バルザス家からの依頼


 孤児院からの帰り道。私はバルザス家、アリシアさんはソレイド家の屋敷に戻ることになる。でも途中までは一緒の道。その間に、ちょっとだけ話した。


「さっきの人、多分アリシアさんが受けてる依頼の犯人だよ」

「だろうね」


『マジかよ』

『そんなに変な服だったん?』


 あの外套があれば、盗みはとてもやりやすいと思う。

 でも、だからこそ、アリシアさんがその場で捕まえなかったのが不思議だった。


「どうして捕まえなかったの?」

「ちょっと、背景がよく分からないから」


 アリシアさんがゼスさんから聞いた話によると、カイザさんが孤児院に対して行った寄付は、なかなかの金額になるらしい。おそらく、盗んだ金品の半分以上を寄付してしまってるみたい。

 あまりの額だからゼスさんたちもさすがに少し不気味に思ってるみたいで、手をつけずに保管してるらしい。正しい判断だと思う。


「盗みを正当化するわけじゃないけど、あいつの事情をもう少し知りたいというのが少し。あと、なによりも」

「なによりも?」

「状況証拠しかない」


 それは確かに。あの外套を持ってるから怪しい、というだけで、実際に盗んでるところを見たわけでもないし。何かしらの証拠か、やっぱり現行犯というのが一番みたいだね。


「それに……」

「それに?」

「なんだかあいつの顔……少し、見覚えがあるような……」


 アリシアさんが見覚えのある顔。多分、それほど昔じゃないんだと思う。

 私も、少し調べてみよう。とりあえずジュードさんに聞いてみようかな。




 バルザス家の屋敷に戻ってきた私は、メイドさんたちにジュードさんに取り次いでもらった。まだ仕事中だったみたいで、執務室に案内された。

 私が入った時には、ジュードさんは私のことを待っていたみたい。椅子に深く座って、腕を組んでる。なんだか威圧感のある座り方、のような気がする。


「それ、似合ってない」


 思わずそう言うと、ジュードさんは苦笑しながら頷いた。


「そうだろうな。さて、ここに来たということは、何か問題でもあったのかな?」


 問題、と言えるのかな。正直、私には直接的には関係ないんだけど。


「カイザ、という名前に聞き覚えはある?」


 そう聞くと、ジュードさんは分かりやすいほどに顔をしかめた。


『めちゃくちゃ嫌そうw』

『これ、何か関わりがあるってことかな』

『ここまで嫌そうな顔するって、なーんか、妙な予感がしますねえ』


 私も、もしかしたら、と思い始めてきた。ジュードさん、つまりミレーユさんのお父さんがこんな反応を、しかも取り繕うことなくする相手。


「第二王子だ……。元、がつくが」


『第二王子?』

『この国の第二王子がなんかあんの?』

『ミレーユさんの元婚約者で、真実の愛 (笑)に目覚めたお人やな』

『ちな勘当されて奴隷落ちしてる』

『草』


 そうなんだよね。以前ミレーユさんから聞いた話だと、奴隷になってどこかで働かされてるって話だったんだけど……。何故か、あの孤児院にいた。とても不思議なことに。


「どうしてその名前を?」

「ん。孤児院にいた。本人かどうか分からなかったけど」

「なんだと?」


 ジュードさんの視線が鋭くなってる。その反応も当然だとは思うけど。


『ヒェッ』

『これはガチギレしてますねえ!』

『娘のことを考えたら、殺したいほどに憎く思っててもおかしくないからな』


 私も、ミレーユさんから聞いた話だけだけど、不愉快な人だと思う。ミレーユさんが望むなら呪いをかけてもいいと思ったけど、ミレーユさんがすでに仕返しは終わってるからいいって言ってたんだよね。

 でも、その仕返しが不十分になってる気がする。呪ってもいいかな? いいよね?


『リタちゃんの顔もちょっと怖くなってるんですけどw』

『おおお落ち着けリタちゃんまずはみんなの反応をだな!』

『そもそもとして、まだ本人か分からんわけだし!』


 それもそっか。あの男の人が、第二王子の名前を使ってるだけかもしれない。もうちょっと様子を見てからの方がいいよね。


「魔女殿。詳しく聞いても?」

「ん」


 頷いて、ギルドでの出来事から話していった。ギルドで深緑の剣聖と会ったこと、ちょっとした依頼で貴族の屋敷に盗みに入る泥棒を捕まえようとしていること、孤児院にいた自称カイザという男の人がとても怪しいこと。そんなことを含めて、だいたい話したと思う。

 さすがにアリシアさんの依頼がソレイド家からのものとは話さなかったけど……。アリシアさんがソレイド家に滞在してるのは知ってるみたいだし、察するとは思う。

 全て聞き終えたジュードさんの反応は、苦虫をかみ潰したような顔だった。


「貴族の屋敷から金品を盗み、それを孤児院に配る……? なんだその偽善者は。いや偽善にすらなっていない。孤児院にまで迷惑がかかる行いだ。あまりにも浅慮すぎる」


『それはそう』

『共謀とか疑われて孤児院も取り壊しになったり、とか』

『この国の貴族がどういう連中かわからんけどあり得そうで困る』


 それは、ちょっとかわいそうだと思う。もし本当にそうなるなら、その時はまたちょっと考えないといけないかも。


「カイザは奴隷になっていたはずだ。誰かが手引きして助けたのか? いやだが、何故孤児院に金を出したりする? まるで意味が分からない……」

「ジュードさん」

「む……。なんだ?」

「知り合いが言ってた。そういうのは馬鹿なだけだから、理由を考えても分からないって」


『ちょwww』

『リタちゃんwww』

『俺それ知ってる! 漫画で読んだ!』

『誰だよそんな漫画教えたやつ!』


 漫画はジュードさんには通じないと思うから知り合いって言い換えておいた。ジュードさんは、なるほどと頷いてる。納得してしまったらしい。漫画はとってもすごい。


「そうだな。経緯など関係ない。魔女殿、依頼してもいいだろうか」

「ん……。なに?」

「そのカイザを捕まえてほしい。言い逃れができないように、現行犯で。可能だろうか」

「んー……」


 可能かどうかで言えば、問題なくできる。どこかに入ろうとしたところを転移で捕まえてしまえばいい。でも私の方が犯人だって誤解されたくはないから、そのあたりはジュードさんにどうにかしてほしいけど……。

 そう言ったら、今すぐ王様と各上級貴族にお手紙を出してくれることになった。お手紙を書くだけでも大変そうだけど、がんばってほしい。

 あと、問題があるとすれば、いつになるか分からないことだね。必ず夜に盗まれてるらしいから、お昼は自由だけど……。でも長いと、ちょっとやだ。


「引き受けてもいいけど、一週間だけ。それまでに何もしなければ、諦めてほしい」

「一週間か……。いや、そうだな。Sランクの冒険者を引き留め続けるのも申し訳ない。その条件で依頼するよ。報酬は……」

「適当でいい。あ、でも、しばらくは滞在させてほしいかな」

「あ、ああ……。それはもちろん。依頼終了までの間、世話係にメイドを一人つけよう。自由に使ってもらって構わない」

「ん」


 メイドについては報酬以上にどうでもいいけど……。でも、お買い物とか代わりにしてくれるのなら、便利かも。お言葉に甘えておこう。

 とりあえず、今晩から早速警戒だ。早くやってくれないかな。




 部屋に戻る時に、私のお世話係のメイドさんを紹介してくれた。メグさんというらしい。栗色のセミロングの髪で、ミレーユさんと同年代ぐらいだと思う。


「初めまして。メグといいます。本日から魔女様のお世話をさせていただきます。何かありましたら、遠慮なくお申し付けください」


 丁寧な人だけど、緊張してるみたい。お買い物を頼むぐらいなんだけど。


「今日は何もないから、戻っていいよ」

「え? あ、はい。かしこまりました」


 メグさんには帰ってもらって、部屋の中。昨日と同じ結界を張って、コメントが流れる黒い板を見た。


「お世話係のメイドだって。何かした方がいい?」


『主人公つきのメイド……! これもよき!』

『ただのお世話係だけどなー』

『何かしてほしいことがあったら言うぐらいでいいと思う』


 しばらくは気にしなくてもいいかな。


「とりあえず、最長一週間、ここに滞在することになったから。もしも今日、捕まえられることができたら、また違うだろうけど」


 その時は、最初と同じで王様待ちだね。功績で会わせてくれたりしないかな。さすがに無理かな。


『第二王子相手なら仕方ない』

『ミレーユさんのためにも、きっちり捕まえてしっかり呪おうぜ』

『不能の呪いをかけよう!』

『鬼がいるw』


 不能っていうのが何かはよく分からないけど、何か考えておこうかな。


「でも、拘束されるのは夜だけみたいだし……。明日は日本に行く。クリームシチューが食べたい」


『わかった! 用意するね!』

『相変わらずの爆速返事で草なんだ』

『明日の晩ご飯は決まりやな』


 日が沈むまでには戻らないといけないから、ちょっと早めに食べないといけないけどね。

 あとは、お昼ご飯。お昼ご飯も何か考えたい。でもとりあえず、日本のご飯。クリームシチュー、楽しみだね。

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