断固拒否します

「だめ。それはだめ。こいつを森に入れることは許さない。絶対に、許さない」


 私がそう言うと、ミレーユさんの顔色がどんどんと悪くなっていく。ミレーユさんを責めるつもりはないのに。


「Sランクの冒険者とはいえ、国の刑罰に口を挟む権利はない」

「リタ。少し落ち着いて、離れよう。私が話を聞くから」


 ソレイド公爵が言って、アリシアさんが私の肩に手を置いてくる。私はそれを気にせず、続ける。


「Sランクとか冒険者とか魔女とか、どうでもいい。守護者として、言う。こいつを森に入れることは認めない。入れた人間は敵と見なす」


 理由なんてない。私が嫌いだから、こいつに森に入ってほしくない。ただそれだけ。ただのわがまま。自覚はあるけど、森だって本来は関係ないんだから、巻き込まないでほしい。

 私の言葉にほとんどの人は困惑と不快感を示してたけど、ミレーユさんだけは目に見えて狼狽していた。

 事情を知ってるのはミレーユさんだけなんだから、こうなることは予想しておくべきだった。あとで謝らないと。


「ああ、もう……! リタさん! もう言いますからね!」

「ん」


 魔女という肩書きだけだとさすがに認められない。それは分かるから、頷いておく。ミレーユさんは王様へと向き直って、


「今からするのは、ここだけの話です。外部には漏らさないでください。絶対に」

「貴様、陛下に命令など、いくらなんでも……」

「黙りなさいソレイド公爵!」


 ミレーユさんの叫び声に、ソレイド公爵が目を剥いた。口をあんぐりと開けて固まってる。ちょっとおもしろいかも。


「良い。許す。申してみよ」

「はい。陛下、こちらにいる隠遁の魔女は、守護者です」

「ふむ。…………。いや、待て。なんと?」

「精霊の森の守護者です。彼女に敵対するということは、精霊たちと敵対するのと同義になります。これについては、わたくし自身が精霊の森に共に入り、世界樹の精霊様に確認しております」

「ふむ……。…………。ええ……」


 王様の顔色も悪くなってしまった。気付けば、公爵二人と伯爵の顔色も真っ青だ。ソレイド公爵にいたっては土気色になってしまってる。


『かわいそうwww』

『そう思うなら草を生やすなよw』

『お前には関係ないとか言った相手が、送る先の管理者、それもやばい相手だったからなあw』


 少しだけ長い空白。先に言葉を発したのは、王様だった。


「理解、した。精霊の森の守護者殿が反対されるのならば、追放刑は除外しよう。ソレイド公爵も、それでよいな?」

「もも、もちろんです陛下!」


 何度も頷くソレイド公爵は、私を怯えた目で見ていた。そんなに怯えなくても、直接的に何かをするつもりはないんだけどね。


「避けてくれるなら、何も言わない。邪魔してごめんなさい」


 小さく頭を下げて、部屋の隅に戻る。言いたいことを言ったから、少し落ち着いてきた。改めて思うと、ちょっと悪いことをしちゃったかもしれない。反省、だね。


「リタ、精霊の森の守護者だったの?」


 同じように隣に戻ってきたアリシアさんに聞かれたので頷いておく。するとアリシアさんは、おー、と感心したような声を出した。


「すごい子だとは思ってたけど、守護者だとは思わなかった。親戚として鼻が高い」

「ん……」

「ふふ……。照れてるリタ、かわいい」

「やめて」


 フードの上から頭を撫でないでほしい。フードが邪魔? じゃあもう下ろすよ。守護者だって言っちゃったんだし。

 私がフードを外すと、ちらちらと私を見ていた王様たちが一瞬だけ言葉に詰まったのが分かった。じろじろと私を見てる。こんな子供が、なんて声も聞こえてくるけど、見た目で判断しないでほしい。


「リタの髪はさらさらで気持ちいい」

「ん……」


『てれてれリタちゃん』

『てれリタかわよ』

『表情が薄いからこそ、この薄い恥じらいがもうかわいくてな』


 変なことを語らなくていいよ。


「ところで、リタ。少しだけお願いがある」

「ん?」

「私も一度、精霊の森に行っていい? 挨拶しておきたい。親戚の子がお世話になったから」

「ん。わかった」


 それぐらいなら、精霊様も歓迎すると思う。アリシアさんはいい人だから。


「それにしても……。エルフは守護者と精霊たちを敵に回してるのか……」

「大丈夫。エルフと関わるつもりはない」

「いつ爆発するか分からない爆弾を抱えてる方が怖いと思う」


『なるほど、言い得て妙やな』

『何がきっかけで爆発するか分からんからなあ』

『ぶっちゃけ、リタちゃんが何も思わなくても、精霊たちがキレてエルフの里を攻撃するかも』


 いや、そんなことはない、と思う。ない、はず。え? ないよね? ちょっと、精霊様に確認と念押ししておこう。不安になってきた。


「あと、これ、できればギルドマスターにも話しておきたい。あいつは顔が利くから、便利」

「ん。わかった」


『いや草』

『もうやめて! ギルドマスターさんの胃に穴が空いちゃう! いやわりとマジで』

『決定事項っぽいから止められないけどな!』


 ギルドマスターさんには、ちゃんと謝っておこう。

 そうしてアリシアさんと話していたら、ミレーユさんたちの話し合いも無事に終わったみたい。今回はミレーユさんも納得してるみたいで、頷いて……。いや、ちょっと不満そう。


「どうしたの?」

「もう一度奴隷として扱うことになりましたわ。ただし今回は、死ぬまで奴隷、という扱いですわね」

「死罪じゃなくなったんだ」

「ええ、その……。何があなたの逆鱗に触れるか、分からないからと……」

「ええ……」


『なんでや、と言いたいところだけど、気持ちは分かるかなあ』

『すでに一回逆鱗に触れてるからなw』

『同じことがあったらと思うと怖いわなあ』


 そういうもの、なのかな。でもそれだと、また逃げられるかもしれない。すでに一回逃げられてるわけだし。それをミレーユさんに言ってみると、やっぱりその可能性は考えてるみたいで、難しい顔をしていた。

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