シルフ様

 スランドイルは、どうしてか私を小馬鹿にするように鼻で笑った。


「はっ。貴様には分からないだろうが、この森には上位精霊がいらっしゃるのだ」

「私たちエルフはその上位精霊の加護を受けているのよ。頼めばあなたごとき、追い出すことなんて簡単よ」

「むしろ殺してほしいと頼もうか」

「ええ、それがいいわ!」


 上位精霊。統括精霊のことだね。そっちに頼むんだ。


『あ、ふーん……』

『なんかもう全てを察した』

『ここまで憐れな道化はなかなかいないのではなかろうか』

『アリシアさんもあ、みたいな顔になってて草なんだ』


 アリシアさんは私の立場を知ってるからね。


「お父様! お母様! 何をしようとしているのですか!」

「黙れアルティ!」

「すぐに排除するわ。後でお話ししましょうね」

「……っ! リタさん! 逃げてください! 今すぐに!」


 とても、とっても慌ててる。すごく心配してくれてる。この子、とてもいい子。なんだかすごく嬉しい。だから、意味のない心配だから、ちょっと申し訳ない。

 スランドイルが、叫んだ。


「上位精霊よ! 古き契約に従い、この場に!」


 スランドイルが何かを掲げてる。あれは、指輪、かな? あれが統括精霊に話を繋げる道具なのかも。

 スランドイルが叫んで、数秒後。ふわりと精霊が現れた。

 全体的に緑色の精霊だ。やっぱり統括精霊だね。小さな子供にも見えるけど、とても偉い精霊だ。


「あー? 何か用?」


 すごく気怠そうな声でそう言った。


「上位精霊よ! その者を国外追放……いや! 処刑を頼みたい! エルフに仇なす者だ!」

「過激だね……。いったい誰を……」


 その精霊が、スランドイルの示す先を、つまり私を見て。


「あー! リタじゃん! 久しぶり!」

「ん。久しぶり、シルフ様」

「様なんていらないって! なになに? いつか仕返しに来るかなって思ってたけど、ついにやるの? 手伝おっか? さすがに森を枯らすと世界に悪影響が出ちゃうからだめだけど、エルフの根絶やしぐらいならやってあげるよ?」

「だめだから。…………。だめだから」

「えー?」


 シルフ様の発言が過激すぎてちょっと困る。両親に対してはともかく、他の、それこそ普通のエルフたちまで皆殺しにしたいとはさすがに思ってない。

 この辺りはシルフ様もやっぱり精霊だなって。最終的に気に入った人以外はどうでもいい、という考え方。


『やっぱり統括精霊か』

『シルフ様かわいい』

『なんか風の魔法使いそう』


 前も言ったと思うけど、少し得意とかはあってもその属性しか使えないっていうことはないからね。

 シルフ様は私の周りをくるくる飛んでとても楽しそうにしてる。見た目は同年代ぐらいに見えるから、以前はよく遊んでもらっていた。統括精霊の中でも一番仲良しかもしれない。


「リタはいつもちっこいね。ずっとそのままでいてほしいなあ」

「ん……。シルフ様もちっこい」

「ボクは好きでこの姿なんだよー」


 きゃっきゃと楽しそうに笑うシルフ様。いつも通りでちょっと安心した。

 そんなシルフ様の様子に目を丸くしているのは、スランドイルたち。アルティまで唖然としてる。


「じょ、上位精霊様……。その者を……」

「あー? 何言ってるの? リタを追放? 処刑? それをするならお前達を殺すけど」

「な……!」

「というよりね。精霊の森の守護者に対して、君らは何を言ってるのさ」


 スランドイルたちが絶句して私を見てきた。言ってなかったからね。


「ん……。改めて名乗る。精霊の森の守護者、リタ。ちなみにさっきまで悪し様に言ってる人族は、先代の守護者」

「そうそう。つまり君たちは、ボクたち精霊に対してケンカを売ってるんだよ。理解してる?」


 その言葉に、スランドイルとタイテーニアは顔を真っ青にして。反対に、なんだかアルティの目はきらきらし始めた。


「リタからさ。今のところエルフの里に対して何かをするつもりはないって聞いてるから、ボクたちも何も手を出さないってだけなんだよね」


 シルフがつまらなそうにあくびをして、すっとスランドイルたちに近づいた。


「リタの気が変わったら、ボクたち精霊は君たちの敵になるよ。エルフの里周辺だけ魔力の流れを止めてもいい。君たちの行く先全てで、魔力を遮断する。意味は、分かるかな?」

「そ、それは……」


 曲がりなりにも精霊の加護を受けていた人たちだ。シルフ様の言葉の意味はよく分かってると思う。

 シルフ様がそれをした場合、エルフの里は数年で滅びると思う。魔力の流れを絶たれるというのは、この世界の生命にとってそれだけ致命的だから。


「ありえん……忌み子が……守護者だと……?」


 スランドイルが呆然とつぶやいてる。タイテーニアも信じられないものを見るような目だ。

 私は別に信じてほしいわけじゃないけど、精霊たちの言うことを疑うつもりなのかな。


「なぜ……なぜ忌み子が守護者になれるの! それなら、そう……。このアルティを守護者にしてはいかがでしょう! 私たちから見ても優秀な子です!」

「お母様、何を言っているのですか!?」

「ふうん、優秀ね……」


 シルフ様の視線がアルティに向いた。アルティが肩をふるわせて一歩下がる。さすがにいきなり巻き込まれてこれはかわいそうだ。

 そんな様子のアルティを見て、シルフ様は鼻で笑った。


「だめだね。その程度じゃ守護者にはなれない。リタと比べると、あまりにも弱すぎる」

「そんなことは……!」

「お母様もお父様も黙って! どうして分からないの!? わたしじゃ足下にも及ばない魔女なのに……!」

「やってみなければ分からないでしょう! アルティ、守護者になるチャンスよ!」


 いや、うん。本当にかわいそう。シルフ様ですら正気を疑うような目になってる。精霊が一個人に対して同情するってなかなかないよ。アリシアさんなんていろいろ諦めた目をしてるし。


『なんかもう、アホとか通り越して……すごいなこれ。いろんな意味で』

『なあもう帰ろうぜ、リタちゃん。気分良くないだけだってこれ』


 正直、私もなんだかどうでもよくなってきた。関わり合いになるだけ疲れるだけだ。師匠が来たことも確認して、何の話をしたのかも分かった。もうそれで十分。私とは無関係、それでいい。


「シルフ様。帰ろう。案内して」

「え? いいの?」

「ん」

「だってこいつら、先代に対して攻撃してたよ?」

「ん……。ん?」


 攻撃? なにそれ聞いてない。

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