鹿せんべい

「本当に食べちゃだめ?」


『食べられないことはないけど』

『オススメはしないかな』


 それなら、物は試しだね。ぱくりとかじってみる。んー……。


「はい、これあげる」


『ちょwww』

『リタちゃんw』

『食べかけを押しつけるなw』


 いや、だって美味しくなかったから。ほとんど味がしなかった。鹿もちゃんと食べてくれてるから、きっと問題ないよ。ほら、お礼みたいに何度も首を振って……、なにこれ。


「首を振ってる。なにこれ」


『鹿せんべいの催促です』

『鹿せんべいをありがとう、もっとくれ、という合図かな!』

『つまりはちょっとした威嚇行動に近いらしいよ』


 威嚇なんだね。手持ちのせんべいはあげるから別にいいけど。

 食べてる間なら撫でても大丈夫かな。鹿せんべいをもぐもぐしてる鹿を撫でてみる。とりあえず首回りあたり。んー……。


「見た目はもふもふしてそうなのに、あんまりもふもふじゃないね。さらさらというより、ざらざらかな……?」


『野生なので』

『誰もブラッシングなんてしてないから、そんなもん』


 そう考えたら当然、なのかな。もふもふするなら、やっぱり喫茶店かな……。

 鹿との触れ合いにも満足したから、そろそろ帰ろう。柿の葉寿司とそうめん、食べないとね。とりあえず外まで移動してから……。


「ついてきてる」


『なにこれwww』

『リタちゃんを追って鹿が大移動してるw』

『すげえ初めて見たなんだこれw』


 私の後ろをぞろぞろとついて歩くたくさんの鹿。これは、どうしたらいいんだろう? 周囲を見ても、面白がって写真を撮る人ばかりだし。ちょっと、困る。

 このまま転移したらどうなるのかな。ちょっと分からない。暴れたりはしないと思うけど……。本当にどうしよう。でもかわいいから撫でておこう。


『これはもう説得しかないのでは?』

『鹿に説得ってw』

『リタちゃんならいけるいける!』


 いくら何でも無茶ぶりだと思う。やってみるけど。

 屈んで、鹿と視線を合わせてみる。何故か鹿がじっと見つめてくる。鹿せんべいはもうないから、見つめられてもちょっと困る。


「私はそろそろ帰るから、みんなも戻ってね」


 首を傾げる鹿。思わず私も首を傾げてしまった。本当に、どうしようかな。

 そうして少し悩んでいたら、鹿たちは回れ右して戻っていった。なんというか、急に、だね。私としては助かるけど、よく分からない。


『マジで通じたの?』

『リタちゃんがもう鹿せんべいを持ってないと気付いたから、だったりして!』

『でもリタちゃんについて歩く鹿さんたちはちょっとかわいかったw』

『現地で見たかったなあw』


 まあ……、私も楽しかった、かな? かわいかったしね。

 それじゃ、改めて、柿の葉寿司とそうめんを食べに行こう。


「ご飯、どこに行こう。詳しい人、いる?」


『俺知ってる! 地元!』

『飲食店経営してます。柿の葉寿司も出せるので是非』

『観光事業やってます! 来て!』

『多い多い多い多いw』

『我こそはという人がどんどん増えてるw』


 すごいね。なんだかすごく多い。たくさんのコメントが流れてる。この中から選ぶのはまたちょっと難しいかな。


「んー……。そうめんは三輪っていうところだっけ。とりあえずそこに行ってみる」


『やったー! 地元だー!』

『生リタちゃん見たかった……!』


 スマホで地図を開いて、場所を確認。あまり大きい建物はないのかな? それでも、一応上空に転移しておこう。とりあえずは、駅の真上でいいかな。

 転移をして、改めて周囲を確認。東京や大阪と比べると、静かな場所だ。


『お、もう転移したんか』

『地元民です。かすかにリタちゃんが見える』

『ちょうど観光に来てた俺、生リタちゃんが少しだけど見えてめっちゃ得した気分』

『三輪って何かあったっけ?』

『日本最古の神社、大神神社があるぞ』


 おー……。最古の神社。なんだかすごそう。ちょっと見てみたい気もするけど、人がたくさんいるかもしれないし、今回は避けておこう。次の機会があれば、かな?

 コメントを見てみると、お正月はとてもすごい混雑になる、らしい。その時にちょっと見てみるのもいいかも。遠くから、だけど。

 とりあえず三輪駅の前に下りてみる。周囲を見てみるけど、んー……。ビルが全然ない。ちょっと不思議な気分。日本はビルばっかりだと思ってたから。人もわりと少ない方かも。

 でも、やっぱり視線は感じる。早くご飯、行こう。


『その近くなら美味しいお店があるよ』

『そっちなら、あそこだな。案内するよー』


 コメントの案内に従って、歩いて行く。道も細い道が多いけど、いつもと違う雰囲気でなんだか楽しい。


『やった、リタちゃんとすれ違った!』

『家の前を通っていった。とりあえず写真撮った。家宝にする』

『なにやってんだこいつらw』

『いや気持ちは分かる、俺も近くにリタちゃんいたら同じことするw』


 視聴者さんも側にいるらしい。周囲を見てみると、通り過ぎた道でこちらを振り返るおじさんと目が合った。慌てたように視線を逸らして歩いて行ってしまう。あの人が視聴者さんかな?


『がっつり配信に映って草』

『でも案外優しそうなおっちゃんやったな』

『あのおっちゃんは絶対いい人、間違いない』

『恥ずかしいのでやめてくださいお願いします』


 んー……。悪いことしちゃった、かな?

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