第3話 詐欺師、逃げ出したい

 聖女様は確かに『騙してほしい人がいる』と言った。

 それは俺の聞き間違いなんかではない。もちろん、幻聴でも幻想でもない。


 聖女様は相変わらず微笑んでいる。

 

 一体、何を考えている?

 この一見無害そうに見える笑顔の中に何を抱えているのか。


 俺が詐欺師であることを知っているのか。

 それとも単に俺の反応を見たいだけなのか。


 もしも詐欺師であると掴んでいるのだとしたら、いつバレたんだ?


 この街に来てから金を巻き上げたのは、師匠にゾッコンであるリサさんに師匠の居場所がわかる『かもしれない』マジックアイテム――魔道具を法外な値段で売ったことだけだ。


 あの時、聖女様は画廊にいなかった。

 もしも仮に覗かれていたのだとしても、俺が気がつかないはずがない。

 

 そのために慎重に内見して、あの画廊を作ったんだ。

 それに空間魔法の使い手である俺は魔法を使い画廊の外から画廊内を覗くことを阻止している。魔術によって空間というよりも――空気自体を屈折させ、光を屈折させることで不透明な光景しか見えなくさせている。


 だから外から画廊内を覗くことなんて決してないのだが……。


 ああ、そうだ。

 やはり聖女様はあの画廊内で俺の詐欺行為を見聞きしたわけではないだろう。


 その前の段階で俺のことを詐欺師だと確信していたんだ。

 きっと教会から出てきた人々を勧誘しているところを見られていたあの時だろう。


 いや、もしかして俺がそのような勧誘行為をすること自体を知っていた可能性もあるのか?


 それこそ……これまでどこかの街で俺が行ってきた詐欺行為を知って、あらかじめ俺の手口を調べ上げていて、その情報を元に近づいてきた可能性だ。


 例えば、闇ギルドから俺の情報を買い取ったとか……?


 いや教会の人間がお金を積めばなんでも行うような非合法な闇ギルドと関わっているはずがないか。

 流石に教会がそこまで腐敗しているわけではあるまい。


 ましてや聖女様なんだからそんな非人道的な連中と関わっているはずなんてあり得ないな。


 そんなことをじっと考えていたからだろう。

 

 聖女様はキョトンと首を小さく傾げた。

 フワッと金色の髪が揺れた。


「どうかされましたか?」

「いえ、聖女様の口から『騙してほしい』などと奇妙な言葉が聞こえたので、驚いてしまいましたよ、ははは」

「冗談ではないですよ?」


 聖女様は当然のようにそう答えた。

 わずかに口元がニヤッと笑みを浮かべたような気がしたが、聖女様は「コホン」と咳をした。


 この聖女様の冷静な態度はなんだ?


 やけに達観しているというか……。

 俺のことを詐欺師であると確信する何かしらの根拠を持っているだけでなく……俺が聖女様の依頼を引き受けることすらも確信しているように思えてならない。


 どこでヘマをした?

 いや、ここで反省している場合ではない。


 異端審問にかけられたら、即刻死刑になるだろう。


 これまで教会の信仰する女神マリアリア様の偶像をはじめとして絵画、布、歴代の聖女様に関する指輪やそれらに関するあらゆるモノを法外な値段で売り捌いてきた。


 そのような教会の地位を陥れるようなことを行ってきたことが正式な場で審問されたら……まずい。非常にまずい。


 いくら空間魔法を使えるからと言って、教会を敵に回したらこれまで以上に厄介者だ。


「……聖女様は、何かを勘違いしていらっしゃるようだ」

「そうですか?」

「ええ、私の名はジョン・ホッセン。単なる絵師崩れの画廊商ですから――」

「ふふふ」と聖女様は口元を隠して笑った。

「……何かおかしなことを言いいましたかね?」


 ひきつる頬をなんとか動かして、俺は質問を投げることができた。

 しかし聖女様はおかしそうに言った。


「ジョンさん……いえ、本名のブール・ファン・ホッセンさんとお呼びしたほうがいいでしょうか?」

「……なるほど、聖女様、あんた心眼を持っているんだな」

「ふふ、ジョンさんはなぜか本名を隠していますよね?でも、私……わかっているんです——」


 ああ、言い逃れなんてできない。 

 なんでも見通すことができるとされる伝説の力——心眼。


 きっと本名を隠して商売をしているなんて後ろめたいに違いないのだから、大方そこから詐欺師であると予想でもしたのだろう。


 だからこの後でこういうのだろう。


『異端審問に掛けてほしくなければ、私の言うことを聞きなさいっ!』


 くっそ、とんでもない聖女様だ。

 詐欺師を利用する聖女様なんて、小悪どころじゃないぞ。


 よくもまあ神様というやつはなんでも癒すとされる聖女の力とそれに加えてなんでも見通すことができる心眼などという強力な力までも与えているものだ。


 なんてお人好しな神様なのか。


 俺の生殺与奪権を握っているとでも言いたげに、聖女様は得意げな表情、いやイキイキとした表情で言った。


「あなた様は使徒なのですよねっ!?」

「……はい?」

「なぜならば自分の本名を隠して女神マリアリア様を布教しているのですからねっ!だからこそ、ジョンさん……いえ、ブール様に助けて頂きたいんですっ!」


 ああ、よかった。

 

 この聖女様はとんでもなくお人好しだ。

 そうでなければ、単なる天然かポンコツか。


 いや、この際、聖女様が意図してボケていようといまいとどちらだっていい。

 

 マジで人生が詰んだかと思った。

 が、とりあえずのところ命の危機は去ったか。


  ▲▽▲▽▲


 あの後、聖女様の話に対して適当に相槌を打ち続けた。


 その結果、わかったことがある。

 どうやらこの聖女様はこの数日間、いや正確にはこの街で画廊を開いてからほぼ毎日、俺のことを監視していたらしい。


「初めは信徒を騙す詐欺師だと思いました。前に滞在した街でも画廊商の若い男が原価の数倍ほどの値段で魔石で彫られた女神マリアリア様を売り捌いていると聞いていましたからね」

「……」

「しかし、今日、確信しました!女神マリアリア様のお導きによって人々を救っているだけなのだとっ!布教に必要なお金を回収しているだけなんですよねっ?」

「……ええ、実はそうなんです。生活費のためというよりも、女神様の麗しいお姿をかたどるための彫刻費には大理石、お姿を描くためには高級な紙が必要なものですからね」

「そうですよね……あ、でも、これ以上の値上げはダメですからね?信者の皆さんからも疑問視する声が教会まで上がってしまいますから、ね?」

「ええ、もちろんですとも!」

 

 なんと都合の良い解釈をしてくれることか!

 悪いが聖女様、さっさとこの場から立ち去るために話を合わさせてもらうぜ。


 それだけでなくダメおしさせてもらう。


 作戦名——壮絶な過去の不幸話で同情を誘おう作戦!

 

「実は、今まで私は孤児院で暮らして——」

 

 それから東方の貴族出身の師匠に拾われて育てられたこと、師匠の元から独り立ちして、絵師として暮らしていることを適当につらつらと述べた。

 

 もちろん、途中で『女神様からのお導きを感じて』などというこれまた今まで全く感じたことも聞いたこともない女神様からのコンタクトをさもこれまでもあったかのように補足するように付け加えた。


 そんな真実と嘘を織り交ぜるにつれて、聖女様の瞳がうるうるとした。

 おそらく神の奇跡を目の当たりにしたと誤解でもしているのだろう。


「ああ、やはり女神様からの言霊は本当だったのですねっ!」

「ええ、おそらくそうなのかもしれませんね。ただ、俺自身、直感的なものなので、聖女様ほど直接的に声が聞こえることはありませんので……女神様からの交信だと確信はありませんがね」


 とりあえず話自体は破綻していないはず。

 まあこれまでの俺の16年間の生い立ちを語っただけだしな。

 

 ……それにしても『言霊』ね?

 まるで女神とやらによって聖女様と俺が出会うことが仕組まれているみたいじゃないか。


 いやこの際、そこら辺の聖女様側というか女神様の事情というやつはどうだっていい。


 そもそも女神などいう存在がいるのかもわからないのだからな。


 そんな果てしない哲学的な問題なんかよりもよっぽど厄介な問題がある。

 聖女様からの『騙してほしい』などという明らかにヤバそうな案件だ。

 

 関わらない方がいいに決まっている。


 やはりとっととこの場から退散させてもらうしかない。


 流石に空間魔法を使ってこの場からすぐに姿を消すわけにもいかない。

 貴重な空間魔法の使い手だなんてバレた暁には、教会に使い潰されるだけじゃない。


 きっと王国にもその話が伝わるに違いない。

 そうなると当然、俺の身柄は拘束されるだろう。


 その後は明らかだ。

 師匠のこともあるから……王国のために働かされ、奴隷にされるだろう。

 そのような生活は絶対に何がなんでも送りたくはないっ!


 この状況は、師匠が女との修羅場から逃げ出す際に使うという秘技を使うしかないか。


「あ、急に、腹痛が――」と俺は迫真の演技でうずくまる。すると、聖女様はあたふたとして「それは大変ですっ!」と焦りの声を上げた。


 よし!

 これでダメ出しをして、この場から逃げ出させてもらうぜ。

 人気のいないところで空間魔法を使って姿を消させてもらうっ!


 駆け寄ってくる聖女の気配を察知して、咄嗟に苦痛で歪んだような顔で聖女様を見上げる。

 

「一旦、画廊に戻って休ませてもらいたいので、話は後日――」

「『ハイヒール』!」

「……え?」


 この聖女様、最高位の回復魔法を躊躇なく行使したんですけど……

 ポカポカとする暖かな光が俺を包み込み――これまで感じていた足腰の疲労がなくなった。


 ち、ちょっとこの聖女様は何やっているんですかね?

 いくらなんでも……かなりの魔力量が必要とされる高位の回復魔法をなんの躊躇いもなく行使するのは反則だろ!?


「……あ、ありがとうございます」

「よかったです……急に苦しみ出したので、てっきり私を狙った呪いの類がジョンさんに発動してしまったのかと思いましたから……本当によかったです」


 なぜか逆に申し訳なさそうな声で聖女様は不穏なことを言った。


 呪いって……明らかにヤバそうな感じじゃん。

 いや、マジで帰らせてほしいんだけども。

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