どうでもいい有名人さん


「旅行だー!」

「だー」


『真美ちゃんのテンションがめちゃくちゃ高いw』

『逆にリタちゃんは平常運転』

『語尾の上がるだーの後に平坦なだー』

『何の話だよw』


 旅行当日。東京駅で待ち合わせ、ということで、東京駅の前にいる。たくさん人が集まってるけど、きっとテレビの人がどうにかしてくれるはず。私は知らない。


「温泉。楽しみ」

「楽しみだね! 温泉ってすごく気持ちがいいんだよ!」

「おー……」


 銭湯も気持ちいいけど、温泉はもっと気持ちいいらしい。とても楽しみ。

 のんびり待っていたら、野次馬っていうのかな、ちょっと多くなってきたためか警察の人とか駅の人とかも集まってきた。今はその人たちに誘導されて解散していってる。


「んー……。目立ちすぎた?」

「場所を指定したのはテレビの人だから、リタちゃんは気にしなくていいよ」


『責任を丸投げである!』

『事実だからなあ』

『テレビの人はもうちょっと反省するべき』


 ちょっと無茶ぶりだと思う。

 さらに少しして、大きなバスが私たちの側にとまった。下りてきたのは、なんだか綺麗な女の人。すらっとした人で、どこかで見た覚えがある。

 その人は私たちに気が付くと、笑顔で言った。


「初めましてね、リタちゃん。あたしは高崎鈴音(たかさきすずね)。知っているかしら」

「見たことはあるけど、どうでもいい人は意識してない」

「リタちゃん!? 事実でも言葉を選んで!?」

「あ、あはは……」


『日本でもトップクラスの女優になんということをw』

『真美ちゃんのそれもフォローじゃなくて追い打ちなんだよなあ』

『高崎さんが何とも言えない苦笑いになっていらっしゃる……』

『そりゃこんなに冷たい反応はそうそうないだろうからなw』


 有名人らしい。芸能人っていうやつかな? でも私には関係のない人だから、どうでもいい人だった。でも今日はさすがにちゃんと覚えておこう。高崎さん。有名人。

 続いてバスから降りてきたのは、大きなカメラ、だっけ。それを持ってる人とか、マイクを持ってる人とか、道具を抱えてる人とか……。いっぱい。

 そのうちの一人、中年ぐらいのおじさんが声をかけてきた。


「初めまして。俺は今回の責任者を任されてる堂島というものだ」

「ん」

「このバスで君たちを目的地まで連れていく。が、そこから先は自由だ」

「ん?」

「高崎さんには宿泊先の旅館の場所を伝えているから、自由に行動してほしい」


 なんだか予想と全然違う。もっといろいろ、細かく注意事項があるかと思ってたから。


「ここに行け、あそこに行くな、とかはないんですか?」


 私が気になったことを真美が聞いてくれた。堂島さんは頷いて、


「むしろ聞きたいんだが、そこの魔女さんは従ってくれるのか?」

「…………」


 無視はしないと思うけど、本当に行きたい場所があれば気にせず行くかも?

 真美も納得したように苦笑してる。ちょっとひどいと思う。


『正論である』

『リタちゃんが好奇心を抑えられるわけがないだろうがいい加減にしろ!』

『なんだこのおっさん有能か?』


 そこまで言う必要はないと思う。

 ともかく、移動だ。みんなでバスに乗り込んだ。

 バスはなんだかとても広々としてる。真美が言うには、普段あちこち走ってる市営のバスとは全然違うものらしい。真美もこういうのは初めてみたいで、驚いてるほどだ。


「すごい……なにこれ……」


『なんやこのバス。個人用?』

『重要な人のために用意したのかな』

『間違いなく特別待遇』


 バスは多分、前と後ろで二つの部屋がある造りになってる。奥の方に資材とか必要なものを運び込んでるみたいで、他の人もだいたいはそこに入るみたい。

 私と真美、高崎さんは前の部屋。ふかふかの椅子の前にはテーブルがあって、みんなで見れる大きなテレビも備え付けられてる。冷蔵庫もあって、中の飲み物は自由に飲んでいいらしい。

 ただしあまり立ったり歩いたりせず、シートベルトをつけておいてほしいとは注意された。事故の時にとんでもないことになるから、だって。


「具体的には?」

「そうね……。ビルから落ちるのと大差ない衝撃らしいわよ」


 そう教えてくれたのは高崎さん。博識だ。でも。


「んー……。その程度?」

「え」

「リタちゃん、一般的にはビルから落ちると即死だからね?」

「そうだった」


『魔女の感覚と一緒にするんじゃない!』

『そもそも結界あるから、この子多分スカイツリーから落ちても普通に生き残るのでは』

『衝撃とかどうなってんだよ』

『魔法に物理法則を求めるな』


 衝撃は結界全体に逃がしてるというか……。説明が難しい。魔法の部分だから。

 でもとりあえず、日本のルールではシートベルトは必要らしいから、ちゃんと守っておこう。

 椅子に座る。すごくふかふか。まるで包み込むような椅子で、とても座り心地がいい。いつか乗った新幹線の椅子を思い出す。

 走り始める前に高崎さんが冷蔵庫から飲み物を取ってくれた。果汁百パーセントのオレンジジュース。飲みやすいようにペットボトルに入ってる。


「現地に到着するまで四時間ほどかかるけど、テレビで何か見たいものはある?」

「任せる」

「あらそう? 真美ちゃんは?」

「じゃあ、せっかくなので高崎さん主演の映画をお願いします。魔法が出てくるもので」

「昨日の二人の配信、見てるのだけど。え? 公開処刑? 本当に?」

「おもしろそう」

「逃げ場がない……!」


『これは草』

『高崎さんがいじられるのはなかなか見ない光景やなw』

『大物オーラ半端ないからな』

『魔女にそのオーラは通用しないけどな!』


 高崎さんは何とも言えない表情になってたけど、テレビで映画をかけてくれた。どんな映画か、楽しみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る