ソレイド家の依頼
ギルドマスターさんはとても、とっても長いため息をついて、天を仰いだ。私は悪くないはずだけど、とても申し訳ない気持ちになる。
少ししてギルドマスターさんは気持ちを切り替えたのか、よし、と頷いてアリシアさんへと向き直った。手を組み、まっすぐにアリシアさんを見る。もうおじいちゃんな見た目だけど、威厳はギルドマスターだけはあるね。
「では、剣聖殿。改めて聞こうかの」
対するアリシアさんは不思議そうにギルドマスターさんを見てる。
「なに?」
「今回の目的を教えてもらいたい。魔女殿をここに、わしの前に連れてきたということは、何かわしに、ギルド側に通しておきたい話があるのだろう。Sランクの冒険者の依頼だ。こちらも可能な限り協力を……」
「え。そんなのないけど」
「え?」
「え?」
なんだか、その……。すごいね、この人。
『Q.目的はなんだ (キリッ)』
『A.そんなものはない (何言ってんだこいつ、みたいな顔)』
『これはひどいwww』
『ギルドマスターさんの顔よw』
『すげえな剣聖w』
ギルドマスターさんは頭を抱えてる。苦労性、というやつだね。
ギルドマスターさんはもう一度咳払いをして、もう一度、アリシアさんに向き直る。でも今回はちょっと、疲れてるみたい。威厳もなくなってる。
「つまり、なんだ。ここを選んだ理由は特にない、と」
「うん」
「そうかそうか。本当に何故ここを選んだんだ……。わしへの嫌がらせか……?」
その小声でのつぶやきはアリシアさんも聞こえてるはずだけど、無視することにしたらしい。心なしか頬が引きつってるけど。今頃になって罪悪感を覚えてるのかも。
でも、移動はしないみたい。もう手遅れだと考えたらしい。
「リタ。王都に来た目的は? 償いになるかは分からないけど、せめて協力させてほしい」
「償いとかはいらないけど……。賢者について、調べてる」
「賢者を? どうして?」
「ないしょ」
「なら仕方ない」
『わりとあっさり諦めたな』
『さっきもそうだったけど、リタちゃんが話したくないことは深く聞かないっぽい?』
『マジでこの人、かなり配慮してくれてる……?』
私としては、もう気にしないでほしいんだけどね。この人には本当に関係のない話だと思うし。ハイエルフだからって嫌ったりはしないよ。
アリシアさんは少しだけ考える素振りを見せて、それなら、と前置きをしてから、
「私は今、ソレイド家に雇われてる」
「ん?」
「よければ、紹介する。公爵家だから、賢者のことも何か知ってるかも」
ジュードさんが言ってたね。ソレイド家に剣聖が滞在してるって。ソレイド家に雇われてるっていうのは、ちょっと予想外だったけど。
「んー……。私は、バルザス家に泊めてもらってるから……」
「そうなんだ。バルザス家は、どこ? 上級貴族?」
「マジかよお前」
思わずといった様子で突っ込んだのはギルドマスターさん。信じられないようなものを見る目でアリシアさんを見つめてる。
「バルザス公爵家はソレイド公爵家と対立しておる。ソレイド公爵家に雇われているなら、それぐらいは最低限覚えておくべきことだと思うがの」
「おー……。じゃあ、リタもソレイド公爵家に来ればいい。依頼、一緒にやろう。お金はいらないから、報酬は全部持っていって構わない」
「んー……。友達の紹介でバルザス家にいるから、それは無理」
「むう……。残念。とても、残念」
これは、本当に残念がってるみたい。ちょっとだけ拗ねてるのが分かる。不思議な人だね。
『なんだろう。孫に構いたいおばあちゃんに見えてきた』
『さすがに若すぎるだろと言いたくなったけど、最低五百歳とか言ってたな』
『ハイエルフの感覚がわからねえ!』
人間には分からない感覚だと思うよ。こればっかりはね。
でも、ソレイド家がアリシアさんを雇ってるのは、ちょっと気になる。ジュードさんが言うにはバルザス家と確執がある家らしいし、場合によってはアリシアさんと敵対したりもするかも。
「もしかしたら、アリシアさんと敵対しちゃうかも」
試しにそう言ってみると、アリシアさんは頷いて言った。
「大丈夫。それなら私はリタにつくから」
「あ、うん……」
それはだめだと思うんだけどなあ……。ギルドマスターさんも唖然としてるし。雇い主を裏切るって発言しちゃってるからね。
『例え敵対したとしてもリタちゃんなら余裕だろ』
『だからとりあえずは向こうにいるように言えばいいんじゃね?』
「んー……。余裕じゃ、ないよ」
『え』
あまり深く聞いて答えてくれるかは分からないけど、でもせめて聞いてみよう。
「アリシアさんは、ソレイド家からどんな依頼を受けてるの?」
「うん。最近貴族の屋敷からいろいろ盗む人がいるらしくて、その捕縛を依頼されてる。だから、最近は兵士も門番も、少しピリピリしてると思う」
「まさかためらいなく教えてくれるとは思わなかったよ……」
バルザス家の門番さんもかなり厳しかったと思うけど、これが理由だったのかな。貴族のお屋敷から盗むって、とてもすごいと思う。もちろん悪いことだけど。
「でも、どうしてソレイド家が解決しようとしてるの?」
「ソレイド家の長男が関わってる可能性があるから」
「ぶほぉっ!」
あ、ギルドマスターさんが思いっきりむせた。唖然とした様子でアリシアさんを見てる。アリシアさんもさすがに言ったらだめなやつだと思ったのか、そっと視線を逸らしてた。
『なんか、すっごいどろどろしてきてなーい?』
『リタちゃん、悪いことは言わないから関わらない方がいい』
『真面目に厄介事だぞこれ』
ん。私もとてもそんな気がする。少し手遅れのような気もするけど。できるだけ避けていこう。
「私はあまり関係なさそうだし、帰っていい?」
そう聞いてみると、アリシアさんは少し考えて、そして首を振った。少し、驚いた。なんとなく、頷いてくれると思ったから。
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