旅館


 高崎さんに案内されたのは、湯畑から少し離れた場所にある旅館。とても大きな日本らしいお家で、少し離れた場所にあるからか夜は結構静からしい。落ち着いてゆっくりできる宿、なんだって。


「すごい……。いかにもな旅館……!」

「今回はここの三階を、私たちとテレビ関係者で貸し切りになっているから。階段を下りなければ知らない人に会うこともないわ」

「夜は安心ですね」


 こういう宿を、趣がある、とか言うのかな? よく分からないけど。

 みんなで中に入ると、着物を着た女の人が綺麗な姿勢で立っていた。私たちを見て、にこりと微笑んで頭を下げた。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

「予約していた高崎です」


 高崎さんが着物の人と話をしてる。そっちは任せて、私は宿をぐるっと見回した。

 入ってすぐは玄関、だね。たくさんの靴箱が並んでる。ここでスリッパに履き替えるみたい。玄関から上がったところはカウンターや売店があって、左右に延びる廊下もあった。カウンターの奥は従業員のための部屋、かな?

 この部屋の左側は大浴場、右側は食堂になってるみたい。美味しいもの、あるかな。


「リタちゃん、靴はどうするの?」

「アイテムボックスに入れる。真美のも入れる?」

「うん。お願い」

「わかった」


 私が持っていれば、いつでも出せるから便利だと思う。

 高崎さんがお話を終えたみたいで戻ってきた。着物の人、女将さんが部屋に案内してくれるとのことだった。

 女将さんの案内で、宿の中を歩く。階段を上らないといけないみたいだけど、階段は左側と右側の廊下、カウンターの側の三カ所かな。今回はカウンターの側の階段を使って上る。そのまま三階へ。

 階段を上った先は、誰でも使える部屋。椅子が並べられていて、旅先で知り合った誰かとゆっくりと話ができる部屋、らしい。今回は使わないかな? 広い部屋だからちょっと見て回るのもおもしろそう。


 その部屋から廊下に出て、案内された部屋。そこが今回の私たちの部屋みたい。

 高崎さんが女将さんから鍵を受け取って、ドアを開ける。みんなで中に入った。カメラの人はちょっと窮屈そう。

 お部屋は畳の部屋が二部屋、だね。手前と奥に部屋があって、手前の部屋は机や座布団、大きなテレビとかが置かれてる。

 奥の部屋は何もないけど、女将さんが言うにはお布団を敷きにきてくれるらしい。

 どっちの部屋も結構広い。


「真美のお家の部屋より広い」

「私の家を比較対象にしないでほしいかな……」


『さすがに一般家庭の部屋と比べたらなw』

『なかなかええ感じの宿やね』

『ちゃんと広縁もある』


 なんだろう。こうえん……? 読み方がちょっと分からない。


「真美。真美」

「どうしたの?」

「これ、なんて読むの?」


 コメントの漢字を指さすと、真美はすぐに頷いて教えてくれた。


「ひろえん、だね。奥の部屋のその奥にあるスペース、あそこだよ」

「ん?」


 奥の部屋。そういえば、確かに奥の部屋のその奥に、不思議なスペースがある。小さいテーブルと椅子が置かれてるだけの部屋だ。大きな窓があって、日当たりもいいし景色もいい。

 でも何のための場所なのかな。部屋、じゃないよね?


「なにあれ」

「私もあまり詳しくないんだけど……。確か、もともとは外側にある廊下で、その名残で日本の家屋にはああいうスペースがある……とか、そんな感じだったはず」

「へえ……」


 ちょっと興味がある。広縁というスペースに行ってみると、うん、やっぱりちょっと狭い部屋だ。でもふかふかの椅子に座ると、なんだか不思議な落ち着きがある。ゆっくりできそう。


「いいスペースでしょう? 温泉から戻ってきて、広縁でゆっくりしながらお酒を飲む……。これがいいのよ」

「お酒は飲まないけど」

「それでもよ。今回はリタちゃんと真美ちゃんで使ってね。きっと気に入るから」

「ん……」


 今も結構気に入ってるけど、お風呂の後だともっと違うのかな? これも楽しみ、だね。


「それじゃ、リタちゃん」

「ん」

「着替えよっか!」

「ん……?」

「浴衣! さあさあ!」

「わあ」


 なんだかちょっと前にも同じようなことがあった気がする。具体的に言うと昨日に。いや、別にいいんだけど。浴衣も嫌いじゃないから、別に逃げないんだけどね。

 とりあえず。


「配信はちょっと切るね」

「そうだね」


『そんな殺生な!』

『いやです! 生着替えを見たいです!』

『お前らマジで気持ち悪いから自重しろ』


 ちょっとうるさいコメントを無視して、一度配信を切る。そうしてから、真美と一緒に浴衣に着替えた。

 今回の浴衣は旅館が用意してくれた浴衣。真美は白地に水玉の模様がある浴衣で、私は薄い赤に金魚のイラストが描かれてる。

 んー……。


「子供用?」

「子供用だね」

「リタちゃんちっちゃいもの」


 いや、うん。大丈夫。私が小さいのは分かってるから、仕方ないのもちゃんと理解してる。それにこの浴衣も着心地がいいから悪くない。

 高崎さんも浴衣に着替えたところで、配信を再開した。


『よかった、このまま配信終わっちゃうかと……』

『みんな浴衣になってる!』

『リタちゃんが完全に子供用やなw』


「ん。だめ?」


『かわいいからいいと思う!』

『かわいい!』


「ん……」


 それならいいのかな?


『高崎さんも浴衣はいいんだけど……』

『絶妙にえろい』

『どことは言わないがでかい』


「ろくでもないコメントね」

「あははー……」


 呆れたような高崎さんの言葉に、真美はなんとも言えない苦笑いだった。視聴者さんはもうちょっと気をつけた方がいいと思う。

 tもかく。これで準備完了だ。早速温泉に向かおう。楽しみだね。

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