第1話 詐欺師、出会ってしまう

 ふん、ちょろい女だったぜ。

 行きおくれた豪商の一人娘だと肥大したプライドと相まってほんの少し優しくしただけでころっと落ちた。


 おっといけない。

 最後まで笑顔を崩さないようにしなければな。


 目の前でちょろい女が感極まった声をあげた。


「ジョンさんっ!ほんとにありがとうございます」

「いえいえ、これも女神マリアリア様のお導きでしょう」

「そうですねっ!絶対に、このブレスレットで彼の居場所を見つけ出して見せますっ!」

「ええ、是非ともブレスレットを肌身離さずにお持ちください。きっと女神マリアリア様の力が、リサさんの元から離れて行ってしまった彼の元までリサさんを導いてくれることでしょう」


 リサさんは目を輝かして大きく頷いた。

 まあ、その豊満な胸と豪商の娘というステータスだけじゃ、結婚詐欺師――タシュ・ソレドという男を繋ぎ止めておくことはできないだろうがな。


 などという言葉を飲み込んで、俺は笑みを浮かべ続けた。


 「詐欺師」として俺を一人前に育ててくれた師匠――タシュ・ソレドは、こんな中身のない女のことなんてきっととっくのとうに忘れており、次の寄生先を探していることだろう。


 そんなことを考えていると、リサさんは『では、ありがとうございましたっ!』と言って、晴れ晴れとした表情で俺の画廊から出ていった。


 ……よし。

 先ほど受け取った小さな布に包まれた塊――金を確かめるとしよう。


 一枚、二枚、三枚……おお、意外に太っ腹だな。

 チップとして、王国金貨を二枚上乗せしてくれたらしい。


 カモから受け取った王国金貨五枚を財布へとしまう。

 ジャラジャラと、財布の中で無数の金貨同士がぶつかる音が微かに聞こえた。


 心地の良い鐘の音ならぬ金の音を聞いてから、財布ごと空間魔法で異空間に収納する。


 とりあえずスラれる心配はこれでなくなった。

 と言っても、万が一俺が襲われて死んだら空間魔法は解けてしまうため、異空間に収納しているモノは全てぶちまけられてしまう。

 だからこそ結局のところ、どこに保管しておこうと意味なんてないのかもしれない。


 が、せっかくの労働の対価を万が一にでも強盗やスリで取られてしまうことを考えるとおいそれと手放してはしまいたくない。


 だからこそこの時くらいは、厄介な空間魔法と言う稀有な才能にも感謝するがな。


 そんなことを考えている時だった。

 画廊のドアが開かれ、カランカランと鈴の音が聞こえた。


  ▲▽▲▽▲


 静かな足音が近づいてくる。


 壁に立てかけられた女神マリアリア様を描いたとされる少し掠れた絵画や女神マリアリア様が掘られたとされる大理石の彫刻。それらの間を通り抜けて――ローブ姿の人物が現れた。


 一瞬、立ち止まった。それから室内をキョロキョロと見渡した。

 ローブの奥から視線が俺へと注がれたような気がした。


 静かに前へと歩いてきた。


「いらっしゃいませ!今日は何をお探しでしょうか?」

「――です」

「……?すみません、もう一度おっしゃっていただけますか?」

「探していたのは、あなたです!ジョンさんですよね……?」

「ええ、確かにジョンは私ですが……」


 誰だこいつ。

 声と華奢な姿から察するに女のようだが……。


 過去に紛い物の美術品を原価の10倍で売りつけた誰かだろうか。

 だとしたら少し厄介だ。


 なんせ今の俺に金がない。

 他人に渡す金なんてもってのほか全く持ち合わせてはいない。


 だからこそ万が一『返金しろ』などと言われたとしても、これっぽっちも返すつもりなんてない。

 

 それ以前に仮に他人に渡すほどの金を少なからず所有していたとしても、返金するつもりなど全くない。俺は俺のためだけにお金を使う。


 そんな俺の思考なんて歯牙にも掛けずに、一見お淑やかそうな雰囲気を醸し出す女の子は口元あたりでわざとらしくもじもじと手を動かした。


「あの……その……」

「はい……?」


 それにしてもこの女の子が被っているローブだ。

 よく見たら魔力の込められた糸で織られている。

 かなりの上物だ。


 それに女の子……どこかで見たことのある背格好。


 ああ、そうか。

 このやたらと魔力や時間や費用を込めて丹精に作られたであろうローブ姿は数時間前にも見た記憶がある。


 礼拝終わりのマリアリア教の信徒たちをターゲットに教会近くの路地裏でカモを見つけるために演説していた時だ。

 

 その時の群衆とまではいかないが数十人ほどの中で立ち止まった人の一人だったではないだろうか。


 その人物が俺に用があると言うのはいささか興味深い。

 が、何か嫌な予感がする。


「——なんです」

「はい……?私にどのような用件がありましたでしょうか?」

「この――わかりました」

「もう一度おっしゃっていただけますか?」


 不審な女はなぜかもじもじと胸の前で両手を小さく握ったり閉じたり数回繰り返した。

 ローブの奥からまっすぐに俺のこと見ているような視線を感じた。

 一瞬、黄金色に輝く瞳が見えた。


 スーッと息を飲み込み、何かを決意したような雰囲気を感じたと思ったら、声を張り上げた。


「この数日間、あなたのことを観察してわかりましたっ!」

「はあ……」

「ジョンさんっ!あなたは神の使い、女神マリアリア様の使徒だったのですねっ!?」

「は……はい?」


 えっと……この女は何を言っているのだろうか。

 詐欺師である俺のことを騙そうとする女なのか。

 あるいは魔法で幻影に魅せられているか、それに近い呪いの類いにでもかけられているのかもしれない。

 

 いや……単に信心深い女なのか?

 例えばせん妄を抱くほどに信心深くて俺のことをその使徒とやらと勘違いしているだけだとか……。


 いずれにしたってこの不審な女のことを信頼することなんてできるわけがない。


 そもそも初対面の人と会話するのにローブを深く被ったままであるのはいかがなものなのか。

 素性を隠す者とは仕事柄慣れてはいるが、素顔すらも隠し続けるような女の話なんて誰がまともに聞くというのだろうか。


 まあもしも詐欺師なのだとしたらあれだ。

 二流だろう。


 きっと師匠であるタシュ・ソレドが見たらこういうだろう。

『騙すことへの愛が足りない』

 

 そんな気障な言葉と俳優顔負けの身振り手振りでダメ出しされることだろう。


「あの、ジョンさん……いえ、女神マリアリア様の使徒様っ!」

「いや、お前……失礼。あなたは私のことを誰かと勘違いしているのだと思いますよ?」

「いいえ!そんなことはありませんっ!」

「なぜそんなにも自信ありげに断言できるんですか?」

「だって、私――お告げで女神マリアリア様から伺いましたから!」

「……」


 ああ、確定した。

 

 この人は俺よりもやばい種類の存在だ。

 おそらく熱心な教会信者なのだろう。

 

 少しこの街――グリーズ王国の南端に位置する『ナンタンタン』という宗教街に長居しすぎたのかもしれない。


 完全に宗教に傾倒したやばいやつに絡まれてしまった。


 面倒ごとに関わるのはごめんだ。

 

 特にこれ以上変な人種と関わるのだけは面倒ごとになりそうだ。

 今日中にはこの街からトンズラするしかなさそうだな。


 その時だった。

 バタンと勢いよくドアの開かれる音が聞こえた。

 かと思ったら、ドシドシと乱暴に歩いてくる人物が現れた。


 誰だが知らないが助かった。

 とりあえず目の前のローブ姿の女をあしらう口実ができた。


「すみませんがお客さんが来たのようなので、では私はこれで」

「ち、ちょっと!お待ちください――」


 ローブ姿の女の声を無視して、俺はお店の入り口へと向かった。

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