忌み子

 ギルドマスターさんは大きなため息をつくと、片手を上げた。


「すまんが、確認させてもらってもいいかの」

「ん?」

「お嬢ちゃんが、隠遁の魔女なのかの?」

「ん」


 私が頷くと、ギルドマスターさんは大きなため息をついた。そんなに嫌そうにしなくてもいいと思う。


「あー……。アリシア」

「なに?」

「この子が隠遁の魔女だと知っておったのか?」

「隠遁の魔女なのは知らなかったけど、森の外にいるハイエルフにまともなやつはいない」


『言い方ァ!』

『だが否定できない!』

『野生児だからな!』


 野生児言うな。

 私としては、そもそもとしてハイエルフがエルフの里の外にいることそのものが驚きだよ。もちろん私は例外として。

 アリシアさんに視線を向けると、私の疑問を察してくれたのかすぐに教えてくれた。


「今のところ、私以外にはいない、と思ってた。少なくとも数百年、森の外でハイエルフは見ていない」


 アリシアさん曰く、ハイエルフが里の外に出ることはやっぱりほとんどないらしい。私をここに連れてきたのも、かなり驚いた上での行動で、とりあえず事情を聞きたかったから、らしい。


「ハイエルフはエルフの王族。里の外に出るなんて、普通はあり得ない」

「ん。そう、だね」


 私も、そう思う。特にエルフの里はかなり閉鎖的だから。一応、外部との交流も少しはあるらしけど。


『いや待ってかなりさらっと流されたけど』

『リタちゃんハイエルフだよな? え? 王族なん?』

『マジで?』


 んー……。一応は、王族。それは、間違いない。とても不本意だけど。

 アリシアさんはじっと、私の顔を、というより私の髪を見ていた。銀髪を。

 そして、言った。


「銀髪。双子。…………。忌み子」

「…………」


『双子はどっからきたんだよ。てか忌み子ってなんだよ』

『そりゃ言葉通りの意味だろ』

『リタちゃんが精霊の森に捨てられてたのって、そういう……』


 ん……。そういう、ことだね。

 アリシアさんは私の無言を肯定と取ったみたいで、目を伏せてゆっくりとため息をついた。小さく口が動いて、言葉を紡ぐ。小さすぎて配信には聞こえなかっただろうけど、私には聞こえてしまった。

 相も変わらずクズばっかりか、と。

 それで、なんとなく察した。つまり、アリシアさんは。


「エルフの、何よりもハイエルフの価値観が嫌いで里を出た人?」


 そう聞くと、アリシアさんは目を瞬いて、薄く苦笑いを浮かべた。


「聞こえたんだ。そう。あいつらの考え方が嫌いで、私は里を出た。十年に一度ぐらいは帰ってるけど」


 あんな場所でも故郷だから、と呟いたアリシアさんが私へと深く、とても深く頭を下げた。


「謝罪する。私の首なんかで君の怒りが収まるとは思えないけど、君の気が晴れるならこの首、持っていくといい」

「いらない。それに、何の謝罪なのかよく分からないし」

「ハイエルフの、王族の一人として。あいつらの腐った風習や価値観から逃げて、変えようともしなかったことを。いずれ、君のような子が出てくると分かっていたはずなのに」


 本当に。本当にこの人は、ハイエルフらしくない。私が知ってるハイエルフは、私を見て悲鳴を上げて罵詈雑言を浴びせかけるような連中なのに。こういう人もいるんだね。


『さすがに意味がわからんぞ』

『多分だけど、リタちゃんは忌み子として扱われて、精霊の森に捨てられたってことだろうな。忌み子の基準が銀髪もしくは金髪以外、そんな感じじゃね?』

『それだけで生まれたばかりの子供を捨てるとかやばすぎるだろ』


 私も、そう思う。でも彼らの価値観では、それが当たり前だった。ただそれだけのことだよ。

 だからこそ、その価値観がないアリシアさんが謝罪する必要性は感じない。この人は私に対して、特に何もしてないから。でも、謝罪を受け取らなかったらずっと気にしそうだよね。


「んー……。謝罪は、受け入れる。でも何もいらない。私は、幸せだから」


 師匠に拾ってもらえて、精霊たちに受け入れてもらえて、あの森で育って。私は、誰よりも幸せだ。そういう意味では、捨ててくれたことに感謝すらする。

 もちろん実の両親に思うところがないと言えばさすがに嘘になるけど、それでももう、私にとっては過去の存在で、この世界で一番どうでもいい存在だ。だから、ハイエルフのことはどうでもいい。もちろんあっちから手を出してきたら、本気で応戦するけど。

 アリシアさんはそっか、と頷いて、それきり黙ってしまった。

 そして、ある人が一言。


「いや、そういうエルフにとって重要なことをわしの前で話すなよ。え? これわし、殺されない? エルフに口封じされない?」


『草ァ!』

『ギルドマスターさんwww』

『さすがに不憫すぎるw』


 えっと……。これについては、私も連れてこられただけだから。

 アリシアさんを見る。アリシアさんはギルドマスターさんを一瞥して、そして言った。


「いなくてもよかったね、君」


 ギルドマスターさんが青筋を立てた。えっと、その……。ごめんなさい。いや、私は何もしてないはずだけど。




 ギルドマスターさんが朝ご飯のパンを食べ終わるのを待ってから、話を再開した。今度はギルドマスターさんもしっかりと参加するらしい。もうすでに余計なことを聞いてしまったからか、開き直ることにしたみたい。


「つまり、なんだ。隠遁の魔女は深緑の剣聖と同じハイエルフで、生まれた直後に忌み子として捨てられた、ということでいいのかの?」

「ん」

「間違いない」

「エルフ、クソすぎんか?」


 私もクソだと思うよ。


『聞いた話だけなら間違いなくクソかな』

『アリシアさんだけがまともっぽい?』

『リタちゃんの例があるんだぞ? まともなはずがない』


 どういう意味かな?

 アリシアさんはギルドマスターさんの言葉に深く頷いて同意してる。私も頷いておこう。実際のところは、他のエルフについてはあまり知らないんだけど。


「いや、連れてこられただけの魔女殿はともかく、剣聖殿もわりとクソなことやっておるからな? 何故にわしを巻き込んだ。はったおすぞ」

「ご、ごめん」


 そこは素直に謝るんだね……。本当にどうしてこの部屋にしたのか。でもなんとなく、この人も深く考えなかったんだろうなとは思う。多分、人があまり来ない場所で選んだ結果かなって。

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