孤児院
アリシアさんが見ていたのは、ペンダント。何故か私を見てちょっと焦ってる。
「り、リタ。どうしてここに?」
「ん。のんびり食べ歩き。アリシアさんは?」
「えっと……。わいろ……? 違う。おわび? それも違う……。えっと、えっと……」
そこでアリシアさんは言葉を句切って、また露店に並ぶペンダントに視線をやって、そして今度はちらっと私を見て。そうしてから、よしと頷いた。
「私はリタと仲良くなりたい。だからプレゼントを選んでた。でも何かいいのか分からないから、選んで。買ってあげる」
「ええ……」
『なんだろう、久しぶりに会った親戚の子供を甘やかすおばさんの気配』
『俺はむしろ孫をかわいがるおばあちゃんに見えたぞ』
『どっちもあながち間違いじゃなさそうなのがw』
別に、それについて何かを言うつもりはないけど……。でも。
「どうしてペンダントなの……?」
「え? だって、女の子だし、装飾品かなって……」
『女の子 (野生児)』
『女の子 (魔女)』
『女の子www』
怒るよ?
「気持ちは嬉しいけど、必要ない。私は食べ物の方が好きだから」
「食べ物! それなら、良いものを知ってる。お店には並ばないやつ。連れていってあげる」
「え」
それは、とても気になる。お店に並ばない美味しいもの。それなら、うん。一緒に行こう。
『リタちゃんいつか絶対に騙されそう』
『リタちゃん、知らない人に安易についていっちゃだめだよ?』
視聴者さんは私をなんだと思ってるのかな?
アリシアさんに連れられて向かう先は、王都の外側。外ではあるけど、門のすぐ側らしい。
アリシアさんは向かう間に、いくつか食材を購入していた。お肉とかお野菜とか、いろいろだね。あと、調味料。これから向かう先で使うらしい。
何を食べられるのかな。ちょっとわくわくしてる。
『リタちゃん、マジで食べ物に釣られて騙されそうだよな』
『日本に来た時にマジで騙されるのでは?』
『誘拐される! 危険だ!』
『誰が?』
『誘拐犯がだよ言わせんな恥ずかしい』
いや、どうしてそっちの心配をするの? さすがに日本で乱暴なことをするつもりは、あんまりないよ。時と場合によるだろうけど。
歩いている間、アリシアさんの口数は少ない。完全に無言というわけじゃなくて、時折私に買ったものの説明とかをしてくれるけど、それだけ。なんだか事務的だ。
アリシアさんを見る。口をもごもごしてる。話題を探してるみたいに。
『孫と話したいけど話題が見つけられないおばあちゃんかな?』
『話題を探してお口もごもご?』
『そう思うとなんかかわいいなw』
かわいい、のかな? 私にはよく分からない。
しばらく歩いて、門を通る。Sランクのギルドカードはこういうところでも有効みたいで、アリシアさんが門番さんに見せるとすぐに通ることができた。入る時も同じらしい。扱いが貴族みたい。
南門のすぐ側には、一つだけ大きな建物があった。三階建ての建物で、中から賑やかな声が聞こえてる。そしてその建物の周りのとても広い範囲を、頑丈そうな柵で囲んでいた。
その柵の中には、見覚えのある動物。
『まさか、牛、か?』
『なんかでっけえ角があるけど、牛だ!』
『てことはここ、牧場か!?』
牧場。動物を飼育して、お肉にしたり卵をもらったりする場所、だっけ? そんなイメージ。
アリシアさんを見ると、すぐに教えてくれた。
「ここは、孤児院。親がいない、もしくはいなくなった子供たちが暮らす施設。そしてその孤児院が経営する牧場。角牛を育ててる」
『つwwwのwwwうwwwしwww』
『まんまやないかい!』
『翻訳の都合かな? そうだと信じたいw』
日本の牛とはまたちょっと違うのかな? 日本の牛も見たことないけど。一応、真美の家のテレビでは何度か見たけどね。
アリシアさんが孤児院のドアをノックすると、中からばたばたと騒がしい音が聞こえて、はい、と小さな声が聞こえてきた。
「どうも。アリシアです」
「おお! アリシア様!」
ドアが勢いよく開かれて、そこにいたのは男の人と女の人。多分三十代ぐらい、かな? 男の人は赤い髪で、女の人は少し青い髪。そして男の人は、剣を持ってる。でもアリシアさんの姿を確認すると、すぐに壁に立てかけていた。警戒していた、のかな? 街の外だから当然かも。
「もう晩ご飯の予定は決まってる?」
「いえ、これから決めるところですよ。どうかしました?」
「シチューを食べたい。これ、具材に使って」
「ありがとうございます。そういうことでしたら、喜んで」
男の人はアリシアさんから食材を受け取ると、奥へと走って行ってしまった。残されたのは、女の人。彼女の視線は、不思議そうに私の方を向いてる。
「アリシア様。その子は? まさか……」
「ああ、いや。ここで預かってほしいってわけじゃない。冒険者として自立してるから」
「そうでしたか。失礼しました。私はティゼといいます。さっきの男性は私の夫で、ゼスです」
「ん。リタ。よろしく」
ティゼさんと握手をする。柔和な笑顔の、優しそうな人だ。なんとなく、もっと厳しい人がやってると思ってた。
『もっとこう、高齢な人がやってると思ってた』
『老夫婦とかな』
『ふっつーに、わりと若い夫婦がやっててびっくり』
『いやでも、三十代か四十代だと思えば、異世界ではわりと高齢な方かも?』
どうなんだろう? ミレーユさんも、相手はともかくとして婚約者が決められてたぐらいだし、若い間に結婚するのかも。いや、貴族は特殊なのかな。ちょっと分からない。
「リタちゃんはたくさん食べますか?」
「ん。美味しければたくさん食べる」
「ふふ。分かりました。自信があります。シチューは賢者様から教わった料理ですから」
「え」
『え』
『まじかよ』
つまり、師匠がここに立ち寄ってたってことかな。アリシアさんを見ると、悪戯っぽく微笑んでいた。
「賢者について調べてるって言ってたからね。ついでに紹介しておきたかった」
アリシアさんはとてもいい人。間違いない。
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