呪いの効果

「この地図、この場所、分かる?」

「ふむ……。人間が掘り返す山がある場所ですね」

「うむ。分かるぞ」

「この男がここから出られないようにしてほしい。あと喋られないようにしてほしい。できる?」


 私がカイザを指さすと、アクア様とフレア様はまた無表情になってカイザを見つめ始めた。カイザに近づき、じっと見つめる。カイザは口を開くこともできずただ震えてるだけ。

 さすがにかわいそう、なんて思ったりはしないけど。


「可能かどうかであれば、問題なく可能ですが……」

「正直、人間は愛し子と先代以外、見分けがつかんからな……。どれ、まずは目印だ」


 フレア様がそう言って、指先をカイザへ向ける。するとカイザの顔面に幾何学的な模様が描かれた。日本で言うところの入れ墨みたいに見える。ただし、真っ黒で何の模様かも分からないけど。


『おおう……えげつない……』

『信じられるか? これ、罰じゃなくてただの目印なんだぜ……』

『これさ、もしかして顔面だけじゃない感じ?』


「ん。多分、全身だと思う」


 この模様は、精霊たちの目印だ。人間に何かを依頼された時に、その相手につけるもの。普通はここまで大きなものじゃなくて、わりと小さな目印でその魔力を判別してるらしいけど。


「目印、大きい」

「はい。リタの怒りを感じましたから」

「相応の罰なのだろう? ならばその相手を間違えないように、目印も大きくしておかないとな」


 カイザが呆然としてるけど、きっとこの人は自分がどういう状態になってるのか、気付いてない。目印は別に痛みも何も感じないから。

 次にアクア様が指先を向ける。そしてすぐに、満足そうに頷いた。


「リタ。終わりましたよ。これでこの者は、二度とあの地から離れることはできません。また、口と鼻から音を発することもできないでしょう」

「な……!」


 周囲が驚いてる。わりとあっさり終わったからかな。少し唐突だったから、というのもあるかもしれない。でも、精霊というのはそういうものだから。彼らは人の事情を考えたりしてくれない。


「なお、地に縛る呪いの効果は日の出と共に始まります。急いで送ってくださいね」

「ん。ちなみに、放っておいたらどうなるの?」

「ここで死にます」


 さらりと告げられたそれに、喉を手で押さえていたカイザだけじゃなくて、王様たちまでもが目を剥いてる。本当に、急だからね。さすがに間に合わないから、近くで死ぬことが確定したのと一緒だ。

 さすがにそれはまずいと思ったみたいで、王様が慌てたように叫んだ。


「お、お待ちください! せめて、その場にたどり着くまでお待ちいただけませんか!?」

「面倒。却下だ」


 まあ、そうなるよね。何度も言うけど、これが精霊というものだから。


『こうして見ると、マジで精霊様とカリちゃんが特別なんだなって思えてきた』

『まだまだ俺らの認識は甘かったんやなって』


 でも、さすがにちょっとひどいかなというか、それだと死罪と一緒だよね。これで精霊が責められたらちょっと嫌だ。


「アクア様。フレア様。一時間後ぐらいに地図の場所に送ってほしい。だめ?」

「だめじゃありませんよ! 引き受けましょう!」

「ああ! 我らが間違いなく送り届けよう!」


 ん。これで一安心。王様たちも安堵のため息をついて、そしてすぐに慌ただしく動き始めた。手紙を持たせて送って現地の人に任せる、ぐらいはできると思う。これ以上は、もう私も知らない。


「アリシアさん。グミ、まだあるよ。食べよう」

「うん。食べる」

「ぐみ!? ぐみとはなんですの!? わたくしも食べてみたいですわ!」

「ん。あるよ。メグさんも食べる?」

「えっと……。い、いいのかなあ……」


 あとは大慌てな大人たちに任せて、私たちはのんびり休憩しよう。もう私たちにできることは何もないだろうから。

 カイザは何か言いたげにミレーユさんを見ていたけど、もういないものとして扱うことにしたみたいで、ミレーユさんもメグさんもそちらには一切視線を向けなかった。自業自得、だね。




 そうして一時間後、カイザは地図のあの場所へと送られた。あとは現地の人が適当に使うことになる、らしい。私ももうあとは知らない。この地図の場所には近寄らないようにする。

 お仲間さんは手助けだけだから、まだちょっと罪は軽くなるみたい。ただそれでも、ソレイド家はもう継ぐことはできなくなるみたいで、今後はずっと誰かの監視のもとで生活しないといけないみたいだけど。あとは、今回の件に関わった人の情報提供だって。


 ただここから先は本当にもう関係がない。カイザについてはミレーユさんが関係してたから見届けたけど、お仲間さんについては興味がない。ミレーユさんたちも特に思うところはないみたいだから。


「守護者殿。あなたの都合のいい時にいつでも王城へ来てほしい。いつでも構わない。最優先で対応させていただきましょう」

「ん。ありがとう。よろしく」

「精霊の方々も、ありがとうございました。このような雑事に関わらせてしまったこと、深くお詫び申し上げます」

「まったくです。これ以上、くだらないことに我らの愛し子を巻き込まないように」

「それでは我らは戻るとしよう。リタ、またいつでも呼ぶといい。さらばだ」


 アクア様とフレア様も、そう言って姿を消してしまった。最後にほっぺたを触られて頭を撫でられたけど、いつものことだから気にしない。

 精霊がいなくなったからか、その場の雰囲気は一気に弛緩したみたいになった。誰もがため息をついてる。緊張してたみたい。

 アリシアさんだけは、わりといつも通りだけど。


「貴重な経験ができた。それなりに長く生きてきたつもりだったけど、統括精霊を見たのは初めて。少し感動してる」


 それにしても、と続けて、


「リタ、ずいぶんと気に入られていて、驚いた。精霊が個人に固執しているのも、初めて見た」

「んー……。なんでだろう?」


 アクア様とフレア様もそうだけど、統括精霊はみんな私に対してあんな感じだったりする。初めて会った時から。理由はよく分からないけど、師匠が気にしなくていいって言ってくれたから、聞いてない。悪いことがあるわけでもないから。


「それじゃ、そろそろ帰っていい?」


 そう聞くと、ミレーユさんが頷いた。


「もちろんですわ。こちらの話し合いが終わったら屋敷に向かいますわね」

「ん」


 ミレーユさんたちはまだちょっと話すことがあるみたい。でも私はもう必要なさそうだから、帰るとしよう。

 隠す必要もなくなったので、その場で転移して屋敷の部屋に戻った。さっきまで少し騒がしかったから、急に静かな部屋に来るとちょっとだけ寂しくなる。ちょっとだけ。


「みんなも、お疲れ様。満足した?」


『したした』

『それなりに、かな?』

『統括精霊とやらも見れたのは良かったな!』

『もっと分かりやすいざまあ展開が良かったけど、スプラッタは見たくないしあんなもんかな』

『何目線だよw』


 そんなもの、なのかな? 私は、正直あまり楽しくなかったし、もうこういうのは避けたい。明日からはまたいつもの生活に戻れるから、それで良しとする。

 んー……。ミレーユさんを送ったら、また日本で食べ歩きしたい。次はどこに行こうかな。

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