柿の葉寿司とそうめん
なんとなく追ってみて、声をかけてみた。認識阻害を軽くかけて、と。
「ちょっといい?」
「ひょ!?」
『ひょ、とか言う人初めて見たぞw』
『声をかけられるとか羨ましいんですが』
『てかどうしたんだリタちゃん』
いや、せっかくだから、案内してもらおうかなと思って。そっちの方が手っ取り早い気もするから。
おじさんの手元を見てみると、私の配信が映ってるスマホを持っていた。間違いないみたい。
「ここの人だよね? 案内してほしい」
「は、はい……。いいですよ」
おじさんは戸惑いながらも頷いてくれた。やっぱり優しい人だね。
『ちょっと、くっそ羨ましいんだけど!』
『家の窓から見てる俺、恥ずかしがらずに出ていればよかったと航海中……』
『いつの間にか海に出てるニキは元気出して』
『あああああ誤字までしてなんかもうあああああ』
『おちつけwww』
コメントがなんだか楽しいことになってるけど、気にせず移動しよう。
おじさんの道案内でやってきたのは、木造の飲食店。そうめんで有名なお店らしい。柿の葉寿司も出してるらしいから、ここで両方とも食べられるみたい。
お店の中はとても広くて、テーブル席がたくさんある。すでにいくつかの席が埋まってるけど、問題なく座れそうだね。
「いらっしゃいま……」
お店の人が出てきて、私を見て固まってしまった。
「二人」
「あ、はい! かしこまりました! ど、どうぞ!」
なんだか、店員さんの声が上擦ってる。他の人もそれで気付いたみたいで、私の方を見てくる人が増え始めた。
「あれ、リタちゃんだ……!」
「え、このお店に来たの……? 本当に?」
「写真いいかな……だめかな……」
気にしても仕方がないと思うから、店員さんに案内されて店の奥に向かっていく。そうして案内してもらったのは、店の一番奥の席。比較的目立たない席だ。気を遣ってくれたみたい。
「ありがと」
そうお礼を言うと、店員さんは顔を真っ赤にしながら頭を下げて行ってしまった。
『かわいい店員さんだったなあ』
『いいなあ、うぶな反応かわいいなあ』
『お前ら一般人相手はさすがに自重しろ』
他の人に迷惑をかけるのはだめだよ。
メニューを開いてみる。たくさんの料理の写真だ。んー……。
「こういうメニューってずるい。どれも美味しそう」
『わかる』
『食べるものを決めて来ても、メニューを見てるとすごく悩んじゃう』
『誘惑に負けて一品多く頼んだりとかなw』
『あるあるw』
私は、シンプルに普通のそうめんでいいかな。柿の葉寿司もセットである。これでいっか。
「あの、リタちゃん」
メニューを閉じたところで、目の前のおじさんに声をかけられた。
「ん?」
「俺はそろそろこの辺りで帰るよ……。さすがに、同席はまずいと思うから」
「私は気にしないよ」
「俺が気にする、身の安全的な意味で」
『身の安全www』
『まあおもしろく思わないやつもいるだろうからなあ』
『変な逆恨みする馬鹿もいそうだし』
そういうもの、なのかな? でもそこは安心してほしい。
「最初に声をかけた時に認識阻害もかけた。真美たちと同じで、顔は分かるけど誰かは分からないってなってるはず」
「え」
『なん……だと……?』
『てことは、知ってる人が見ても気付かないってことかな?』
『それなら安心やな! 羨ましい気持ちは増したけど!』
なんだっけ。日本の言葉にあったよね。袖振り合うも多生の縁、だっけ?
でも、おじさんは席を立ってしまった。申し訳なさそうに頭を下げて、
「気持ちは嬉しいけど、ここは失礼させてもらうよ。ごめん」
「ん。気にしないで。案内してくれてありがとう」
おじさんはもう一度頭を下げると行ってしまった。無理強いも良くないから仕方ない。
『マジで帰ったんか』
『もったいないなあ、リタちゃんとメシを食べるなんて今後絶対ないぞ』
私がテーブルに設置されているボタンを押すと、すぐに店員さんが来てくれた。注文して、少し待つ。柿の葉寿司とそうめん、楽しみだね。
視聴者さんと雑談しながら少し待つと、店員さんがお盆を持って料理を運んできてくれた。
透明な器にいくつかの氷が浮かぶ水に、たくさんの細い麺が入ってる。側には黒っぽい水、つゆ、というらしい。それが入った器もある。
そして柿の葉寿司。少し小さめのお寿司で、何かの葉っぱに包まれてる。柿の葉寿司っていうぐらいだから、柿の葉っぱなんだと思う。
「柿って、果物にあったよね。食べたことない」
『あー……。柿は秋だからなあ』
『ちょっと季節が違うかな』
『柿も美味しいから楽しみにしておいてほしい』
「ん」
季節によって食べられる果物が変わる。それは精霊の森でも同じだったから理解できる。半年程度ならすぐだから、楽しみに待つよ。
それじゃ、まずは柿の葉寿司から。
柿の葉っぱは食べられないらしいから、葉っぱをとって中身を取り出す。四角形のお寿司だね。何のお魚かな?
『柿の葉寿司なら、一応は鯖が基本かな』
『最近は他の魚でも作るみたいだけど』
この切り身はなんだろう? 何度かお寿司は食べたけど、どれが何のお魚かはあまり聞いてないから。サーモンとトロならすぐに分かるけど。思い出したらサーモン食べたくなってきた。
とりあえず、食べてみる。んー……。普通のお寿司とは食感が違うね。でも固いわけでもないかな。あと、なんとなく、お米の味がちょっと違う気がする。
『押し寿司はネタとシャリがよくなじむって言われてるよ』
『正直、表現はちょっと難しいけど、普通のお寿司と思って食べるとわりと違ってびっくりする』
「ん……。でも美味しい」
『気に入ってもらえて嬉しい!』
特に、普通のお寿司とは違う香りがあるのも、違いがよく分かる部分だと思う。柿の葉の香り、なのかな? いい香りだと思うよ。
次は、そうめん。見た目はとっても細いおうどん。おうどんとは違うらしいけど。つゆにつけて食べるというのは、ざるうどんにとても似てると思う。
器には氷が入っていて、とっても冷たそう。なんだか涼しげだね。
お箸でそうめんを取って、つゆにつけて、すする。ちゅるちゅるっと。
「おー……。ほんとだ。おうどんと全然違う」
麺がすごく細いからか、食感が全然違う。それに何よりも、ざるうどんよりもずっと冷たい。でも嫌な冷たさじゃなくて、気持ちのいい、ほどよい冷たさだ。
麺が細いからか、つゆもしっかり麺にからまってる、気がする。のどごしもいいね。麺の太さが違うだけでここまで変わるものなんだね。
『ちなみにそうめんにもいくつか種類があります』
『シャキっとした食感だったり、もちっとしてたり、古かったり新しかったり』
『その辺り食べ比べしてみるのもいいかもね!』
そんなに種類があるんだね。少し気になるけど……。それはまたそのうち、かな?
ちゅるちゅるすすって、気が付けば空になっていた。あんまり多く見えなかったけど、それなりの量はあったと思う。満足かな。
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