はじめての温泉
浴衣でてくてく歩いていく。いつも以上に視線が多い気がする。
『俺も現地で見たかったなあ』
『昨日急いで有給取って現地にいる俺は勝ち組です』
『羨ましすぎる』
『人が多くてそれどころじゃないけどな!』
『ですよねw』
人、本当に多いね。私たちの行く方向は少なくなってるけど、もしかしたらテレビの人がどうにかしてくれてるのかも。それだったら、ちょっとありがたい。
「リタちゃーん!」
名前を呼ばれたので振り返ってみる。若い女の人がスマホを向けて手を振っていた。とりあえず振り返しておこう。ふりふり。
「やった! 振り返してくれた!」
「うまく撮れた!」
「自慢しよっと!」
自慢になるのかな。よく分からない。
『いつも思うけど普通に羨ましいんだけど?』
『振り返って手をふりふりしてくれるリタちゃん見たい。俺も見たい』
『控えめに振ってくれるのがかわいい』
もっと大きく振った方がいいのかな?
「ふふ……。私もいるのに、ここまで無視されるのは初めてかもしれないわね」
「高崎さんも注目されてますよ。主に男の人に」
「そうね……少し複雑だけど」
「あはは」
そんなに注目されてもいいことなんてないと思う。
私たちが向かったのは、湯畑から東に少し歩いた場所にある温泉。この近辺でもかなり有名な温泉らしい。特徴は、ぬるめのお湯から熱めのお湯までゆっくりと慣らしていけるお湯があること。
入ってすぐのところで受付をする。そうしてから、脱衣所へ。
「配信切るよ」
『分かってたけどそんな殺生な!』
『せめて音声だけでも! 会話だけでも!』
『おねがいしゃす!』
んー……。まあ、隠すことはできるけど……。どうしよう。
真美に視線を向けると、少し考えてたみたいだけど頷いた。
「さすがに全部切っちゃうと、ほとんど何もなくなると思うし……。音声だけならいいと思う」
「そうね。テレビでもタオルを巻いているとはいえ、映しているわけだし」
「ん。だって。じゃあ音声だけ残す」
『よっしゃあ!』
『我らは勝利をもぎとったぞ!』
『リタちゃんありがとう投げ菓子奮発します』
『投げ菓子はよ』
「ここでやったら他の人に迷惑だよ」
いつも唐突にやってるのに、量が多いからね。ここでやったらまたすごいことになりそう。
映像だけ省くように魔法を調整して……。これでよし。
『いや、あの、リタちゃん』
『音声はそのままなのに謎の映像が流れているのですが』
『なにこれ』
「真っ黒も寂しいと思って、フェニちゃんの視界でもどうかなって。ちゃんとフェニちゃんには許可を取ってるから安心して」
『いや安心っていうかなにここ』
『あっちこっち真っ赤』
『これもしかして火山なのでは?』
「溶岩浴でもしてるのかも」
フェニちゃんにとってのお風呂が溶岩浴だったはず。たまにのんびりする時に、近くの火山に寄って溶岩浴をするんだとか。さすがに私はやろうと思えないけど。結界がなかったら普通に死んじゃう。
浴衣を脱いで、真美と一緒に温泉へ。広い温泉なのかなと思ったら、ちょっと小さいところが四つ並んでる。なにこれ。
「ここ、手前の方が温度が低いんだって。奥の方が高いから、ここで慣らすの」
「へえ」
『真美ちゃん博識』
『まあネット情報だろうけど』
『ところで本来の案内役の人は何してんの?』
『さぼってないで仕事して?』
「うるさいわね……!」
あまり怒ったらだめだと思う。視聴者さんの言葉は適当に聞き流すぐらいでいいよ。
とりあえず手前から。うん、あまり熱くない。気持ちいい。でもまだ大浴場もあるらしいから、ここはさくっと一番奥まで。
「ん。ちょっと熱め」
「だね。でもだいたいはこの熱さらしいよ」
「そうなんだ」
次は大浴場。本番、だね。
「おー……。すごく広い」
「広いね!」
「銭湯みたい」
「う、うん……。そうなんだけどね……?」
『気持ちは分かるけど温泉と銭湯は一緒にしちゃだめだw』
『温泉の方が絶対に気持ちいいから!』
『もちろん銭湯には銭湯の良さがあるけどな!』
どっちの方がいいってわけじゃないってことだね。
体を洗って、早速温泉へ。ちゃぷんと。
「おー……。ちょっと熱めだけど、気持ちいい……」
「リタちゃんが溶けていく……」
「はふぅ」
『ゆるゆるリタちゃん』
『なお映像はない』
『温泉によっては熱めだけど、でもお風呂とは違う気持ちよさがあるよね』
『声からしてリラックスしてるのが分かるw』
ん……。すごく気持ちいい。これはとてもいいもの。
「ちなみにリタちゃん。露天風呂もあるよ」
「ろてんぶろ」
「行く?」
「いく」
よく分からないけど、とりあえず行ってみよう。
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