姉妹の語らい


 ハイエルフの住処をさらに奥に進んで、この広い森の中央へ。

 そこは大きな湖だった。とても綺麗な湖で、透き通っていて湖の底まで見える。日の光を湖面が反射していて、きらきらしていてとても綺麗。いい場所だね。


「ここが……聖域……」

「アルティも初めて? シルフ様とはどこで話してたの?」

「ここのちょっと前、ぐらい……です。小さい椅子とテーブルだけ置いてありまして……」

「ん……? どうして敬語?」

「それは、その……。守護者様、なので……」


 あー……。そっか。それを知っちゃうとこうなるんだね。しかも今はシルフ様の目もあるし。


「いいよ。敬語はいらない。姉妹だし」

「でも……」


 アルティがぷかぷか浮かぶシルフ様を見る。シルフ様は何か他の精霊たちを集めて指示を出していた。大小様々な光がシルフ様の周りに集まってる。

 シルフ様はアルティの視線に気が付くと、ひらひらと手を振って言った。


「リタがそう言うならボクは気にしないよ。ボクはこの場所を提供しただけ。のんびり気にせずお話どうぞ」


 シルフ様が軽く指を振ると、木製のテーブルと椅子が湖の側に設置された。椅子は人数分ある。宣言通りシルフ様は加わらないみたいで、椅子は三つだけだ。

 テーブルの上には木の実もある。至れり尽くせり、だね。


「アルティ」

「はい……。あ、えと……。うん」


 こくりと頷いて、アルティが椅子に座った。


『ほーん。こうして見るとかわええやん』

『アルティちゃんは最初からかわいかったやろ!』

『アルティちゃんぺろぺろしたい』

『やばい奴が出てきてるw』


 相変わらずよく意味が分からない。

 私と、あとはアリシアさんも椅子に座る。テーブルの上の小さくて赤い木の実を食べてみると、すごく甘かった。美味しい。


「シルフ様。これ美味しい」

「でっしょー!? リタが遊びに来る時のために用意していたとっておきだからね!」

「ええ……」


 今はともかく、以前はほとんど森から出なかったことなんて知ってるはずなのに。無駄になっちゃうよ。こうして実際に来たから無駄にはならなかったけど。

 アルティも木の実を食べて目を丸くしていた。思っていたよりも甘かったと思う。


「それで、アルティ。何の話をしたいの?」

「え、と……。おばさまは、リタのことは知っていたの?」

「もちろん。だから連れてきた」

「そうなんだ……」


 ちらちらと、アルティが私を見てくる。んー……。どうしよう。どう反応していいのか、ちょっと分からない。私としても、たった一人の姉妹だし。どっちが姉かは分からないままだけど。

 二人で視線を交わして、たまに逸らして。どうしよう、これ。


『なんだろう。初々しい何かを感じる』

『初めてのお友達か何かかな?』

『リタちゃんにとっても姉妹なんて初めてだろうしな』

『そりゃ初めてだろうよw』


 姉妹って、どんなことを話すのかな。身近な姉妹といえば、真美とちいちゃんだけど……。あの二人は、ちいちゃんがまだ幼いからあまり参考にならない。

 んー……。どうしよう。


「リタは」


 私が考えてる間に、アルティが先に口を開いた。


「ずっと、精霊の森にいたの?」

「ん。精霊の森の側に捨てられて、偶然師匠……先代の守護者に拾われて、育ててもらった。今は私が引き継いで、守護者になってる」

「すごい……!」


 すごい、のかな。さすがにそれはよく分からないけど。


「アルティは、師匠には会った?」

「ちょっとだけ。謁見の前に少しお話しする時間があって、魔法のことを教えてもらって……」


 そこでアルティの言葉が止まった。あ、と何かを思い出したみたいにちょっとだけ呆けた顔をして、それから何故か頭を抱えてしまった。どうしたんだろう。


「アルティ?」

「そういえば……。あの人と話していた時に、姉妹がいたらどうするって聞かれたことがあって……。そっか、あれって、そういうことだったんだ……」

「あー……」


 確かにわりと直接的に聞いていたみたいだけど、でもさすがにそれで察するべきだとも言えない。ただの仮定の話としての会話だっただろうし。

 でもアルティはどう答えたのかな。ちょっと気になる。


「アルティは? なんて言ったの?」

「え? えっと、その……。楽しそうだなって……」

「ん……。そっか」


 もしも。忌み子なんて文化がなくて、私もここで育っていたら。きっと、アルティとは仲良くできていたと思う。

 うん……。今日はアルティと会ってお話しできた。それだけで十分価値のある一日だったと思う。もしもアルティまでスランドイルみたいなやつだったら、多分私も我慢できなくなってたと思うし。

 本当にエルフの里を燃やすぐらいはしたかもしれないね。


「リタは、もうここで暮らすつもりはない、よね?」


 そろそろ帰ろうかなと思ったところで、アルティがそんなことを聞いてきた。

 ここで暮らす。アルティはまだいい。でも、スランドイルとタイテーニア。あれは、だめだ。絶対にだめだ。多分次は我慢できないと思う。


「ないよ。アルティは好き。でも、あいつらは、大嫌い」


 それに。例え何もなかったとしても、今の私は精霊の森の守護者だからね。

 そう答えると、アルティは泣きそうな顔で微笑んだ。


「じゃあ、もう二度と会うことはないね……。わたしは、次の王だから、森から出ることはできないから……」

「…………」


 森から出るハイエルフはほとんどいない。それが、次の王になるアルティならなおさらで、そもそもとして周りが許さないと思う。だから、アルティと会えるのは、これで最後。

 それはちょっと……。うん。ちょっとだけ、寂しい。


「シルフ様」

「うん?」

「アルティがここに来た時に私が精霊の森にいたら、教えてもらってもいい?」

「それってつまり、アルティにここにいつでも入る許可を出せってことかな?」


 それは……そうなる。でも私も、アルティとは今後とも仲良くしたい。シルフ様には面倒なことをお願いしてしまうことになるけど……。


「だめ?」

「いいよ。他のエルフどもならともかく、アルティなら許可しよう」

「ん。ありがと」


 これならいつでもは難しいかもしれないけど、タイミングが合えば会うことができる。

 アルティはぽかんとしていたけど、すぐに会話の意味を理解してくれたみたい。すぐにぱっと嬉しそうな笑顔になった。やっぱり笑っている方がいいと思う。


「よかった……! 精霊様、ありがとうございます!」

「はいはい。ただリタも忙しい時が多いから、その点はちゃんと理解しておきなよ」

「はい!」


 忙しい……。いや、うん。日本に行ってたりするから、そういうことでいいかな。

 それじゃあ、お話もこれで終わり。そろそろ帰ろう。アルティはともかく、やっぱりあまり気分のいい場所でもなかったから。


「アリシアさんはどうする? 一緒に帰る?」

「残るとろくなことにならないだろうから、一緒に行く」

「ん」


 私をここに連れてきた張本人、みたいな扱いになりそうだからそれがいいと思う。


「それじゃ、アルティ。私はこのまま転移で帰るから」

「うん。えっと……。またね」

「ん……。また、ね」


 なんだか、ちょっとだけ照れるような、恥ずかしいような。でもなんだかぽかぽかする。

 改めてアルティとシルフ様に手を振ってから、私はアリシアさんを連れて森の外に転移した。

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