第4話 詐欺師、同族嫌悪する

 大司教トテル・スクレプスは西方地区を管理する人物らしい。


 どうやらこの人物は私腹を肥やして、シスターたちを食い物にしていたり、他にもかなり裕福な生活をしていることが噂で流れているとのことだった。


「確証がないということか?」

「はい、今のところは手がかりを発見できていません」

「だからこそ騙してでもいいから異端審問にかけるだけの口実が欲しいということか……?」

「……」


 聖女様はシュンと気まずそうに顔を伏せた。

 心なしかエルフとして特徴的な長い耳もしょげているように見えた。


 沈黙は肯定ということか。

 この聖女様はやはり単に世間知らずで何も知らずに純粋無垢というわけではないようだ。


 それにしても異端審問か。

 穏やかじゃないな。


 女神マリアリアを信仰するマリアリア教は全世界的に信仰されている。そのため人族から猫族などの獣人種、ヴァンパイアなどの魔族まで布教されている。


 と言っても、人族では乱立する王国間でマリアリア教ではない独自の価値観を信仰している場所もあるらしいが。


 全世界的に信仰されているからこそ信仰への信頼を失墜させる行為については、慎重に対処したいということなのか?

 

 だからこそ明るみになってしまう前に、必死になって好き勝手に職権を濫用しているトテルなる人物をどうにかして大義名分のもとに罰したいということか。


 まあ、そこら辺の教会側の面倒な事情はどうだっていいか。


 それにしたって俺に頼むようなことなのか?

 聖女様の意図がわからない。

 あ、いや……聖女様は女神からのお告げ的なことを言っていたんだったか。


 俺を巻き込んだ事情とやらは先ほどの説明になっていない説明で一応のところ分かったわけだが……。


「ジョンさんにはグリーズ王国お抱えの絵師であり、私の友人ということで晩餐会に招待したことにしています」

「……その晩餐会とやらは、今からということなのか?」

「はい!」


 なんとまあ屈託のない笑顔なのでしょう。

 黄金色の大きな瞳が透き通って見えるかのようだ。

 うん、絶世の美女と言われても納得する。


 って、そんなことで誤魔化されるわけないだろ!?

 

 この聖女様は初めから今日、この日を狙って俺へと接触してきたのだろう。

 かなり用意周到な性格なことは明らかだ。

 

 いや俺のことを数日間、コソコソとつきまとっていたというのだから粘着質でもあるのか?

 

 やっぱりこの聖女様の本質は腹黒いんじゃないのか。


 そのことに気がついたとき、目の前で笑みを浮かべ続ける聖女様の方から一瞬だけ悪寒のような嫌な気持ち悪さを感じた。


「と、とりあえず、その晩餐会とやらには参加してやる」

「はい!ありがとうございますっ!」

「しかし、俺にだって用意というものがあるから、今後は事前に話してくれ」

「……わかりました」


 なぜか仕方ないな、と言いたげに聖女様は渋々首を縦に振った。


 そのとき、控えめはノックがされた。

「どうぞ」と聖女様が答えると、ルナードが扉を開けて「ドーレ様、お時間です」と言った。

「わかりました」と答えてから、聖女様が俺を見た。


「ではジョンさん、行きますよっ」


  ▲▽▲▽▲


「――そして、女神マリアリア様の化身だと気がついたのです!だからこそ――」


 トテル・スクレプスは若干血走った目で俺たちを見ていた。


 かれこれ数十分ほど一人で話し続けた。

 いかに自分が選ばれし人間であるかを懇切丁寧に説明してくれていた。


 どうやらこの男は俺を含めて聖女ドーナ、猫族のルナード、人族のシスターフェメ・グリーズという灰色の長い髪の女性、この場にいる参加者全員の辟易とした表情から醸し出される雰囲気に気がついていないらしい。


 まったく……アホらしい。

 一体全体、何度、お前の前に女神の化身とやらが現れるんだよ?

 一度だって現れたら奇跡だと言われるのに、単に微量な魔力をもつ程度の人間の前にそんなに何度も女神が現れるものかよ。


 女神だってそこまで暇ではないだろう。


 それにしたってトテルというこの男の格好……ブクブクと太った醜いブタモンスターのような身体に金や魔石で作られた指輪や派手派手しいネックレスを身につけている。


 身体のことはこの際、どうだっていい。

 問題はおそらく信者からの寄付だけでは到底賄えないほどの高価な宝石や魔石の類いを身に付けていることだ。


 特に……『竜の涙』。

 希少性の高い水色の魔石だ。

 

 さすがに桁違いに高価な指輪をしているのには驚いた。


 かつて一度だけ師匠に見せてもらったことがある。

 その時に『簡単に手に入るものじゃない』ことを説明してくれた。

 まあ、説明と言っても師匠の言い分はクズな発言だったが……。


 そう……確か、あれは俺が10才くらいの時だった。

 あの時の師匠は金色の髪をかき上げて、端正な顔でチラッと流し目で俺を見た。


『『竜の涙』を持っている女性を見つけたら、その女の元でヒモになりなさい!これは絶対です!一生、遊んで暮らせるほどの価値を持っているんです』


『へー。じゃあ、師匠はなんで持っているんだよ?』


『ブールくん、いいことを聞いてくれましたねっ!僕の場合は、王宮魔術師として働いていたときに、愛していた公爵家の令嬢さまから貢いでもらったんですよ!ハハハ』


『価値があるものなんだろ?そんな簡単に渡すものなのか?』


『ハハハ、まあ、そうですね。1000年に一度しか採取できないなどと言われるほどに希少性のある魔石ですからね』とさらっと、師匠は言った。


『とてつもなく価値があるんじゃないの!?』


『はい。それを彼女は勝手に実家である公爵家から持ち出したようでした。なんでも初代グリーズ王から褒美としてもらったものであり、家宝だったそうです。だからこそ、実家から忽然と消えた家宝を持って現れた僕は……色々とありまして、王宮魔術師を解雇される寸前まで追い詰められることになったわけですが——』

 

 なぜか師匠は何処か遠くを見るように、視線を俺から逸らした。


 いや……それ完全に師匠がたぶらかして貢がせたことに原因があるでしょ!?

 

 などと、子供ながらに俺は思ったわけだが……。

 

 いやはや、今頃、師匠は無事で生きているのだろうか。


「『竜の涙』……ですか」

「おお、ジョン殿はこの魔石をご存じでしたか!!!」

「ええ。まあ」

「これは、信者の一人から寄付していただいたものでして――」


 寄付されたね……。

 流石に信者だって1000年に一度しか採取できないなどと言われるほどに希少性のある『竜の涙』をおいそれとタダで寄付するバカではないだろう。


 この太った大司教は、俺のような詐欺師に近い行動をしている可能性が高い。

 それとも単にこの世界には懐の緩くて、信心深い信者がいるとでもいうのか……?


 他にもデブが身につけているのは、ジャジャラとした宝石類や魔石もかなり価値のあるものだ。


 例えば脂肪で今にでも埋まりそうな指にはユニコーンのツノで作られた白い指輪もはめられている。


「そうでしたか。それはまさに女神マリアリア様のお導きですね」と全く心にもないことを言うと、なぜか向かいに座っているフェメ・グリーズが「っぷ」と笑いを堪えるような仕草をした。そして、すぐに何かを誤魔化すように言葉を付け加えた。


「ごめんなさい。あまりにも奇跡が起きているのが羨ましくて、つい自分のことのように嬉しく感じてしまいました」


 いや……馬鹿にしているように見えたのだけれども、どうやら当の本人はこれで話は終わりだ、と言いたげに食後のコーヒーカップへと手を伸ばしていた。


 なんというか……このフェメ・グリーズからはシスターらしくない雰囲気を感じる。

 シスターの服装はしているものの、どちらかというと、俺に近い詐欺師のような雰囲気に近いとでも言うか……。


 いや、これもなんだかしっくりこないな……。

 神さまを信じているというよりも別の信念で行動するような人間に見える。


 そんな俺の思考を邪魔するように聖女様が言った。


「それではお時間もお時間ですから、今日はこの辺としましょう」

「そうですね」とルナードはすぐさま返事をした。


「では私の身に起きた奇跡のお話はまたの機会としましょう!ガハハハ」と脂肪の塊が笑って、席を立った。


「それでは私もこれで」


 聖女様が立つとルナードもまた立ち上がった。聖女様は俺の方を見てこくりと頷いた。

 どうやら『後で部屋まで来て欲しい』と言いたげな表情だ。

 とりあえず俺は首を縦に振った。

 すると聖女様はパッと顔を明るくした。


 それを横で見ていたのだろう。

 ルナードから今にでも襲ってくるんじゃないかというほどの威圧的視線だ。

 

 てか、そんな俺とルナードのギクシャクした雰囲気なんて気にもせずに、聖女様はウキウキとした足取りで部屋を出ていった。


「っち」と小さくルナードから舌打ちが聞こえて、すぐに聖女様の後を追って行った。


 単に返事をしただけなのに……理不尽すぎるだろ。

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