呪いの仕組み

「んー……。呪い、かける? 逃げられないように」

「待ってくださいまし。それができるんですの!?」

「ん」

「守護者殿。それは我らにも詳しく教えてほしい」


 そう言ってきたのは王様だ。教える、というほどのものじゃないけど……。


「そういえば、森の外だと呪いってどういうものになってるの?」

「相手を悪い状態にする特殊な魔法、という扱いですわね。魔法陣が必須となりますわ」


『いわゆるデバフってやつかな』

『そういえばさらっと呪いって聞いてるけど、俺らも詳しく知らん』

『わりと軽く呪いって言ってるけど、やばい魔法なのでは?』


 そっか、視聴者さんも知らないんだね。じゃあ、せっかくだから視聴者さん向けに説明しておこう。ミレーユさんたちも詳しく知らないみたいだし。


「そもそも呪いは魔法じゃない」

「え?」

『え?』


「呪いは魔法陣を使うけど、それは精霊への指示書みたいなもの。こういうことをしてほしい、という内容の依頼書を魔法陣で代行してるだけ。呪いって、つまり精霊たちにお願いして代行してもらってるものなんだよ」


 そもそもこの世界の魔法に、相手の状態に直接作用するものはほとんどない。自分の体の身体能力を上げるのも、便宜上魔法とする人もいるけど、あれは魔力を利用してるだけで魔法とは違うものだし。


「多分、特定の魔法陣でないと普通は呪いを使えないんだと思う。だって、精霊への指示の出し方なんて分からないだろうし」

「そうですわね……。わたくしたちが使える呪いは、昔からある魔法陣を使ったものですわ」

「ん。精霊と会話できた人が残したんだと思う」


 ほとんどの精霊は人間に興味なんてないからね。新しい魔法陣なんて作れない。ごくまれに交流を持てた人が奇跡的に残せた魔法陣が、呪いとして残ったんじゃないかな。


「えっと……。つまり、リタさん。あなたは、わりと自由な内容で呪いをかけられると……?」

「ん。直接お願いするから、わりと自由」


 さすがに変なお願いはだめって言われるかもしれないけど、それでも魔法陣を使う必要もないからとてもやりやすいと思う。


「逃げられないようにするんだから、どこそこの場所から出たら罰を、ぐらいでいいかな。場所の指定はある? 地図とかでも大丈夫」

「地図なら、ここに」


 王様が会議室の隅、本棚から一枚の紙を抜き取った。少し大きめの紙で、折りたたまれたそれを広げるとこの周辺の地図だった。かなり大雑把な地図のようにも見えるけど、だいたいの位置関係は分かるから大丈夫だと思う。


「鉱山は、ここにあります。この地域から出られないようにしていただきたい」

「ん」

「父上! 待ってください! もう一度、もう一度チャンスを!」

「黙れ。ああ、守護者殿。この者の口を封じることもできるでしょうか?」

「多分大丈夫」

「そんな!?」


 カイザがまだ何か叫んでるけど、これ以上付き合う必要もないと思う。少し離れて、ついでにテーブルを隅に移動させる。魔法を使って、ささっと。

 それじゃ、呼ぼう。

 精霊を呼ぶ方法はとても簡単。ちょっとした魔法陣を使って魔力を放出するだけ。この魔法陣を知ってるのは守護者だけだから、これですぐに来てくれる。

 ほとんどの人は私が杖を掲げただけに見えただろうけど、ミレーユさんとアリシアさんの二人は少しだけ眉をひそめていた。違和感程度で感じ取れたのかな。


『どんな精霊が来るのかな』

『カリちゃんが来たら楽しそうw』

『あの子は師匠を探す魔法担当だからさすがに来ないだろw』


 カリちゃんは今も森で魔法を使ってくれてる。だから、まず来ないと思う。

 少しだけ待つと、ふわりと、私の目の前に半透明の人影が現れた。


「な……!」

「これが……精霊……!?」


 そっか。精霊を見たことがない人の方が多いんだね。

 来てくれたのは、全体的に青っぽい女の姿の精霊と、赤っぽい男の姿の精霊。呼んだのは一人だけだったんだけど、多分同じぐらいの距離にいたんだと思う。


「あなたからの呼び出しは初めてですね。元気そうで安心しました、我らが愛し子」

「うむ! どのような用件か楽しみだな! だが変わらない姿を見れて嬉しいぞ! リタ!」

「ん。こんばんは。アクア様。フレア様」


 正直なところ、この二人が直接来てくれるとは思ってなかったけど。


『リタちゃんリタちゃん』

『この精霊さんたちはどんな精霊?』

『どう見てもちょっとすごい精霊に見えるけど』


「統括精霊。精霊様、つまり世界樹の精霊の直属の部下、みたいな感じ。とっても偉い精霊」


 普段精霊の森にはいないけど、ゴンちゃんやフェニちゃんと同格の、とてもすごい精霊だ。

 ただ、私としては、実はちょっとだけ苦手というか、んー……。


「呼んでくれてとても嬉しいですよ、リタ。ああ、このほっぺたの柔らかさがたまりません。ぷにぷにですね、ぷにぷに」

「いやいや、俺としてはこのさらさらの髪がいいと思うぞ。なあ、リタ。かわいいやつめ」


 ものすごくべたべた触られるから。青色の精霊、アクア様は私のほっぺたをむにむにするし、赤い精霊、フレア様は髪をわしゃわしゃしてくる。


『青っぽかったり赤かったり、やっぱり属性とかあるの?』

『なんか水属性とか火属性っぽい』


「んー……。少し得意、とかはあるかもだけど、特にそういうのはないはず」


 一つのことしかできなかったら、世界の管理なんてできないだろうから。

 とりあえず、ぽかんとしてるこっちの人たちの説明しよう。


「ん……。改めて。こっちの青い精霊がアクア様。赤い精霊がフレア様。どっちもとっても偉い精霊だよ」


 私がそう説明すると、その場にいる全員が跪いた。王様もだ。みんな顔色が真っ白だけど、きっと気のせい。

 紹介されたアクア様とフレア様は、とても冷たい目でその場にいる人を見ていた。


『ヒェッ……』

『視線が怖いっぴ』

『寒気で震えた気がするけど、っぴ、なんて今更聞かないものを聞いたからかもしれない』

『うるさいなあ!』


 いつも言ってるけど、基本的に精霊たちは人間たちに無関心だ。それは統括精霊も同じで、今も怒ってるわけじゃなくて、興味がないものをただ見てる、本当にそれだけだったりする。

 でもそれを言っても仕方ないし、早く終わらせてしまおう。


「アクア様。フレア様。お願いしたいことがある」

「愛し子のお願いですか。何でしょう? 何でしょうか?」

「愛し子の願いを我らが聞く機会はあまりないからな! 言ってみるがいい!」


 私が声をかけるだけで、笑顔で振り返るアクア様とフレア様。その変化がある意味怖いんだと思う。表情が全然違うからね。

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