ミレーユさんの注意事項

 それなら、やっぱり……。


「船?」

「ですわね。リタさん、船は初めてなのでは?」

「んー……。そうとも言えるし、違うとも言える」

「意味不明ですわよ?」


 だって、日本の船しか乗ったことがないから。あれも移動が目的というより、船に乗ることそのものが目的だったし。もちろん楽しかったからいい思い出。


『ウナギを食べに行った時のやつぐらいかな?』

『シャボン玉が懐かしい』

『そっちは移動が目的になるし、技術的にも全然違う船じゃないかな?』


 そうなのかな。見たことがないから分からない。少し気になるかも。

 んー……。闘技場はあんまり興味がないけど、この世界の船は気になる。移動手段にもなるし、ちょうどいいかも。


「じゃあ、船で行く」

「それがいいわね。港のギルドで船の護衛の依頼も受けられるから、小遣い稼ぎにはいいわよ」

「護衛」


 学園に行く時に馬車を護衛して以来だね。久しぶりに護衛の依頼もいいかもしれない。


「日数はどれぐらいかかる?」

「八日ぐらいかしらね」


『おや。わりと早くね?』

『帆船じゃなかったりする?』

『説明しよう! 船は車と違うので時間がかかるぞ!』

『説明になってねえよw』


 えっと……。日本の本で見たことがある。昔の船は風の力で進む船なんだよね。帆船、だっけ。そこまで速度は出なかったはず。


「どうやって進むの?」

「魔道具ですわね。そのために魔道具に魔力をこめる人員が何人も乗船しますわ」


 話を聞いてみると、魔力のコントロールができなくて魔法は使えないけど、保有魔力はそれなりに多い、という人が一定数いるみたい。そういう人が一緒に船に乗って、魔道具に魔力をこめるんだって。

 どうやってこめるのかなと思ったら、船の魔道具は魔力を吸い上げる機能をつけてあるんだとか。ずいぶんと乱暴な魔道具だと思う。吸い上げられすぎたら大変だよ。

 そう思うけど、私が気にすることでもないかな。この世界の船はそういうもの、と思っておこう。


「じゃあ、行ってみる。地図見せて」

「もしかして、転移で行くのかしら」

「ん。船で時間がかかるなら、港まで時間をかけたくない」

「リタさんらしいですわ……」


 どういう意味かな。

 地図を見せてもらって、港の場所を確認。ついでにセリスさんが、港のギルドへの紹介状を書いてくれた。


「それじゃ、行ってきます」

「待ってくださいまし、リタさん!」

「ん?」

「あなたに一つ、大事な注意事項を伝えますわ!」


 大事。それは気になる。すでに立ち上がっていたから、そのままミレーユさんに向き直った。ミレーユさんも立ち上がって、じっと私を見つめてくる。どんな注意だろう。どきどきする。


「リタさん!」

「ん」

「暴れすぎないでください。いや本当に。怒りそうになったら、とりあえず深呼吸です。いいですわね?」

「…………」


『いや草』

『リタちゃんの信用のなさよw』

『そりゃお前、ごはんの邪魔をされてマジギレする子だからなw』

『これが日頃の行いなんやなって』


 怒るに怒れない。言われてみると心当たりがいくつかあるから。ちょっと反省しないといけないと思えた。

 ごめんね、精霊様。守護者の威厳は、私には期待できないみたいだよ。


「ん……。襲われない限り、大丈夫。きっと、大丈夫」

「不安ですわ」

「不安ね」


『フラグにしか聞こえねえwww』

『おらわくわくしてきたぞ!』


 余計なことは言わなくていいよ。

 でも、うん。本当に、ちょっと気をつけよう。がんばる。




 ギルドからそのまま転移して、たどり着いたのは港町。の、上空。大きな船がたくさんだ。小さい船もある。

 転移魔法は見られたくないから、結構上空にいる。港町はわりと大きい街になるのかな。ミレーユさんがいる街と同じぐらい、だと思う。

 交易でも重要な場所らしくて、街の門ではたくさんの馬車が並んでる。あの列に並ぶのはちょっと面倒だけど、私にはとっても便利なアイテムがある。


『はえー。これが異世界の港町』

『魔道具で動くらしいけど、帆船ばっかやな』

『魔道具が動かなくなった時のためかな?』


 そうかも? 魔道具の修理なんてできる人が限られるだろうから。

 とりあえず街に入ろう。ギルドに行って、護衛のお仕事を受けないと。護衛の仕事は久しぶりだから、ちょっと楽しみ。飽きたら、また前みたいに日本に行ってご飯もらってもいいし。

 フードをしっかり被って、門へと下りていく。途中で私に気付いた人たちが指さしたりしてるけど、とりあえず無視。門の前に下りると、門番さんが口をあんぐりと開けて固まっていた。


「中に入りたい」


 そう言ってギルドカードを差し出す。もちろん今回はSランクのカードだ。門番さんは目を大きく開いてやっぱり固まってる。

 なんというか、すごい。口をあんぐり、目をぱっちり。驚きすぎじゃないかな?


「聞いてる?」


 動かないから声をかけてみると、門番さんは慌てたように姿勢を正した。


「失礼致しました! 少々お待ちください!」


 門番さんが慌てて門の中へと走って行く。えっと……。他にも待ってる人がいるから、早くしてあげてほしい。私が他の人に怒られそうだから。

 門番さんはわりとすぐに戻ってきた。もう一人、初老の男の人を引き連れて。責任者か何かだと思う。その人は私のギルドカードを見ると、やっぱりちょっと目を見開いて驚いていたけど、でもこっちはすぐに対応してくれた。


「失礼。お預かりします」

「ん」


 門番さんがギルドカードを受け取って、表を見たり裏を見たりと何かを確認してる。確認する方法でもあるのかな。


「ありがとうございます。隠遁の魔女様でお間違いありませんか?」

「ん」


 私が頷くと、なんだか周囲がどよめいた。


『この瞬間がたまらなく好き』

『わかる』

『おれつえーに似た何かを感じる』


 何かって何だよと言いたい。

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