剣聖さんのお誘い

 でも、師匠が教えた料理、なんだね。


『あのお師匠さんが伝えた料理か』

『今までの失敗作があるからなあ』

『シチューってことはクリームシチューか? なら余裕だろ』

『レトルトもなければ生クリームもバターもないんだぞ? わりと難易度高いと思うが』

『料理好きならともかく、あいつだからなあ……』


 クリームシチュー、というものらしい。私は、まだ食べたことがない、かも。知らずに食べてる可能性はあるけど。

 ちょっと気になるけど、日本で食べるのはここで食べた後にした方がよさそうだね。みんなの反応だと、日本で食べる方がやっぱり美味しそうだから。


「賢者様について調べているのですか?」


 ティゼさんにそう聞かれたから頷くと、ティゼさんはどこか嬉しそうに微笑んだ。


「あの方は子供達とも遊んでくれました。子供達もたくさんお話を聞いているので、よければ晩ご飯の時に聞いてください」

「ん。今は?」

「みんな角牛のお世話に行っていますよ」


 もう働いてるってことだね。すごい。

 でも、それだと晩ご飯までは時間ができちゃったってことだね。それなら、少し暇になる、かな?


「それじゃ、夜にまた来る。いつまでに来ればいい?」

「そうですねえ……。日が沈むまでに来ていただければ大丈夫ですよ」

「ん。わかった」


 とりあえずジュードさんたちに晩ご飯はいらないっていうのを伝えてから、何か適当に依頼でも受けようかな。

 そう思ってきびすを返したところで、アリシアさんに肩を掴まれた。振り返ると、アリシアさんはじっと私を見つめてる。とても何か言いたげに。


「えっと……。なに?」

「一緒に依頼、受けよう? だめ?」

「んー……」


 ダメ、とは言わないけど……。微妙に上目遣いで見つめてくるのはだめだと思う。ちょっと、断りづらいから。


『なんだこの少女』

『あざとい。あざとい少女』

『少女 (五百歳)』

『少女とは』


 本人に言ったら怒られそうだからやめた方がいいよ。

 どうしようかなと少し考えたけど、断る理由もないから一緒に行くことにした。どうせなら、私も仲良くしておきたいとは思うからね。




 バルザス家の門番さんに伝言を頼んでから、アリシアさんと一緒にギルドに戻ってきた。今回は隠遁の魔女として依頼を受けるつもりだから、入る前にフードを被る。それを見ていたアリシアさんが、分かりやすいほどに目を剥いた。


「リタ。聞いていい?」

「ん?」

「そのローブは?」

「フードに隠蔽の魔法がかかってる。すごいでしょ」

「うん。…………。リタが犯人じゃないよね?」

「違う」


 さすがにその疑いは心外だよ。でも、アリシアさんからすると、疑いたくもなるのかな。さすがに本気で聞いてきたわけじゃないと思うけど。

 アリシアさんと一緒にギルドに入ると、たくさんの視線が一斉にこちらを向いた。


「アリシアさんは人気者?」

「警戒されてるだけだと思う」


 二人でまっすぐに受付に向かう。まだ人は並んでいたけど、みんなが譲ってくれた。警戒というより、恐れられてる方じゃないかな。


「難しい依頼を受けたい」


 アリシアさんが受付でそう言うと、受付の人は一瞬固まった後、慌てたように一枚の依頼票を出してきた。さっと一瞥してから、私に依頼票を渡してくれる。えっと……。


「フェンリルの討伐、だって」


『フェンリル!?』

『テンプレモンスだ!』

『でっかい狼ですか!? もふもふですか!?』


 大きい狼の魔獣だね。図鑑で見たことがある。精霊の森では見ない魔獣だ。精霊様が言うには、森のウルフの方が数が多くて危険らしいけど。

 特に問題もないので頷くと、アリシアさんも頷きを返した。


「これでいい。受ける」

「か、かしこまりました! 場所ですが……」


 受付さんから詳細な情報を教えてもらってから、ギルドを出る。場所は少し遠くて、南西にある大きな山。馬車だと休まず移動したとしても二日はかかる距離、らしい。

 そこの鉱山にフェンリルが棲み着いてしまったから討伐してほしい、というのが内容だね。


「リタ。かなり急ぐけど、どれぐらいの速さで飛べる?」

「ん……。それなりに。アリシアさんは飛べるの?」

「走る」

「ええ……」


『まさかの走るは草なんだ』

『リタちゃんの見立てでは身体能力特化っぽいし、当然、なのか?』


 この人の場合は、走った方が間違いなく馬とかよりも速いと思う。

 でも、今回は走る必要も飛ぶ必要もない。アリシアさんはいろいろと隠さずに教えてくれたから、私も少しぐらいは、ね。


「アリシアさん、とりあえず街の外に出よう」

「え? いいけど」


 アリシアさんと一緒に、近くの門から外に。道に沿って歩かずに、少し外れた場所へ行く。誰にも見られない場所に。

 十分歩いたところで、立ち止まった。


「リタ? どうするの?」

「ん。こうする」


 転移の魔法を使う。初めて行く場所だから洞窟の真正面に転移なんてことはできないけど、十分近くには転移できると思う。

 一瞬だけ光に包まれて、そして次の瞬間には鉱山の側にいた。


「え」


 アリシアさんがあんぐりと口を開けてる。かなり驚いてくれたみたい。その反応が少しだけ新鮮に思えるね。


『そういえば転移魔法って今の人は使えないんだっけ』

『リタちゃんがぽんぽん使うせいで感覚が分からねえw』


 私もたまに忘れそうになるけど……。でも、アリシアさんの表情を見ると、やっぱり転移魔法はかなり特別みたい。唖然とした様子で私をまじまじと見つめてる。


「今のは、転移魔法? リタ、使えるの?」

「ん」

「すごい……」

「でも、内緒にしてほしい」

「わかった」


 特に隠したい理由とかは言ってないのに、アリシアさんはすぐに頷いてくれた。ただの口約束だけど、アリシアさんならきっと秘密にしてくれるはず。


「行こうか」

「ん」


 アリシアさんと一緒に、目の前の洞窟に向かって歩き始めた。

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