第2話 詐欺師、巻き込まれる

 背の低い女?

 いや違う。

 獣人種の女なのか……。


 一瞬、人間に見えたが頭部に生えた耳から察するに猫族か。


 銀色の長い髪と同化しているが、ピクピクと銀色の耳が動いた。


 淡い青い瞳がキョロキョロと店内を見渡した後で俺を捉えた。

 しかしすぐに俺の後ろ側――店の奥側へと意識が向けられているようだった。


 店の奥――おそらくローブ姿の女の気配を感じ取っているのか?


 ぴこぴこと耳が動き、そして、猫目の瞳が僅かに細められた。

 少し背の小さな女の子は俺の存在を無視して口を開いた。


「やっと見つけましたよ!ドーレ様、そこにおりますよねっ!」


 そう宣言というか言い切った時には、すでにドシドシと店の奥へと行ってしまった。


「お、おい!……っち、意味がわからん!」


 明らかに厄介そうな奴らだろっ!?

 

 とりあえず、すぐに後を追いかけるしかない。


 狭い画廊をかき分けるように引き返すと——

 ローブ姿の女の前で猫族の女の子がガミガミと何かを言っていた。


「――帰りますよっ!」

「もう見つかってしまいましたか……」

「何を呑気なことをおっしゃっているのですかっ!?」

「ルナードさん、私は今、女神マリアリア様の使徒であるジョンさんとお話をしている最中ですので――」

「何、意味のわからないことをおっしゃっているのですか!いいから、こんな胡散臭い男なんて構っている暇ありませんっ!さあ、教会に戻りますよっ!」


 ルナードと言われた猫族の女はチラッとこちらに視線を向けて暴言を吐いた。


 この状況はなんだよ……意味がわからん。


 百歩譲ってこれまでの失礼な態度や暴言は無視するとしても……いや、寛大で寛容な俺が許してやるとしても看過できない言葉が聞こえた。


 今、この猫族の女……ルナードと言ったか?

 こいつはローブ姿の女のことを確かに『ドーレ様』と呼んだ。

 

 『様』付けをしているあたり高貴な身分なことは明らかだろう。

 それに『教会に戻る』という言葉。


 それにどこかで『ドーレ』という名前を聞いたことがある。

 だが……すぐに思い出すことができない。


 猫族の女ルナードは、痺れを切らしたように声を荒げた。


「もういいですっ!行きますよっ!」

 

 それに強引にローブ姿の女を引っ張り始めた。

 いや正確には華奢な腕でがっしりとローブの女の腕にまとわりつくようにして画廊の入り口まで連れて行こうとしている。


 「ち、ちょっと、待ってくださいっ!ジョンさんとお話をする――」などとよくわからないことを言って、なんとか抵抗するローブ姿の女と「後でお話は聞きますから――」と強引に引っ張るルナードという女。


 そのようなごちゃごちゃとしたやりとりが始まった時だった。


 深く被っていたローブが脱げて——金色の長い髪がサラサラと靡いた。

 そして、少し長い耳、エメラルドグリーンの瞳、少し幼さのある顔、色白い肌が現れた。

 

 エルフ族の女。


 この顔を俺は知っていた。


 今、はっきりと『ドーレ』という名前も思い出した。


 ――かつて別の街で見かけたことがある。

 見かけたとっても、一方的に俺が遠くから見たことがあるだけだが。


 あの時は確か……晴れ晴れとした日だった。

 絶世の美女の一人として名を馳せている女の子——聖女様が、お忍びで地方の教会を視察しているという噂が流れていた。そんな時に大勢に囲まれた人物がいた。


「ドーレ様っ!聖女としての公務が残っていますから、さあ帰りますよっ!」

「もう……わかりました……ルナードさん」と渋々といった声で聖女様は返事をした。そして、すぐにパッと顔を上げた。

「では……ジョンさんっ!」

「……?」

「あなた様も来てくださいっ!これは、聖女として――いえ、教会としての正式な命令ですっ!」


 そう言って、聖女ドーレは満面の笑みを浮かべた。


 どうやら今日中にこの街から逃げ出すことはできなさそうだ。

 くっそ……勘弁してくれ。


  ▲▽▲▽▲


 ドナドナと導かれるようにして、いや正確には猫族の女ルナードに引きずられるようにして、俺は教会へ連れてこられた。


 そして現在。

 教会内にある執務室のソファーへと腰をかけていた。


 いや違う。

 まるで犯罪を犯した容疑者を尋問するかのように座らされていると言った方が正しいだろう。


 じっと俺の姿を凝視していたルナードがついに口を切った。


「それで……どのようにしてあなたはドーレ様を誑かしたんですか?」

「……はい?」

「なるほど、そうやって何も考えていないように振る舞うことで、ドーレ様の心優しい心に入り込んだ、ということですか」


 聞き返しただけなのだが……

 なぜかルナードという銀色の髪をした猫族の女は独り納得したように呟いた。


 俺のことなんてちっとも、これっぽっちも信頼なんてしていないのだろう。

 てか、この女、会ってから一貫して俺のことを親の仇でも見るようにキツい当たりなのだが……俺はこいつのことなんて騙したことないぞっ!


 ……ああそうか。

 自分で言うのもいささかきまりが悪いが、胡散臭い画廊で男が一人、女性――しかもこの場合は絶世の美女などと噂されている聖女様と一緒にいるところ……そのような場面しか見ていないわけだから、何かしらの勘違いをしてしまうのは当然の反応かもしれない。


 大方、俺が聖女様のことを口説いていたとでも思っているのだろう。


 まあ、ルナードが抱いている警戒心はこの際どうだっていい。

 そんな他人の警戒心よりも俺の中に芽生えている疑心の方が問題だ。

 

 なぜ聖女様はわざわざ俺のことを教会へと連れてくるために『聖女として教会の命令』を出したのか……。


 聖女は教会のトップに位置する教皇と同列に権威を持っている。

 それくらいのことは信仰などに興味のない俺でさえも知っていることだ。


 その教会の『命令』は実質的にグリーズ王国の国王から出される王令と同じくらいの拘束力を有するとされる。


 つまり、俺に拒否権など与えられなかったということだ。


 もしかしてこの街に来る前に訪れた『ハジハジの街』で原価の10倍で豪商に売りつけた『聖女の力が込められた「と言われる」見窄らしい布切れ』を売りつけた件がバレたのか……?


 いやいや、そうであるならばグリーズ王国内の各街を守っている騎士団、冒険者組合、商人組合あるいは諮問機関である王国の魔法協会にでも突き出せば済むはずだ。


 何も聖女様が直々に俺の身柄を拘束しようとする必要なんてないだろう。


 もしかして俺はこの後、異端審問に掛けられるのか?

 いや結論を出すのには早計か。


「当の聖女様は、説明もなく居なくなったわけだしな……」

「今、何かおっしゃりましたか?」

「いえ、なんでもありませんよ」

「ふん、そうですか」とルナードは興味なさげに返事をした。

「ええ」

「……」

 

 室内は静寂に包まれた。

 

 聖女様がこの部屋から出て行ってからどれほどの時が流れたのか正確にはわからない。しかし、微かに礼拝堂の中から漏れ聞こえる声から察するに、そろそろ夜の礼拝が終わる頃なのではなかろうか。


 どうやらその予想は当たったようだ。


 ゾロゾロと人々が外へと流れ出ていく気配を感じた。


 数秒ほどして、静かなノックの音が室内に響いた。


「はい」とルナードが扉の方を見た。


 扉がキューという歪な音とともに開いた。

 おっとりとした垂れ目のシスターがお辞儀をした。


「失礼します。聖女様がお呼びでございます」

「わかりました」とルナードが答えた。すると、シスターは「それでは私はこれで」と言って、なぜか仰々しく俺へも深々と頭を下げた。


 ……なぜこのシスターは俺のことを丁寧に扱ったのか。


 一応、俺は聖女様の客人という扱いなのか?

 そうなるとやはり異端審問にかけられるわけではないな。


 いや違うな。

 豊満な胸だと心も広いからこのような礼儀正しい態度なのだろう。


 うん、きっとそうに違いない。


 それに対して、ルナードと言う猫族の女は、薄い胸から心も狭くて他人に強く当たってしまうのだろう。まあ、顔だけは可愛いがやれやれ困ったものだ。


 などくらだらないことを考えていると、ルナードからキッと睨まれた。


「なぜだかイラッとしました」

「……」

「行きますよっ!」

「あ、はい」


 俺はただそう返事することしかできなかった。


  ▲▽▲▽▲


 レナードの銀色の尻尾がゆらゆらと左右に揺れているのを見ながら歩き続けた。

 いつの間にか別館のようなところまで連れてこられてしまったようだ。


 先ほどまでの大理石のような殺風景な空間からどこかの高級な宿のような雰囲気すら感じさせる空間に変わった。


 赤いカーペット、外からの光の侵入を計算されたかのように完璧に配置されたステンドグラスの窓のある廊下だ。そして、宝石が埋め込まれた扉。


 派手さを感じさせる空間にぽつりと配置されている大きな扉がある。

 この先に、おそらく聖女様がいるのだろう。


 ルナードは静かにノックを数回してから扉を開いた。


 かなり広さのある空間だ。

 部屋の中央に天蓋付きのベッドがぽつんと置かれている。

 それと隅の方に机と椅子、ソファーが置かれているようだ。

 でも……それ以外にモノが置かれていない。

 

 質素というかなんというか……あまり生活感を感じさせない奇妙な部屋だ。


 まるでこの部屋の持ち主の趣味や嗜好などがこれっぽっちも感じさせないような、そんな違和感というか歪さを感じた。


 その部屋の隅にその人物——聖女ドーナ・ジブスは静かに佇んでいた。

 聖女ドーナ・ジブスの黄金色の大きな瞳が俺の姿を見て、ニコッと笑みを浮かべた。


「ジョンさん……さあ、こちらのソファーへどうぞ!」

「……」

「強引に連れ出してしまいましたが、画廊の方は大丈夫でしょうか」

「戸締まりする時間はもらったので、おそらく問題ないでしょうね」

 

 『強引に連れ出しておいて、放置するなよ』という皮肉の言葉はなんとか飲み込んだ。

 するとドーナは申し訳なさそうにシュンとした。

 その動きに呼応するように、キッとルナードからひしひしと聖女様をいじめるな、という痛いほどの鋭利な視線をお見舞いされた。


 ……理不尽すぎるだろ。


「コホン、それで用件はなんですかね?」

「えっと……その……」

「……?」


 なぜか聖女様は何かをためらうように言葉を詰まらせた。そして、ルナードへと目配せをして小さく頷いた。


 ルナードはどこかわざとらしい声を上げた。


「そういえば、私、用事があるんでしたー」


 若干、棒読みのような気がしなくもない。

 そんな違和感を抱いていると、ルナードはぴこぴこと猫耳を動かして、いそいそと部屋から出ていってしまった。


 意味がわからないが、とにかく面倒なことなのは現時点でも明らかだろう。


 しかし、そんなの俺の嫌な予感は確信へと変わった。


「実はジョンさん!あなたに騙してほしい人がいるんですっ!」


 そう言って、聖女様はこれでもかと豊満な胸を強調させた。

 好奇心の強そうな黄金色の瞳が俺の捉えていた。


 いや……絶対に引き受けたくないのだが……。

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