精霊様とアリシアさん


 転移先は、精霊の森。世界樹の前。目の前に突然世界樹が現れたアリシアさんは呆然と、珍しく頬を引きつらせていた。


「リタ。その……」

「ん?」

「心の準備が欲しかった……」

「ん……。ごめん」


『森の入り口の前とかに転移するかなと思ったら、いきなり世界樹の前でござる』

『さすがにかわいそうと思いそうになったけど、今までのギルマスへの所業を思い出して因果応報かなと思いました』

『否定できねえw』


 精霊様に挨拶したいって聞いたから、まっすぐにここに来たんだけど……。でも言われてみると、心の準備は大切だったかも。私も師匠の家族と会う時はすごく緊張したから。

 んー……。ちょっと、唐揚げ食べたくなってきちゃった。食べに行こうかな。

 アリシアさんが見るからに緊張してるから、精霊様を呼ぶのはちょっと待つ。精霊様のことだからすでに気付いてるとは思うけど、多分呼ぶまでは待ってくれると思うから。


「ふう……。よし。大丈夫」

「ん。それじゃ、精霊様」


 私が呼ぶと、すぐに精霊様が姿を現してくれた。いつもの、柔和な笑顔の優しい精霊様。

 じゃなくて。

 とても、とても冷たい目をしてアリシアさんを睨み付ける精霊様がそこにいた。


『ヒェッ』

『やばいマジでやばいやつ』

『精霊様のマジギレなんて初めて見たぞ』

『なんでこんなキレてんの!?』


 私も、精霊様のこんな冷たい顔は初めて見た。ちょっと、怖い。

 アリシアさんは小さく喉を鳴らすと、すぐにその場に膝をついた。深く頭を下げて、言う。


「お初にお目にかかります。世界樹の精霊様。私はアリシア・エルフィネスト。ハイエルフです」

「…………」


 精霊様は何も言わない。ただ、静かにアリシアさんを睨み付けてる。

 どれぐらいそうしていたかな。少ししてから、精霊様が口を開いた。


「この子を捨てた一族の者が、よく私の前に来られましたね」


 その声も、普段の優しい精霊様とは全然違って、とても怖い声だった。


『あー……』

『リタちゃんが仲良くしてるから忘れてたけど、精霊様からすれば許せない相手の一人だよな』

『え? やばくね?』


 私もようやく気付いた。精霊様にとっては、アリシアさんも他のハイエルフと同じ扱いなんだと思う。確かに私も何も知らなければ、関わるのは避けたと思うし。

 表情の薄いアリシアさんだけど、私でも緊張しているのが分かる。アリシアさんは頭を下げたまま、言う。


「世界樹の精霊様のお怒りは理解しています。あなたの気が晴れるのであればこの首、持っていってください」


 それを聞いた精霊様は、とても怖い笑顔になった。


「良い覚悟です。いいでしょう、あなたの首をもらい受けましょう」


 精霊様がゆっくりと手を振り上げていく。不可視の魔力が渦巻いてるのが感じ取れる。

 そっか。それをしたいと思うほどに、精霊様はエルフに対して怒ってたんだね。アリシアさんも受け入れるつもりみたいで、じっとしてる。心の準備って、これを予想してたのかな。

 んー……。


「精霊様。それをやったら私は精霊様を嫌いになっちゃう」


 ぴたりと。精霊様が動きを止めた。ちらりと私を見てくる。私もじっと精霊様を見つめ返す。じっと。じいっと。

 精霊様は腕を下ろすと、こほんと咳払いをした。そしてにっこりと笑って、


「やり直しを要求します」


 ほんの少し焦りを感じる声音だった。


『なんて?』

『やばいマジで怖いスプラッタだと思ったらw』

『やり直しw』


「え? え?」


 顔を上げてうろたえるアリシアさん。アリシアさんは気にしなくていいよ。


「ん。許す。ていくつー」

「はい。えー……。こほん」


 精霊様が咳払い。そしてにっこりといつもの優しい笑顔をアリシアさんに向けた。


「とても良い覚悟です。その覚悟に免じて、あなただけは許しましょう、アリシア」

「え? えー……。ありがとうございます……?」


『テイクツーwww』

『精霊様の手のひら返しよw』

『愛し子に嫌われたくないからね、仕方ないねw』


 私だって、精霊様を嫌いになりたいわけじゃないからね。アリシアさんはほとんど森を離れてるエルフだし、それで殺しちゃうのは何か違う気がする。さすがに見過ごせないよ。

 精霊様は小さく安堵の吐息を漏らして、そしてすみません、と苦笑いした。


「ごめんなさい、リタ。本気ではなかったのです。この子がエルフの慣習を嫌うエルフということは、他の精霊からの報告で聞いていましたから」

「そうなの? じゃあ、どうして?」

「彼女もハイエルフであることに違いはありませんから。精霊としての怒りを示しておきたいと思っていたのです。リタを怒らせるつもりはなかったんですよ?」

「ん。そうなんだ。大丈夫、精霊様、好き」

「ふふ。ええ。私も好きですよ、リタ」


 精霊様がふわりと私の側に下りてきて、ぎゅっと抱きしめてくる。いつもみたいに撫でられていると、アリシアさんが呆然とした顔のままで言った。


「助かった……で、いいの?」


 その認識で問題ないよ。

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