彼の受難はまだ続きます


 外で待っていたのは、十分ぐらい。もっと時間がかかると思ってたけど、わりと物分かりがいいもふもふだったみたい。アリシアさんに引きつられて、もふもふも外に出てきた。


「待たせた。他のやつは?」

「全部倒した」

「そっか。あ、これの名前、ランにした。意味は特にない」

「ん」


 大きいもふもふの名前はランにしたらしい。ランはすっかり怯えきった目でアリシアさんに従ってる。どんなお話をしたのかは……、聞かなくてもいいかな。

 アリシアさんが言うには、エルフには動物を従える独自の手段も持ってるらしい。それを使えば、ある程度相手に自分の意思を伝えることができるんだとか。


 もちろん最低限の条件が、自分が格上であること、らしいけど。

 とりあえず、依頼はどうなるかは分からないけど、これで終わりだ。王都から少し離れた場所に転移して、ランの背中に乗って門へと向かう。

 んー……。これはいい乗り心地かもしれない。もふもふだ。


『あれ、なんか羨ましいって思えてきた』

『奇遇だな、俺もだ』

『いいなあ、でっかいもふもふに俺も乗りたいなあ』


 ん……。これは、すごくいい。気持ちよくお昼寝できそうだね。今度、頼んでみようかな?

 門にたどり着くと、やっぱり大騒ぎになった。さすがにフェンリルのランと一緒に入ることはできないみたいで、門の側で待ってもらうことに。その間は兵士さんにランのご飯を頼むらしいけど……。頼まれた兵士さんは、とっても嫌そうでした。


『そりゃそうだwww』

『日本で例えるなら、言うこと聞くからって外にいるライオンに餌を与えるようなものなのでは』

『確かにそれは嫌すぎるw』


 助けを求めるような目を向けられても、私には無理だよ。

 門を通った後は、まっすぐギルドへ。依頼のことも伝えないといけないから。

 アリシアさんがギルドのドアを開けて、まっすぐに受付に向かう。やっぱりみんな、アリシアさんを優先してる。そして、呆然としてる受付の人に向かって、アリシアさんは言った。


「依頼、失敗した」

「え」


 唖然とする受付さんと、騒ぎ始める周囲の冒険者さんたち。Sランクの剣聖の依頼失敗は、とても驚く出来事みたい。


「ど、どういうことですか!?」

「鉱山に棲み着いていたのは、フェンリルだった。とりあえず倒して……」

「倒してるじゃないですか!」

「連れ帰った」

「なんで?」


 不思議そうに首を傾げる受付さん。同じように首を傾げるアリシアさん。そして、ああまたいつものやつかと自分たちのことに戻っていく冒険者さんたち。


『この周囲の反応がアリシアさんの扱いを物語ってるなあw』

『すげえな、一瞬でみんないつも通りに動き始めたぞ』

『ハイエルフって変なやつばっかなの?w』


 それ、私も含まれてたりするのかな……?

 アリシアさんと受付さんが会話を続け、そして受付さんが絞り出すような声で言った。


「ギルドマスターに……お話しください……!」


『いや草』

『ギルマスさんに丸投げしやがったw』

『もうやめて! ギルマスさんの胃はぼろぼろよ!』


 私も、ちょっとだけかわいそうだと思っちゃいそうだよ。




 ギルドマスターさんの部屋にやってきた。今回はアリシアさんが勝手に入ったわけじゃなくて、ちゃんと受付さんに案内してもらった形だ。でも。


「げ」


 アリシアさんを見たギルドマスターさんは頬を引きつらせていたけど。


『げ、てw』

『すごいな、厳格そうな顔だったのに一瞬で引きつったぞw』

『朝のやり取りを思えば気持ちは分かるw』


 すごく嫌そうだね。アリシアさんは気にした様子もないけど。

 ギルドマスターさんは受付さんから簡単に話を聞くと、大きなため息をついた。同時にお腹のあたりをおさえてる。さすがにちょっとだけ心配になるよ。


「よし……。剣聖殿。座れ」

「うん」

「魔女殿も……あー……。とりあえず、座ってくれるかの?」

「ん」

「おかしい。私の時と対応が少し違う気がする」


 私は何も言わないよ。ギルドマスターさんの額に青筋が立ってる気がするけど、きっと気のせいだから。


「で? フェンリル討伐の依頼なのに、討伐せずに連れ帰った、だと?」

「うん。王都の前で待たせてる。大丈夫、私に服従するように調教したから」

「お前はわしに恨みでもあるのかの? ん?」

「えっと……。ごめん?」


 なんというか……。セリスさんもわりと振り回されてると思ってたけど、このギルドマスターさんを思うとかなりましだったんだね……。セリスさんとミレーユさんはわりと友達みたいな感じだし。

 ただ、アリシアさんもずっと王都にいるわけじゃないみたいだし、しばらくの辛抱だと思う。ギルドマスターさんにはがんばってほしい。


「あー……。うむ。まあ、なんだ。鉱山からウルフはいなくなったのは、間違いないのかの?」

「ん。私が全部討伐した。もれはない」

「魔女殿が言うなら、信じよう」


 ギルドマスターさんは頷くと、今回の依頼を達成扱いにしてくれた。討伐はしてないけど、目的の鉱山は解放できたからいい、ということらしい。他のウルフを討伐しておいてよかった。


「そもそも剣聖殿は、なぜフェンリルを討伐せずに調教したのかの? おぬしが冒険者として活動していた期間は、わしの人生よりも長いはず。フェンリルの討伐も今回が初めてではなかろう?」

「それは……」


 アリシアさんの視線が、何故か私の方を向いた。もしかして、何か私が理由だったりする?

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