第5話 詐欺師、シスターと会話する

「……はあ」

「あら、ため息は幸せを逃すそうですよ?」

「ため息をつく程度で逃すような幸せだったら、持っていたって仕方ないでしょう」

「ふふ、面白いことをおっしゃるのね、ジョンさん」

「それはどうもありがとう」


 なぜか居残ったシスターフェメは、涼しげな表情で軽口を叩いた。


 てか、なんでこのシスターは居残っているんだよ。

 

 金目になりそうな食器類をちょろまかそうと思っていたのに……。

 くっそ、これではくすねることができないではないか。


 フェメはじっと俺を見つめて言った。


「ジョンさん。あなたは聖女様から何を頼まれましたの?」

「別に何も頼まれていませんよ」

「ふふ、誤魔化さなくてもいいのよ?私も聖女様から頼まれた側の人間ですから」

「……」


 どういう意味だ。

 この女も教会とは関係のない人間なのか。

 聖女様から大司教トテル・スクレプスの不正を暴くように頼まれているとでもいうのか。


 しかし、聖女様からはこのシスターについて何の情報ももらっていない。

 目の前にいるシスターらしくないシスター。

 自称聖女様から何かを依頼されている女。


 ……ああそうか。

 大司教トテル・スクレプスの不正の件とは別の事柄で動いているのか。


 やはりあの聖女様は腹黒いに違いない。

 何を考えているのやら……警戒度を上げるべきか。


 フェメはにっこりと笑みを浮かべた。


「まあ、そんなに警戒しないでくださいな」

「いや、そこまで神経質になってはいない」

「ふふ、面白いお方」となぜかシスターフェメはうっとりとした表情で答えた。

「それで、なんのようだ?」

「特にありません」

「は?わざわざ残り続けている意味もなく、俺と喋っているのか?」

「意地悪な言い方ですね」となぜかプクッとフグモンスターのように頬を膨らませて、フェメは拗ねるような仕草をした。

 

「で、御託はいらないから用件を話してくれないか」

「もう、つれないお人ですね」

「では、俺はこれで失礼する」


 俺はすぐに席を立った。

 話す気のない人間とこれ以上一緒に居たって時間の無駄だ。


 すると、すぐにフェメが言った。

 

「あの大司教、少しやりすぎのようです」

「……」

「汚いお金を集めて……色々と悪いことに使っているようです」


 フェメは灰色の長い髪をかき上げて、俺を見た。


 汚い……?

 金に汚いも綺麗もないだろう。

 

 いや……道徳的な話ではない。

 なんとなくだが、フェメの言いたいことがわかった気がする。

 

 教会の方針に背くようなお金の使い方ということか。

 

 そう、たとえば魔王。

 教会の信仰する女神様と対立していたとされる魔王の存在。


「魔王を復活させるために資金でも集めているとでもいうのか?魔王の存在は伝説上の話だろ?」

「魔王を復活させたいのか、それは分かりません……しかし、西方地区の教会は秘密裏に行なっている儀式を隠しています。それに教会内全体に言えることですが、きな臭い人たちが各地の教会に入り込んでいるみたいですからね」

 

 意味深な言葉を述べた後で、フェメは「それだけ、お伝えしたかったんです」と付け加えた。


 ——おいおい、なんかめちゃくちゃ重要そうな話じゃないか!?

 いやそもそも部外者の俺に向かっておいそれと内情を話すなよ。

 てか、仮にその儀式とやらが本当の話であった場合、明らかに西方地区の教会の秘密を知った俺のことを許しくれないだろっ!


 これ以上、敵対者を増やしたくないんだけど!?


 ひきつる頬のなんとか動かして言葉を絞り出す。


「なるほど……興味深い話だ。まあ、一応気をつけて聖女様からの仕事に勤しむとする」

「ええ、お願いしますね」


 フェメはこれで話は終わりだと言いたげにコーヒーへと口をつけた。

 

 最後に訳のわからんアドバイスをもらってしまった。

 とりあえずありがた迷惑な助言を頭の隅に入れて、俺は今度こそ席を立った。


 そして聖女様の元へと向かった。

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