限、いつでもトンズラできるように準備は完了したからこれでよしとしよう。
てか、逃げ出さなかったというよりも逃げ出すことはできないと言ったほうが正確だった。
これに関しては簡単なことだ。
聖女様の本当の狙いがわからないからだ。
おそらく俺が詐欺師であることなんてとっくに気がついているはずだ。
なんせ心眼を持っているんだからな。
ところがなぜか聖女様は自分自身を天然であると装って、俺を油断させて、協力をさせようと演じている。
脅すでも騙すでもなく……協力してほしい、という建前で俺を従わせようとしている。
それくらいの人を見分ける嗅覚くらいは持っているつもりだ。
数十年もの間、師匠と一緒に暮らしてきたのだ。
師匠が一流の王宮魔術師としてだけでなく詐欺まがいのヒモとしても一流であることは知らなかったが……知らずのうちにあの師匠に鍛えられた。
まあいずれにしたって、俺が聖女様を信じていないように聖女様もまた俺のことを信頼しているわけではないのだろう。
ただ聖女様をとりまく噂。
気さくで誰も平等に愛し、誰からも愛される聖女様。
いつも明るく他人の悪口なんて言ったところを聞いたことがない、なんてどこかの新聞紙に載っていた。
しかし時々見え隠れする冷たい雰囲気。
この聖女様は一体何を考えているのやら……。
そんなことを考えていると、聖女様の黄金色の大きな瞳が俺を捉えていた。
「どうかしましたか……?」
「いや、何でもない」
「そうですか?」
聖女様は若干不思議そうな表情をしてから視線を手元の写本へと視線を落とした。
それにしたって、薄暗い中で二人きりというのはまずい。
金色の長い髪を耳にかける仕草、白いうなじが見え……。
その何というか——かわいい。
って、いやいや詐欺師の俺が女なんかに惑わされるなんて滑稽だろう。
「やはり手がかりは見つからないようですね……」
聖女様は少し落胆した声を上げた。
流石に、痺れを切らしたようだ。
「いいや、あったよ。と言っても、糾弾するには不十分だけど」
「えっ!?」
「この写本と机に開いている写本を見比べてくれ」
俺は何かを誤魔化すように、聖女様に写本を見せた。
「ジョンさんがお持ちになっている写本は……寄付者が記入したものですね。何もおかしなところはない帳簿のように見えますが?」
「いや、金額のところを見るのではなく寄付されている物品の数を見てくれ」
「……?」
「それと机に開いている写本を見比べてくれ」
「こちらは、教会本部に提出されたものですか?えっと……まさか、これは――」
「ああ、信徒から寄付されているものの数が少しずつ異なる」
「なるほど、寄付者が受付時に直接自筆で記入している寄付数と寄付された後に教会本部に報告書として提出されている帳簿の記載内容が一致していないということですか」
「そうだな。誰かが教会本部に帳簿を提出する前――つまり、徴税官からの許可され、物品が納品される段階で帳簿の内容を書き換えているんだろ」
聖女様はひどく真剣な表情で帳簿を見比べた。
その後で、何かに思い付いたように顔をあげた。
「徴税官がこのような初歩的なミスを見逃すとは思えません」
「まあ、そうだろうな。徴税官は王国と教会の中立な立場にいる。だからこそ、信者たちが寄付する際に記入する申請票と帳簿に記載されている物品の数が一致するか隈なくチェックしているはずだ。当然、徴税官だって、教会とグリーズ王国どちらも都合よく利用するようなことはしたくないでだろうしな。両方にバレた時、糾弾されるリスクの方があまりに大きい」
「でしたら、どういうことなんでしょうか」
「単純に考えたら、徴税官たちも騙されているってことだろ?」
「それは……徴税官へと提出された時点で、帳簿は書き換えられていないということでしょうか?」
「ああ、言い換えると、書き換えられているのは徴税官への提出後、教会本部に送られる段階だろ」
「そんな……俄には信じられません」
「教会に寄付された物品が教会へと納品される前に帳簿を書き換えれば、誰だって徴税官が問題なしと判断した帳簿の内容をしっかりと見たりしないだろ?それこそ特に信者たちが寄付する際に自筆で書き込む申請票の物品数と照らし合わせるような面倒なことはしないだろうしな」
「それに……王国への税金徴収額の方が10%と大きいですよね……?」
「ああ、だからこそ、徴収を誤魔化そうとするのは、王国への報告書だと思いがちだ。教会本部への5%の徴収の方を誤魔化そうなんてしないだろうな」
「確かに……教会で調べるのは信者から納品された物品それ自体です。呪いの類が仕掛けられていないかなど魔術的な部分をチェックしていますが……」
「当然、毎日のように大陸中の信者たちから寄付されているんだろうから、なおさら誰も教会本部側で徴税官に提出される前のものまで独自に細かく調べるようなこともしていないだろ?」
「そうですね……」
聖女様はどこか申し訳なさそうに下を向いた。
ふん、流石に聖女様だけはある。
巷で噂される心優しいエルフのようだ。
誰もを平等に愛し、誰からも深く愛される、完璧で美しい聖女様。
だからきっとこの時、俺が口に出した言葉は血迷ったとしか言いようがない。
「聖女様、俺であればあのデブからこれまで信者たちから巻き上げたものを取り返してあげるぜ?それに現行犯であいつを教会の聖騎士たちの前で捕まえさせてやるよ」
一瞬、ポカンとした表情をした聖女様だったがわずかに目を細めた。
乾いた笑みを浮かべて言った。
「ふふ……彼は罰せられるできでしょう」
少し冷めたような表情。
この冷酷な雰囲気こそが聖女様の本当の姿のように思えた。
なぜかそれが美しいと思えた。
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