精霊の森の名物

 とりあえずこれで挨拶は終わりでいいのかな? アリシアさんも戸惑いながらも立ち上がってる。精霊様ももう何も言うつもりはないみたいで、ずっと私のことを撫でてる。

 この後は、どうしよう? 挨拶をすることしか聞いてない。王都に送ればいいのかな? それとも、一泊するのかな。


「アリシアさん。今日はどうするの? 私のお家に泊まるの?」

「リタの家……。ここにある?」

「ん。精霊の森にある。師匠と住んでた家」

「へえ……」


 興味を持ったみたい。私のお家にお泊まり、でいいかな。それじゃ、そろそろ……。


「精霊様、離してほしい。帰る」

「もう少し」

「ん……」


 精霊様は私のことをずっと撫でてる。私も嫌というわけじゃないから、受け入れてるけど。精霊様に撫でてもらうのは好きだから。安心感がある、みたいな感じ。


「んふー……」

「ふふ……」

「なにこれ」


『なにこれ』

『俺らも聞きたい』

『相変わらず表情は変わらないけど、リラックスしてるのは分かる』

『ゆったりリタちゃん』


 んー……。気持ちいい。でも、そろそろ行かないと。


「精霊様。そろそろ」

「残念ですが、仕方ありませんね」


 精霊様から離れて、アリシアさんの方へ。少しだけ名残惜しいのは、きっと気のせい。


「おやすみなさい、精霊様」

「はい。おやすみなさい、リタ」


 精霊様に手を振って、アリシアさんと一緒に転移した。

 転移先はもちろん、私のお家。アリシアさんは周囲を見回して、少し驚いてるみたい。


「広い」


 お家の前のスペースのことかな? ちょっとした魔法の実験とかもできるから便利なスペースだ。魔獣を狩った場合はここで食べるし。

 次にアリシアさんはお家を見て、おお、と声を上げた。


「思ってたよりも大きい。小屋みたいなものと思ってた」

「ん……。師匠と二人で暮らしてた」

「なるほど」


『二人暮らしでも広いと思うのは俺だけか?』

『日本が狭すぎるだけかも?』

『なんだかんだと俺らにとっても思い入れのある家だよな』

『師匠の代から見てる家だからなあ』


 お家のドアを開けて中に入ると、カリちゃんが魔法陣を浮かべてぷかぷか浮いていた。本も浮いていて、のんびり読んでるみたい。

 カリちゃんは私に気が付くと、あ、と嬉しそうに笑った。


「おかえりなさいー。おやー? お客ですかー?」

「ん。アリシアさん」

「アリシアです。よろしく」

「はーい。よろしくお願いしますー」


 ひらひらと手を振るカリちゃん。そのまま、また本へと戻ってしまった。アリシアさんはそんなカリちゃんが気になるのが、じっと見てる。


「精霊が普通にいる……」

「ん。あまり気にしないでほしい」


 師匠を探すお手伝い、というのを言っちゃうと、他の星への転移魔法とかそのあたりの話も入ってきてしまう。だから、詳しくは内緒にしておく。


「アリシアさん、適当に座ってね。お部屋は師匠の部屋があるけど……」

「いい。ここで寝袋に入る。思い出があるでしょ?」

「ん……。ありがと」

「うん」


『ミレーユさんといい、みんなすごく気を遣うな』

『リタちゃんの思い出を汚さないように、という気遣いを感じる』

『やっぱいい人やな!』

『ハイエルフはクソのイメージが定着してるけどな!』


 それはアリシアさんは関係ないから言わないであげてほしい。

 今日は、この後どうしよう。たまにはゆっくりしようかな?


「リタ。あの本棚の本、読ませてもらってもいい?」

「ん。保護魔法かけてある。どうぞ」

「ありがとう!」


 あれ? ちょっと興奮してるみたい。アリシアさんは駆け足で本棚の方へと向かうと、じっくりと眺め始めた。


「すごい……。貴重な本ばっかり。どれを読もう……」


 ミレーユさんも似たようなことを言ってたね。本の価値はよく分からない。

 アリシアさんは本を読むみたいだし、今日は私も本を読もうかな。


「今日は一日、のんびり読書する」


『はーい』

『俺はweb小説でも読もうかな』

『リタちゃんは何を、と思ったらラノベ取り出してるw』

『まさかのラノベwww』

『難しい本を読むイメージだったのにw』


 お家の本は全部読んじゃったからね。最近は日本の本がお気に入り。真美からこのラノベっていうのを借りてるけど、おもしろいよ。

 それじゃ、のんびり読んでいこう。




 三冊ほど読み終わったところで顔を上げた。お日様が沈みそうになってる。夕暮れ、だね。そろそろ晩ご飯。

 というわけで。本に集中してるアリシアさんの目の前で、レトルトカレーとご飯を取り出す。さっと温めて、お皿に盛り付けて、完成。


『なんかいきなりカレー作ってるw』

『まーたレトルトかい!』


「レトルトカレー美味しいよ?」


『分かるけどもwww』


 匂いに気が付いたのか、アリシアさんが顔を上げた。カレーを見て、目を丸くしてる。


「リタ。なに、それ?」

「ごはん。どうぞ」

「え? あ、うん……。ありがと」


 本を横に置いて、とりあえず一口食べるアリシアさん。ためらいがないのはさすがだと思う。私が出したものだから信用してくれたのかな。

 アリシアさんは一口食べて、一瞬だけ硬直して、そして勢いよく食べ始めた。


「美味しい。すごく美味しい。なにこれ。すごい」

「ん。カレーライス。とても美味しい」

「うん。うん。世界一美味しい。間違いない」


『世界一www』

『なんなん? エルフはカレーが好きなん?』

『もうエルフという種族がカレー好きと言われても驚かねえぞw』


 そんなことはないと思う。多分。

 調べることはできないだろうけど。アリシアさんだから出しただけで、他のエルフに食べさせるつもりなんてないから。


「この辛さがほどよくて、とてもいい。これはいい料理。どこの国の料理?」

「んー……。内緒」

「守護者に伝わる料理? 分かった、詮索しない」

「えっと……。ん……」


『謎の勘違いが広がっていくw』

『カレーライスは精霊の森の名物だからね!』

『あながち間違いじゃないのがなんともw』


 旅をしてるアリシアさんが食べたことがないみたいだし、この世界にはカレーに似た料理はないんだと思う。だから、この世界ではカレーライスを食べられるのは、精霊の森だけ。つまり名物。

 うん。さすがに無理があると思うし、それはだめだと思う。

 ご飯のあとは就寝、なんだけど……。


「寝ずに読むの?」

「だめかな。ここでしか読めないから、時間を無駄にしたくない」

「ん……。別にいいけど、大丈夫?」

「一週間ぐらいなら寝なくてもどうにかなる」

「それなら、いいけど」


『エルフすげえ』

『ミレーユさんでもさすがにちゃんと寝てたのに』

『リタちゃん微妙に引いてるけど、研究中のリタちゃんはどうなん?』


 それは……。何も言わないでおく。似たようなものだったから。

 すっかり読書に集中してしまったアリシアさんを置いて、私はもう寝ることにした。起きていても仕方ないから。

 明日は、アリシアさんを送ったら日本に行こう。久しぶりにゆっくりできるから、楽しみ。

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